開幕クソゲー化作戦――4
第二小隊の人達が祭前夜の静かな熱に浮かされているとしたら、我が情報部が陣取っている辺りは熱狂の坩堝に近かった。
騒がしいという意味ではない。いや、もちろん騒がしくはあったが、それは浮かれた雰囲気のものではなく……修羅場の騒がしさだ。
正直、カイからは「これは、これは隊長……お早いご出勤で」ぐらいの嫌味を言われると覚悟していたが、そんな余裕すらないようだった。
カイはアシスタントと車座になって地べたへ座り、目の前に展開したいくつものメッセージウインドウから報告を受け、指示を飛ばしている。相手は『引き役』として『ゴブリンの森』に散っているメンバー達のはずだ。
「ふ、副隊長! そ、そろそろ身体が重くなるかも? や、やばいです! 集めすぎました!」
「αの残り時間は?」
「あと七分以上、八分未満です」
「情報部! 俺はまだ大丈夫のはずだから、αを先に入れてやってくれ」
「駄目だ、カイ! γの残り時間二分切った」
「聞こえたか、α? あと五分、なんとか粘れ! 許可なく『広場』に戻るなよ? 本隊が壊滅する! ――情報部より通達です! 処理を急いでください! 『魔法使い』には『初級MP回復薬』の使用を許可します! ――γが先に広場へ!」
「γ了解」
「こちらΔ、大回りしたほうが良いか? 本部応答せよ!」
「……こちら本部、ただいま副隊長は手が離せません。……良い感じに大回りして、かつ要請があったら飛び込めるようにお願いします!」
「なんだよそれ? そんなのできる訳が……くそ、善処する!」
「こ、こちらα! お、追いつかれそうです! ふ、副隊長!」
「駄目だ! 勝手に死ぬな! あと五分粘って、『広場』まで引いたら死ぬのを許可する。なんとか走れ!」
「……メガネ割れろ! 走れば良いんだろ!」
想定以上にギリギリの雰囲気だった。『引け』過ぎてしまうのなら、索敵範囲を狭めれば良いはずなのだが……カイの奴、どうしちまったんだろう?
まずは現状報告を受けるべきだが、この修羅場に話しかけるのも気が引ける。そんな風に思っていたところで、忙しいはずのカイの方から声を掛けられた。
「遅かったみたいですが、どうしたんです? ログイン戦争に引っ掛かったんですか?」
……当たり前だが、今は眼鏡無しの素顔だ。
メガネはアクセサリーに分類される装備だから、βから持ち込むことはできない。服装だって初期装備の粗末なローブだ。いつもキッチリしているカイのそんな格好は、見慣れていないので違和感を覚えなくもない。
「んあ? 何で知っているんだ? カイも引っ掛かったのか?」
「……私も隊長も遅刻してたら、この作戦は失敗ですよ。まだログイン戦争は沈静化していないようですね」
そう言いながら、カイは開きっぱなしのモニターの一つをスクロールしていた。レイアウトから見るに、掲示板の監視用だろう。ゲーム内から外部の情報を探るには、掲示板が一番手っ取り早い。
「ふむ。俺達は話題になってる? って、大丈夫なのか、作戦指揮の方?」
「大丈夫です。ちょうど緩いペースでしたから。我々による『被害者の書き込み』で多少は周知できているようです。本物の被害者からの書き込みもボチボチですね」
とうてい暇にも、緩いペースにも思えなかったが……平然とそんなことを言った。アシスタントや『引き役』からは不平の声が上がるが……もちろん、眉一つ動かしやしない。
掲示板に被害者を装って『ゴブリンの森』封鎖をリークするのは、予め決めておいた作戦だ。慣れている奴らなら、向こうの方で俺達を避けるだろう。小競り合いは覚悟の上とはいえ、避けれるなら避けたほうが良い。
そんなことを考えていたら、カイが『パーティ招待』を送ってきた。
「ん? ああ、パーティに入らないとな……それに俺も参加した方が良いかな? それとも『引き役』の方を手伝おうか?」
「いえ、今のところ、手は足りてますし……それより、情報共有が先でしょう?」
ニッコリと笑ってそんな事を言うが……俺の方から新しい情報はない。意訳するなら「なんで遅刻したのか釈明を求める」だ。
上手い言い訳を考えてみたが……まあ、駄目だろう。溜息を押し殺して、とりあえずパーティに参加をしておく。
「遅れて悪かった。少しアバターの変更に……ちょっとだけ……手こずったんだ」
素直に理由を説明して謝ってみたのだが……それで全員の注目が髪に集まる。
……そんなにこの髪は変なのか?
