見えない戦い――5
「それは通らんやろ? いや……予定より高く落札するから、見逃せ。そう泣きついてるつもりなんか? 全く話にならんで?」
「そんなつもりはないな。これでも限度一杯……いや、限度を超えた譲歩案のつもりだ」
「……戦争になるぞ? それも誰一人として……少なくとも『自由の翼』と『RSS騎士団』には、なんの益もない大戦争に? 詰まらない意地を張って、お互いを滅ぼしあうつもりか?」
ジンは真顔で諭すように答えたが……完全に標準語だった。
やはり、関西弁は偽装か。普段は――リアルでは標準語を喋っているのだろう。その理由も推察できるが……キャラを作るというのも、ご苦労なことだ。
そして奴もいま、瀬戸際一杯ということか? 似非関西弁を忘れるほどに?
「そうは思わないし、これは譲歩案だ」
「……ジョンスミスは納得しない。そちらも痛い思いをする。結局は開戦。それとも……第四回からは不参加ということか? 少なくとも談合はしない?」
奴の緊張が良く理解できる。俺も同じだからだ。
俺達二人が喧嘩したり、殴りあったりする程度なら、なんの躊躇いもない。お互いに闇討ちの計画を練るだけだ。
しかし、武闘派ギルドの俺ですら、戦争には二の足を踏む。
奴の立場だったら、絶対に容認できない。そもそも介入の理由からにして、戦争回避が目的だろう。
「いや、第四回も現状を維持する。入札価格を三十万とするか、二十五万のままにするかは検討してからだが……俺達の計画に変更は無い」
「……そうか。残念だ」
諦め、無念、失望……そんなものが混じった返事だった。
「まあ、ケジメとしてジョンスミスには懲戒するけど……もうやらないと思うぜ」
「……べつにジョンドゥでも、ハンスシュミットだろうが、山田太郎なんかでも……それこそ、名無しの権兵衛だって良いんだぞ?」
乾いた声で馬鹿にするように指摘された。
なるほど。ジョンスミスは、誰かに作らせた捨てキャラということか。用が無くなればキャラクターの消去だって簡単だし、引退させることに何の意味も無さそうだ。
「ふむ……ジョンスミスじゃない方が都合良いか? まあ、細かいことはどうでもいい。とにかく、ジョンスミス君はもうやらないのさ。なんせ、大きな買い物をしちまったからな。入札妨害をして遊ぶ暇は無くなった」
「……詳しく聞きたいな。もしかしたら、それは俺の……わいの知っとるジョンスミス君かもしれへん」
ジンは途中で気がついたのか苦笑して、自分の話し言葉を関西弁へ戻した。
……まあ、良いけどな。好きなように喋れば良いさ。
「お前の言ってた不動産屋さんだけどな。どうも……どこかのギルドへ物件を売却したらしいんだよ。まあ売却先は、俺達と仲良くできるギルドだったから、なんの文句も無いぜ?」
『RSS』騎士団は現在、二つの区画を所有している。
一つは第一回落札分で、そこには仮設の本部を建てた。もう一つは第二回落札分で、そちらは空き地として放置したままだ。
「しかし、悲しいかな……せっかくギルドホールを落札したのに、それが原因で喧嘩。空中分解しちまったらしい。まあ、よく聞く話だ。……おい、お前のところは友好ギルドだったんだろ? なんで仲裁してやらなかったんだ?」
ジンはしばらく考えた後、面白そうに答える。
「ああ、わいは名前も知らんギルドやけど……前々から懇意にしてもらっとったで。あそこが喧嘩別れをしたのは、残念なことやった。……で、ええのか?」
「それで良いんじゃねえのか? 俺が段取りするギルドでもねえしよ。で、困ったのがギルドホールだ。急いで処分することになった。ギルドホールは分割できないものな?」
「わいも泣きつかれたら助けるやろうな。資金をかき集めて、買い取ってやることもあるやろ」
そう言いながらも、不思議そうな顔で俺を観察していた。
無視して世間話を続ける。
「俺達『RSS騎士団』はカンカンだ。しかし、大っぴらにどうこうもな。いわゆる善意の第三者に因縁をつけたら、さすがに世論を味方にできない。政治的判断で不問に処す。そんなところになるな」
しばらくお互いに無言となった。
そしてジンが疑わしそうに問い質す。
「ええんか、それで?」
「良いも何も……不動産屋がやっちまったことだしな。それに奴も、考え直すことにしたらしいぜ? 気に入らない相手にも、我慢して売ることにして……凄く気に入らない相手にだけは、いままで通りに売らないらしい。まあ、少し妥協だな」
「なるほど。まあ……『凄く』気に入られへんのは……相手にも問題はあるやろ。はっちゃけ過ぎの奴は、誰でも不愉快に感じるもんや」
そう、ジンは納得するが……もちろん、こんなのは詭弁でしかない。
全ては薄汚い誤魔化しだ。これで騙される者もいるだろうが……各ギルドで運営を任されるような奴らなら、簡単に裏の事情まで察するに違いない。
そして重大な裏切り行為だ。
仮想敵である『自由の翼』へ、ギルドホールを売却する。どんな理由があろうとも、これが背信にならない訳がない。
例え世界大戦になろうとも、それで負けようとも……名誉と誇りを胸に、清廉潔白と進む。
それが正しい選択なのだと思う。結果、滅んだとしても……胸を張っていられる。また、メンバーのみんなには、そうあって欲しい。
だが、それでもなお、ギルドを滅亡させたくなかった。
その為に敵と握手することになろうと……それこそジンの野郎と抱き合うことになろうと。この程度でギルドが助かるのなら、何度やったっていい。……いつか俺が、背信者として処分されようともだ。
やや弛緩した空気の中、陰謀――これは最早、その類だろう――は続いた。
「ところで……ギルドホールは一区画で良いのか? 買い増しするたびに仕掛けられるんじゃ、さすがに対応を変えるぜ?」
何の気なしに言ったのだが、酷く気分を害したらしい。不機嫌そうな顔をしている。
「あのなぁー……うちとこは、あんさんとことは違うねん。そんな何区画も買う余裕、あるわけないやろ!」
もの凄い剣幕で怒られた。
しかし、これは俺が、やや意地悪か?
