見えない戦い――1
「……仕事が速いな」
「相手が素人でした。競売NPCの近くで張り込みをしていたら、狙い通りジョンスミスが現れまして。その尾行中、奴はジンとの連絡を。……身柄を押さえますか?」
……速いだけじゃなくて、フットワークも軽い。普段、商業担当チームは、どんな方法で商売してんだ?
「……それじゃ、また入札され返した?」
「はい。現在、第一物件は二十五万で『不落』、第二物件は二十二万で我々、第三物件が二十一万でジョンスミス……『自由の翼』となっています」
いつのまにか第二物件の入札価格が二十二万になっていたが……それは報告にあった対処の結果か?
ジョンスミスが第二物件に二十一万だったところへ、俺達が二十二万で被せた。
結果、ジョンスミスは第三物件へ狙いを変える。そういう流れだろうか?
だが、少しはツキも残っている。裏にジンが――『お笑い』の奴がいると知らなかったら、危うく舵を切り間違えるところだった。
ジョンスミスが『自由の翼』のエージェントと考えるのと、個人の金持ちとして対応するのでは……全く方向が違う。
「……なんだか奴にしては妙だな。狙いは落札じゃないのか? いま奴は何している? まだ張り付いているんだろ?」
「ジンの方ですか? それは判りません。ジンとの個別メッセージを傍受しただけですから」
……そこまでの素人を使ったのか? 個別メッセージなんて、他人に聞こえないよう設定するのが普通だろうに。
疑問が顔に出ていたのか、ハチは悪そうな顔で笑った。
「いやー……隊長にアイデアを聞いておいて良かったです。いつだか読唇術の話をしていたじゃないですか。あれ、もの凄く捗りますよ! 完全に習得できたのは一人だけなんですけど……見合った便利さですね」
確かに馬鹿話として披露した憶えはある。
そこからヒントを得て、実際に読唇術を使えるメンバーを育成しちゃったのか。
やっぱりハチの……いつもヘラヘラしている態度は演技だな。なんだってそんなことを……。
さらに商業担当チームの方も酷い。
だいたいがチームで商売をする段階で、相当のインチキだ。一般のプレイヤーはどこまでいっても、個人投資家でしかない。商業担当チームは拙くとも、投資機関の体をなしている。
それがグレーゾーンの戦術まで躊躇い無く採用しているようじゃ……個人レベルではまったく歯が立たないだろう。
露骨で悪辣な方法は禁止しているが、この分だと……。どこまでそれを守っているかは、神のみぞ知るだ。
「身柄はいつでも押さえられるように。応援が必要だったら、適当に声かけちゃって。それと現金のプール額を教えてくれ」
「現金だと六十万……いくつか資産を急いで現金化しても、七十万は無理です。あ、これは競売に入金した分も含みます。……あの戦争での出費が。カイの奴も備蓄が足りないとせっつきますし」
申し訳無さそうにハチは言うが、よくやってくれている。何も不満は無い。俺が提示した一ヶ月で金貨百万枚を、この時点で超える勘定だ。
……となると、三十五万がデッドラインか。
もしジョンスミスが――ジンの奴が三十五万を超える予算を用意していたら、どちらかの物件で競り負ける。入札には現金が必要だ。NPCに口約束は通じない。
奴の予算が三十五万に届かなくとも、今回で資金を使い果たすのも好ましくなかった。
第四回のギルドホール開放に参加できなくなる。
いや、不動産としてギルドホールを何区画か所有することになるが……そう簡単に売却相手を見つけられるものじゃなかった。それに誰だろうと、金を持っていれば良いとも考えていない。
作戦の主眼は、こちらで所有者を選別すること。その権利を保持していると、万人に知らしめることだ。資金稼ぎは余禄に過ぎない。
「……どう思う?」
「向こうの動きが怪しいです。これでは値段が吊り上がってしまいます。競り合いを避けるのなら、『不落』のように……一気にどかんと指した方がベターでしょう。相手は素人でもなさそうなのに、奇妙すぎますね」
俺も同じ感想を持った。持ったが、しかし……この明らかに別人のような態度はなんなんだ?
いつもこんな態度だったら、もっと回りも信用するだろうし、カイと角突き合わせることもないだろうに。
ハチが不審そうに俺を見たので――
「いや、俺もそう思う。ハチは面識ないんだっけ? ジンの野郎は俺より賢いぞ。悔しいが、それは間違いない。たまに抜けているところはあるが、油断は禁物だ。でも、だからこそ……理解できないんだよな」
と先を促しておく。
この火急の折に、いつものヘラヘラモードに戻られたら面倒臭い。
「手合わせするチャンスは伺っていたのですが、なかなか……ジンって人は商売熱心なタイプじゃないようで。それに……相性とか、方向性の違いじゃないですか? 得意分野は人それぞれですし」
考え込む様子のハチは、なんだか凄みがあった。
本気でやれば商売もまた勝負であり、ゲームでもある。
「狙いは俺達の資金を消耗か? ……嫌がらせとしては悪くないが、いまいち不明瞭だな。それとも、素直にギルドホール入手が狙いか?」
「両方……そっちの可能性もありますよ?」
ハチが面白いことを言い出した。
「この手のゲームでまず知りたいのは、相手の資金力です。相手がこの調子で吊り上げ続けたら……いずれは三十五万近辺となります。その場合、我々の現金は七十万前後と判明します。一物件だけなら、落札も可能でしょう」
まあ、道理だ。それは俺も予想していた。
「でも、相手が三十五万以上あるかは判らないですね。もしかしたら……今回は入札価格三十万とかで打ち止めかもしれません」
……それもそうか。相手の持つ現金が三十万未満だったのなら、相手は競り負ける。
「相手は資金力が露見しますが……代わりに俺達の資金を六十万……最初の予定から考えれば、二十万多く削ることができます」
筋が通っている。それだけあれば可能な戦術だ。
「次に……第四回ギルドホール開放イベントで、同じことを繰り返せばいいのか」
「そうですね。いつかは俺達も負けます。その時に相手はギルドホールを入手できますし、それまでに大ダメージを累積できるでしょう。資金力露見を恐れて、今回は捨てゲーム……削りに徹する可能性だってあります」
そんな筋書きになったら、第四回をどうにかするだけで、ギルドホールの叩き売りでもしなければならなくなる。
第四回を乗り切ったところで、第五回で俺達は捕まるか。
最悪だ。黒幕を特定してなかったら、判っていながら敗れ去る道しか無かっただろう。
しかし、どうする?
もっともダメージを少なくやり過ごすには、このまま傍観だ。
ギルドホールは奪い取られてしまうが、実質的な損害は余計に支払う二万と、『不落』の五万の……合計で七万で済む。
だが、それでは完全敗北に近い。
かといって、このまま吊り上げに付き合うの考えものだ。ただ出血するだけでメリットは何も無い。
「奴とコンタクトを取る」
そう宣言すると、ハチの奴も頷いた。