変か変じゃないかで言えば、変なのだろうが……それはここにいる全員が同じはずだ。一様にお仕着せの初期装備でしっくりとはこない――早々と脱いでしまっているシドウさん達は除いてだが。
覚悟を決めるべきか? カイの奴なら歯に衣着せず、はっきりと感想を言うだろう。
「……この髪……変か? 何か変なんだが……自分でもいまいち……」
偶然なのか……注目の的であり過ぎたのか……俺の質問で場は静まりかえる。いわゆる『天使が通った』というアレだ。やめろ、お前達! なんでそんなに俺の髪が気になるんだ? ……泣くぞ?
「隊長……黒くし過ぎです。そうですね……髪染めに失敗して、慌てて黒に戻した感じというか……白髪染めを張り切り過ぎちゃったおじいちゃんの様というか……」
「あ、それか!」
自分でもカイの説明に納得してしまった。情報部の奴らも「おーっ」などと声をあげる。
慌てて周囲を睨みつけるが……抜け目なく顔を背け、いかにも聞いてませんでしたといった体だ。こ、こいつら……!
「そ、そんなことより! これを見ろ! シドウさんが俺達にくれたんだぞ! どうだ! 凄いだろう!」
話題を変えるべく、『記念メダル』を見せびらかすように掲げた。先ほどの態度はどこへやら、ちゃっかりと物見高い連中が集まってくる。
「ああ、それでシドウさんと話してたんですね」
「……光ってる。そういう魔法の設定なのかな?」
「素材の可能性もあるぞ。誰か『鑑定』持っている奴ー」
「ほい、きた。どれどれ………………うぇっ、『オリハルコン』だ」
「ついに『オリハルコン』きたかぁ……」
なんだか予想と少し違う反応だ。どうしちゃったんだろう?
「次は『ミスリル』だと思ったんだけどなぁ……」
「しかし、溶かしてみないと何ともいえないな。これでどれくらいになるんだ?」
「でも、中級の道具でいけんの?」
「……ありえるな。非売品くさいなぁ、上級道具……」
「その前に『オリハルコン』グレードのレシピを探さないと……心当たりあるか?」
話はどんどん熱を帯び、それでいながら変な方向へ逸れていく。
「なんで折角の記念品を溶かそうとすんだよ!」
思わずわめいてしまったが――
「へっ? いつものように『解析チーム』の仕事……ですよね?」
と、不思議そうな顔で聞き返された。
これは俺の責任……なのか? あまりに過酷な任務が、こいつらをスポイルしてしまったのか?
「ちっがーう! これはシドウさんが……オープンβ最高レベルは俺達の……情報部の功績と言ってくれて……それで……」
……まずい。説明してたら恥ずかしくなってきた。
聞いてる情報部の奴らもポカンとした顔をして――
いや、違う。こいつら唖然としているんじゃなくて……もしかして……照れているのか?
「……あっ! ソウダ! そろそろ矢の補充行かないと……」
「あ、俺も買出しに戻らないとな……」
「俺も……『引き』いってこないと……」
「そろそろ封鎖の交代の時間だな……それじゃ、少し早いけど……」
などと白々しいことを言いながら逃げ出し始めた。
顔を赤くして右往左往する野郎の集団ってのは……どうにも対応に困る。
俺だって得意げに『記念メダル』を掲げているのが恥ずかしくなってきた。かといって、説明を続けるわけにも……どう取り繕ったものか。
「まあ、それについては……後日、スクリーンショットに顛末を書いたものを添えて、みんなに配ればいいでしょう。とりあえず仕舞ったらどうです?」
「お、おう。そ、そうだな」
なんだか締まらない感じになったが……それなりに皆も喜んでいる様だから、これはこれで良いのだろう。