普通のギルドは運営予算が厳しすぎる。いわばカンパだけで成り立つ資本主義国家のようなものだ。
対するに俺達は社会主義か共産主義……いや、もっと極端にいえば、軍国主義にも等しい。
奴が自由に使える予算など、俺と比べたら可哀そうなほどだろう。
今回の作戦に金貨二十数万を用意したらしいが……それは半分以上が、奴と奴に親しい者の私財ではなかろうか?
「そうかぁ……それでギルドホール一区画に四十万は大変だろうなぁ」
俺にしては珍しく、心底同情して言ったのだが――
「ちょ、ちょっと待て! な、なんで四十万なんだ!」
なぜか狼狽したジンに遮られた。
「なんでって……本来の予定じゃ、今回分は二十万だっただろ? それが二十五万になるんだから……増加分の五万かける三で十五万。同じく、ギルドホール一区画の相場も二十五万に上がる。それを合計すれば四十万だろうが?」
「なっ……それはっ……だ、だいたい、なんでタケルが『不落』の分まで請求するんだ! おかしいだろ!」
「……おかしくもなんともないぜ? この一件は俺がまとめるから、しばらく静かにしてろ。代わりに俺が、差額分の五万を持つと言ったしな。話の流れ的に……そっちで持つのが当然だろ? お前はいくらと考えてたんだよ?」
「い、いまジョンスミス君が二十一万で指しているんだから……二十一万だ!」
しかし、さすがに強引と感じたのか、そっぽを向いて誤魔化している。
……あれ? もしかして……俺は初めて奴に勝っているのか?
「いやいや……その理屈はおかしいだろ。相場を跳ね上げたのはお前自身だぜ? それに『不落』との話を取り下げても良いけど……その場合は、お前自身で交渉を――なんだ?」
なぜかハチにマントを引っ張られた。
……まずいな。『RSS騎士団』団員として、俺の背信行為を看過できない。そういうことだろうか?
だとしたら……俺には一言も返す言葉がない。
「隊長……値段交渉は俺が。現金四十万は無理でしょうが……それ相応の対価を引き出して見せますよ。代わってください」
……糾弾したいわけでも無さそうだ。
しかし、その表情は艶々している。もの凄く楽しそうだ。値段交渉なんて、そんなに楽しいものか?
……まあ、べつに良いか。俺とジンの個別メッセージへ、ハチの奴を招く。
「……だ、誰や、こいつ?」
「お初にお目に掛かります。『RSS騎士団』所属、八郎兵衛と申します。ギルドでは財務担当をさせていただいておりますので、ここからは私がお相手を」
「はあ? いつものメガネやないんか? しかも、八郎兵衛? あの八郎兵衛かいな!」
なぜかハチの名前に驚いている。
誰か有名人の名前だったのか? それとも商売方面で……凄腕と噂されている?
「あー……こいつはうちの金庫番だ。こいつが納得するなら、俺に不満はない。べつに良いよな? 同じことなんだし」
「まあまあ、誰が相手でも良いじゃないですか。いわゆる実務者協議ってやつです。……そちらに実務担当がいらっしゃるのなら、そちらの方でも?」
「わ、わいが実務者を兼ねとる。……って、ずるいで! タケルはずるいやろ! いつもメガネがうろちょろしとる上に、他にも同じ様なのがおるんかい!」
良く判らない文句を言われたが、少しお門違いだと思う。
「いや、手が足りないのなら、お前も人手を増やせば良いだろ? 似たような規模のギルドなんだしよ?」
そう言いながら「最低ライン金貨二十五万。あとは任せる」と紙に書いて、ハチへ見せておく。
ハチは微かに肯き、仕事を始めた。
「さあ、ジンさん! 交渉を始めましょう! 私、楽しみにしていたんですよ! ……大丈夫です。現金で四十万をお持ちでなくとも、私共は信用取引も扱っております。ご心配なさらずに――」
「い、嫌や! こいつ、メガネより性質が悪そうやないか! チェンジ! チェンジや!」
ジンの悲鳴を聞き流しながら、俺は満足しようと頑張っていた。
この選択はベストじゃない。ベターでもないだろう。
しかし、最悪ではない。色々な不都合を抱えて進むことになるが……なんとかなるはずだ。そう思うことにした。




