見えない戦い――4
「ジョンスミスの奴は……ただの愉快犯だな。入札額を引き上げるのが目的で……おそらく落札は考えていない」
「さあ? わいには解らへんな。でも、わいの知っているジョンスミス君なら、あり得るで? お茶目な人やさかいに」
「まあ、それでいい。お前らはギルドホールが欲しいのか?」
「そりゃ……わいらだって、いつかはギルドホールと憧れるやろ?」
何とでも解釈できるし、言い逃れも可能な言い回し。
だが、これでも良かった。相手を引っ掛けたりするより、先に腹を割らせたい。
「……世界平和について、どう思う?」
この質問に、すぐの返事は無かった。考え込んでいる。
もちろん、聞いたのは一般的な意味での世界平和ではない。この世界の――ゲーム世界の平和についてだ。
これに白をきられたり、通り一遍の返事があるようでは……この休戦に意味は無い。
「うちとこの大将な、わりと世界平和に関心のあるお人なんよ。あと、正々堂々とかにも拘るタイプやな。それはそれでいいんやけど……そうも堅くいったら、あちこちと当たるわな。わいはそれが心配や」
奴の大将といったら、クエンスのことか。
……納得できる。人徳型リーダーの欠点かもしれないが、正式な手順などに拘りそうだったし、平和な世界も望みそうだ。
「……お前自身は?」
「ああ、わい個人は、世界平和とか別に。……荒れ果ててなければ構わんよ。それこそギルドホールでも買うて、のんびりゲームを楽しむのが理想や。世界のどこかで喧嘩しとっても……わいと関係ないものな?」
これは半分本気、残り半分は嘘だろう。
俺達が『自由の翼』を仮想敵と考えている以上、いつかは衝突する。普通の人が思うよりも、MMOの世界は狭い。奴も無関係を決め込めるとは思っていないはずだ。
しかし、今回の……ギルドホール統制を、絶対阻止とまでは考えていない。
ただし、自分達がギルドホールを入手できれば。そんなところだろう。
「小耳に挟んだんやけど……この世界には不動産屋さんがおるらしいで? その人に頼めば、ギルドホールを売ってくれるらしいわ! ごっつ頼もしいお人やなぁ……わいも一区画売って欲しいんやけど、売ってくれると思うか?」
なにが『不動産屋』だ。間違いなく俺達のことだろう。
「さあ? そんな噂は聞いたことが……。いや、もしかして……それは俺の友達かもな。だとしたら難しいと思うぞ? 気に入らない相手には、物を売らないタイプだからな」
ちょっとした意趣返しだ。
奴がジョンスミスを友達『かも』というのなら、俺だって韜晦の真似事ぐらいはできる。
「それはアカン! いけずや! そんなん……暴動が起きるで?」
「……かもな。でも、鎮圧部隊だって頑張ると思うぞ? 暴動の先頭に立った奴らは、絶対に処罰だ。……仮に暴動からクーデターへ発展してもな」
いざとなったら世界大戦を起こすぞ。
そんなことをしたら、お前らだけは絶対に滅ぼすぞ。
世間話からオブラートを剥ぎ取れば、こんなところか?
しかし、ピリピリした空気ではあったが、お互いに熱くはなっていない。まだ前提を確認しあっているだけだ。
「まあ、不動産屋さんも大変らしいで。どうも仕入れが上手くいかんようや。可哀そうやけど……商売を畳むしかないやろうなぁ。まあ、暴動の恐れなんて無かったんやな」
「そうなのか? 俺が聞いた話じゃ……まだ頑張るつもりらしいぜ? あれだ……今回はこのまま終了も考えたらしいから……それを勘違いしたんじゃないか?」
大人しくジョンスミス君に、助けられろ。
このまま落札させちゃっても良いんだぞ?
