見えない戦い――2
「お、タケルやないかい。どうしたんや?」
スクリーンに映る『お笑い』――ジンは挨拶代わりに、そんなことを言った。
……おかしい。
個別メッセージを受けたのは理解できる。ギルドの外交担当なら、チャンネルは開いておくのが当たり前だ。俺と奴との関係性でも、どちらかが遮断することはない。そこに不審な点はなかった。
ただ、突然の連絡に不愉快そうで……さらに相手が俺で、やや不機嫌な様子。
やはり、おかしい。奴にしては対応がマイルドすぎる。
通常なら挨拶の代わりに、悪態で返してくるはずだ。それも俺のような繊細な人間では耐え切れないほど、育ちの悪い下品な言葉で。
警戒している? それとも、探っている?
最初からそうと思ってなければ、見逃してしまうぐらい微かな違和感。
確信した。ジンが黒幕で間違いない。
「……どういうつもりだ?」
「……どういうつもりとは……なんのことや?」
「判った。おい、ジョンスミスの身柄を押さえろ」
これは隣にいるハチに向けた言葉だ。
ハチは無言で肯き、誰かと個別メッセージを開始する。
ジンの顔から貼り付けたような愛想笑いと、わざとらしく隠していた敵意も消えた。無表情に近い顔になったが……視線からは意志の力を感じる。
「タケル君――」
『君』のところでアクセントが強調されている。奴独特の似非関西弁だ。
「――なんや乱暴なことしてますなぁ?」
おそらく、丁寧な言い回しだ。
ただ、ドスが効き過ぎている。日本語を理解しない外国人が聞いたら、恫喝されていると感じるかもしれない。
「べつにジョンスミス『君』は、お前の友達じゃないんだろ? じゃあ、俺らが仲良くしても問題ないよな?」
煽るように、奴の『君』のイントネーションを真似る。
「僕の知ってるジョンスミス君かもしれんのや。……良くある名前やからな?」
「それはジョンスミス君か……お前が言わないと」
「……とりあえず、僕の友達としておこうや。僕の勘違いかもしれんけど」
話し合いなら応じる。その程度の答えか?
「……うちで仕切っている談合を無視する気か?」
ジンを相手に腹芸をしていても埒が明かない。どこかで上手を取られるだけだ。
「談合? なんのことやら……僕はそんなの、よう知りませんな」
とぼけている……訳では無さそうだ。
いや、内容的にとぼけるつもりなのは間違いないが、無表情で……こちらをねめつけながら喋っている。どういうつもりだ?
「はあ? お前が知らない訳ない! そんな理屈が通ると思ってんのか!」
「なんと言われようとも、こちらは知りません。その談合、でしたか? 正式に通達されましたか? それとも布告なり? 少なくとも、俺の記憶にはないですね」
ジンにしては珍しく、似非関西弁を使うのを忘れている。
それになんだろう……最後通告だとか、公式見解だとかを……役人が喋っているかのような言い回しだ。
また、確かに正式な通達だとか、布告だとかはしていない。そこまでやってしまっては、運営に介入される恐れがある。
奴が知っているのは間違いないだろうが、「知らない」と強弁もできなくもない。
「おい、本気で言ってんのか? 戦争になるぞ」
「うちとしても、身に覚えがない以上……降りかかる火の粉は払う」
お互いに睨みあったまま、黙り込んでしまった。
このままでは戦争になる。それも長期的で本格的な。
ちょっとした諍いの延長線上であったり、どこかに落としどころもない……相手を滅ぼすまで続ける戦争。
俺達にとって、『自由の翼』は仮想敵の一つだ。
特にチャラチャラしてたり、リア充だらけでもない。それどころか公序良俗に反する行いを、ギルドの禁則事項にもしている。
上っ面の付き合い程度なら、お互いに礼儀正しくやってこれた。
しかし、男女混合ギルドであっては、俺達と上手くいくはずがない。
いつかは戦争と覚悟していた。相手に不足や不満もない。
だが、最上の時期だろうか?
