見えない戦い――3
「……どういう意味だ?」
「あんさん……談合を止める気ないやろ? なら、いずれ爆弾は弾けたのや。爆発に巻き込まれるか、ジョンスミス君に助けてもらうか……好きな方を選ぶべきやな」
それで俺は『正しい見方』を失念していたことに気づかされた。
まともに考えれば、ギルドホールを数多く所有する必要はない。
このゲームでは区画という不思議な方式だが……それでも大手ギルドで隣接二区画、見栄っ張りでも四区画をくっつければ満足するだろう。
いま『RSS騎士団』では、飛び地だが二区画を所有している。第三回ギルドホール開放で二区画追加したら、合計で四区画となる予定だった。
普通に推測すれば、これで俺達の入札参加は終わる。
手駒として四区画押さえ、あとは望ましい立地の開放待ちをする……そう考えるのが妥当だろう。そして――
だからこそ、他のギルドは傍観している。
自分の視点と他人の視点の違い……メタゲームの観点で間違いを犯していた。
俺は四区画で満足する気はない。予定では計画が回転を開始した時点でチェックメイトだが、他の者にとっては開戦の合図――爆弾の爆発だ。
世界大戦までは考慮してなかったが……そこまであるか?
……可能性もなくはない。
だが、その情勢でなら世界大戦となっても……俺達に従うギルドを配下として、残った不満分子との戦いなる。圧倒的有利だ。ギルドホールの分配権を押さえていれば、いくらでも味方は作れる。
……逆に言えば、手を打つのなら今のうちか。
しかし、この時点で横槍が入って当たり前、そう考えられるのは俺達だけだ。他の奴らの視点では、傍観が妥当だろう。
決して油断をしたつもりはないが……ジンの奴には、きっちりと読まれた訳だ。
でも、なぜ勝ち誇っていない?
こんな展開ともなれば、得意満面に勝利宣言してくるはずだ。それも説明と称した嫌味の嵐を交えながら。しばらくは悔しくて、悔しくて……夜も眠れない気分にさせられるはずだ。
奴ならそうする。俺が奴の立場でも、そうする。未来永劫に渡って、会うたびに言い続けるまである。
さらに『ジョンスミスが俺を助ける』という謎掛け。
額面通りに受け取るわけにはいかない。そう受け取らせたいのだろう。だが、丸っきりの嘘でも無さそうだ。
そして苦々しげな態度。
演技じゃない。引っ掛ける演技にしては、自然すぎる。いや、例え罠へ嵌めるためにだって、奴の前でこんな顔をするのは嫌だ。奴だって同じことだろう。
つまり……この展開は必ずしも望ましくない。いや、むしろ避けたかった苦境ということか?
奴の立場――『自由の翼』の参謀という立場で考えてみる。
『RSS騎士団』の選択肢は三つ。
この場で『自由の翼』へ宣戦布告。このまま傍観。資金を削られるがまま、談合の継続不能に陥る。
この内、宣戦布告されるのは最も悪い。
現時点でなら、『RSS騎士団』側で「我々の談合を破った」という名目にできるからだ。道義的に『RSS騎士団』が悪いのは明白であろうと……全世界を巻き込んだ大戦には発展しない。おそらく――
「あと一つか二つぐらい、『RSS』の奴らにくれてやれよ。なんで突っ掛かっていくんだ? そんな自己満足のための戦争に協力できない」
なんて意見が多数派となるだろう。
最も避けるべき直接対決、それも単独での戦いだ。
だが、これは本来は起こり得ない事態でもある。
ジョンスミスとの関係が、ばれなければ良い。これは奴も驚いた計算違いだろう。俺だってハチの――商業担当チームの対応力には閉口したぐらいだ。
では、残った二つ――本来の目的の二つの内で……このまま入札終了と、談合消滅のどちらがベストか?
このまま入札終了の方だが、実はそんなに望ましい結末ではない。
仮にジョンスミスが――ジンの奴が入手したところで、その物件の処理で困る。
曰くだらけになった区画に、『自由の翼』のギルドホールを建築?
そんな馬鹿なことはできない。それでは、ただの宣戦布告だ。万難を排して『RSS騎士団』も戦争を決意する。
かと言って、転売もままならない。大金を出してまで、『RSS騎士団』と全面戦争する権利を買う奴はいないだろう。もう、空き地として放置でもしておくしかない。
苦労して金貨二十一万枚も使ったのに、何一つ利益のない結末だ。
すると本命は最後の一つ――談合を止めさせることか。
これはメリットだらけだ。
失敗さえしなければ、懐は痛まない。俺達が根を上げるまで何度でも、いつまででも続けられる。
自由競争になった後、頃合を見計らって……何食わぬ顔で入札に参加すれば良い。
誰も犯人とは思わないだろうし、自分は目的を――ギルドホールの入手を果たせる。
……くそ。やっぱりジンの方が一枚上手か。
仕掛けられてから気づくのは三流だ。
やられてから解説なんて、馬鹿でもできる。重要なのは……求められているのは……事前に察知し、なおかつ対策をとることだ。
奴は俺の談合からギルドホール統制まで察知し、カウンター攻撃も実行した。
油断したつもりも、侮ったりもしていないのに……。
いや、それが強敵である証か。相手の強さを認めるだけで勝負になるのなら、苦労は要らない。
だが、どうする?
「お前の不景気な面も、これで見納めになると思うと……少し寂しくなるな? あっ……これから沢山のSS撮影するんだし、そんなこともないのか?」
「わい……ギルドホールエリアの街並みに、空き地は必要と思うてた。子供達の遊び場になるやろ?」
……いかん。これでは売り言葉に買い言葉だ。
不良のヤンキーのごとく、顔を斜めにして睨み合いながら、世間話を装った煽りあいをしている暇はない。
このままではいずれ、どちらかかの口から「おう、上等だ! かかってこい、この野郎! 現時点をもって開戦だ!」と、決定的な言葉が飛び出るだろう。
それはまずい! 戦争は回避するべきだ。とにかく、現状では上手くない。
あの戦争で思い知ったことがある。
やはり数の暴力は如何ともし難い。そして、なにより……戦争は着地点を決めて行わなければ駄目だ!
……なんだ、俺の中で結論は出ているのか。
「一時休戦だ。いくつか問い質したいことがある。素直に――いや、答えられる範囲で答えろ。俺も可能なら答える」
この提案に、ジンは驚いた顔を……それに少しだけ面白がったようにも感じた。
「……わいは何もしとらんし……ジョンスミス君も……友達『かも』しれん。それだけやしな?」
「あー……それで良い。この通信の間だけの休戦だ。そうだな……少なくともこの会合の結論を、開戦にはしない。これで良いか? あと、議事録も取らない。何が話されようとも、秘密にする条件だ」
視界の隅でハチの奴が頷いた。
関わっているメンバーへ緘口令ということか? なにやら個別メッセージで連絡を取り始める。
「わいは……あんさんとの会話を……どこぞで披露するつもりはないで? それは約束してもええ。それに……言えることは言えるし、言えんことは言えん」
……これは同意と見ていいだろう。
ここから争いのステージが変わる。
奴の土俵の気もするが……俺が引っ張り込んだのだ。俺の土俵とも言えた。