意訳すると、こんなところか。
まだ序盤だ。相手へ攻撃を仕掛けてすらいない。お互いに間合いの取り合いをしている程度。
「それで?」とばかりに、ジンが視線で先を促す。
「しかし、ジョンスミス君は迷惑な奴だ。俺は今日、オフだったんだぞ? いまは『RSS騎士団』のタケル少佐ではなくて……プライベートな……休日もクールでダンディなタケル君というわけだな」
「なにがクールでダンディや……まあ、奇遇やけど……わいもオフや。たまにはギルドの裏方仕事から離れ、個人的な用事もせんとな」
「お前がオフなのは、そっちの大将……クエンスも知っているのか?」
「そんなわけないやろ。わいのオンオフなんて……うちとこの大将は、全く興味ないと思うで? いま何をしとるのかも、知らんやろうな」
……建前として、一連の出来事はジンの独断。それで押し通すつもりらしい。
まあ、事実でもあるのだろう。
『自由の翼』の総意で動いたのなら、正式なクレームから始めるはずだ。どうせ合議制なのだろうし、ダイナミックな動きは苦手だろう。こんな不意討ちにはならないし、できない。
……様子見はここまでにするか。
「よし、素直な奴にはプレゼントだ。それも二つだぞ? まず、『店舗』へのちょっかいは止めろ」
「わいは何もしとらんで? それにジョンスミス君が『店舗』をどう思うかまでは……わいに言われてもなぁ?」
「あれは俺のところで入札しているが、ただの代理だ。実際に買うのは、ガイアさんの友達だぞ? 言っとくけど……俺は庇う気ないからな?」
「わいとは関係ないことやけど……ジョンスミス君も、ガイアさんにはお世話になっとるやろ。この話を聞いたら行儀よくすると思うで。必ず耳にするやろうしな」
まどろっこしくて仕方ないが、このゲームの作法でルールだ。我慢するしかなかった。
「それと『不落』の物件にもだ」
「それは……どうやろ? ジョンスミス君はギルドホールに興味があるようやし……区別はせんやろ?」
「秋桜はカンカンだったぞ? あの物件は絶対に譲らないだろうな」
「『不落』さんも、友達は選らばんと。悪い男と遊んでいるからそうなるんや」
馬鹿にしたような冷笑をしながら、ジンが答える。
余裕の表れか?
しかし、奴だって『不落』とのトラブルは避けたいだろうに。
「……女は不思議な考え方をするよな。ジョンスミス君の黒幕は俺で、『聖喪女修道院』の隣になりたいから邪魔をした。そんな言い掛かりをつけられたんだぜ?」
「それはあんさんの……タケル『君』の日頃の行いが悪いからやないか? まあ、女が理解できた例は……わいもないで。まるで理解不能の宇宙人や」
当てこすりで返すが……さすがに面白く感じたらしく、失笑がもれている。
だが、続く言葉で奴は黙った。
「ほんとにな。クエンスも同じかな」
「……それは約束が違うやろ?」
「そうか? 後日、色々な事実関係は調査するし……おたくの大将と話し合うこともあるだろ? リシアさん……綺麗な女だもんな。お前の気持ちも――いや、ジョンスミス君か――解らなくもないぜ?」
軽い脅迫。本質的には大した意味は無い。
しかし、何をどのようにするかをぼやかせば……奴自身の才覚が威力となる。
……誰しも自分の枡で人を量るという。そういうことだ。
「タケル『君』……話し合おうやないか?」
「いいぜ? それが同意できたのは喜ばしい。これが二つ目のプレゼントだ」
俺は優勢なのか?
それとも奴に上手を取られている?
どちらにせよ前に進まねば、着地点に辿り着けない。
「俺の希望を先に言っておこう。今回の談合値段は二十五万へ変更……三物件ともだ。ジョンスミス君は懲戒処分。それで第二、第三のジョンスミス君は出てこなくなった。めでたし、めでたし。その決着はどうだ?」
さすがにジンは……据わった目で睨み返してきた。