『モホーク』との間に火種を抱え、『不落の砦』とは冷戦状態、『聖喪女修道院』との関係修復も目処が立っていない。
さらには意味不明なリア充どもの反攻作戦。こちらの対応は急ぐ必要がある。
その上、謎の団員問題もだ。調査には、まだまだ時間が掛かるに違いない
先の戦争のダメージだって残っている。
備蓄はなんとか戻したものの……各団員も死亡ペナルティ解消が済んでないか、ようやく終わった程度の者ばかりだろう。このまま連戦になれば、士気が心配だ。
そして相手も弱くはない。
戦争になれば俺達が勝つ。おそらく一ヶ月も経たないうちに、『自由の翼』の人数は半減するだろう。
これは強い弱いの問題ではなく、集まっているプレイヤーの質が問題だ。
非抗争中立ギルドなのだから……「絶対に戦争は嫌だ。抗争すら避けたい」と考えている層が集まる。そこまでじゃなくとも、近い思想の者も多いだろう。それは珍しくもなんともない。
開戦ともなれば、その手のプレイヤーはギルドを抜ける。
ほとんど敵前逃亡であるから、以後、大半のギルドに加入を断られるようになるが……抗争や戦争は絶対にしないという主義の者もいるから、それは人それぞれだ。
宣戦布告と同時に脱退までしなくとも……おそらく数回のPKをされるだけで、簡単に心が折れる。
それで義理は果たしたとして、リタイアするだろう。最初から厭戦気分だ、無理もない。ギルドの存続と自分とを秤に掛ければ、その判断は普通ですらある。
だが、残った半数の心を折るのは……決して容易いことではない。
決着までに何ヶ月か、下手したら一年以上は続く。その間、他の全てのことは捨てて、掛かりっきりで挑まねば駄目だ。それぐらい『自由の翼』の数が多い。
もちろん、こちらも無傷では済まないだろう。最後に勝つのは俺達でも、逆に心を折られる者は必ずでてくる。
さらに開戦の理由が最悪だ。
錦の御旗として『公正なるギルドホールの開放』を掲げられたら、『自由の翼』に味方するギルドもでてくる。それも消極的な賛同、協力ではなく……完全に同盟としての参戦でだ。
最悪の展開まで考えると、最も避けたかった全世界対『RSS騎士団』の図式が出来上がってしまう。
世界大戦ともなれば、終戦までに『自由の翼』が壊滅しようとも……俺達の方だって跡形も残らない結末すらあり得る。
それだけはまずい。絶対に避けるべきだ。
俺は失敗したのか?
『RSS騎士団』を世界制覇へ導こうとして、全世界との戦争に案内してしまった。
名誉と誇りの為に、このまま戦争――それも世界大戦へ舵を切るべきか?
……論外だ。
名誉なんて糞食らえだし、誇りなんぞ犬に喰わせる価値も無い。
そんな中身の無い言葉で、仲間は守れやしない。
ではこのまま傍観するか?
いや、それも駄目だ。
俺の一存ではいかない。幹部会議に掛ければ、傍観という決断には絶対ならないだろう。
ならば、このまま正体不明のジョンスミスに……判っていながら敗れ去るか?
……無しじゃない。
俺は空前の愚か者扱いされるだろうが、『RSS騎士団』が損なうもの、あり得る最悪のシナリオ……それらに比べたら安いものだ。
いっそのこと……ここで全ての情報を握り潰す選択だってある。そうすれば自動的に、傍観と同じ結果だ。
……そうすべきか? 完全なる背信行為だが……それで問題は解決する。
「タケル……あんさんが悪いんやで? ジョンスミス君がどこの誰だか、わいは知らんが……ある意味で助かるんやで?」
ジンが無茶苦茶な論法を振りかざしてくる。
一瞬、カッとなりかけたが……少し奇妙だ。ジンも苦々しい表情をしている。
見落としがあるのか?




