綻び――1
会議中ではあったが席を外させてもらい、場所を移すことにした。
本来なら失礼な振る舞いをしたハチを、叱責するべきだが……態度がおかしい。いつものヘラヘラした感じではなく、もの凄く深刻な様子だ。
「なにが起きたんだ?」
情報部に割り当てた部屋へ駆け込み、すぐに問い質した。
狭苦しい部屋では何名か作業をしていたが、突然の乱入に驚いている。悪いとは思ったが、説明している余裕は無さそうだ。
さらにハチの奴も、こんなことを言い出す。
「あー……悪い。皆、しばらく席を外してくれないか?」
その場に居たメンバーは吃驚しつつも、機転の利く奴が――
「皆で飲み物でも買いに行こうぜ。『食料品店』にさ。俺、手持ちが無くなってんだ」
と提案してくれた。
残りもメンバーも「そうするか」などと言い合って、狭い部屋を苦労しながらの移動をはじめる。とにかく狭くて、出入りするだけでも一苦労だ。
……情報部に割り当てた部屋、小さすぎたかな?
バランスや公平性を考えて、他の小隊と同じ広さにしたのだが……人数比率に直すと、情報部の部屋は殺人的に狭かった。『詰め所』の方も所有するから、職権乱用と思われないようにと配慮した結果だが……やりすぎたかもしれない。
とにかく人払いが済んだところで、再びハチを問い質す。
「それで?」
「……談合破りです! 何者かが、ギルドホール競売に介入しています!」
視界が歪んだ。
『ぐにゃー』という幻聴が聞こえてきそうなほど、物が歪んで見える。
ギルドホール買占めは、情報部の……いや『RSS騎士団』全体の努力の結晶だ。
そして長期的戦略の要であり、最も重要な作戦でもある。
なぜだ? いや、誰だ?
買い占めること自体が世界支配へつながり、同時に資金をも集める。この作戦が回転を初めてしまえば、ありとあらゆる問題は消えうせたことだろう。
俺達は最強の力を保有し、世界制覇にあと一歩というところまで詰め寄った。いや、すでに片手だけなら、届いていたはずだ。
あとは掴みかけた王冠を滑り落とさぬよう、両の手で確りと持って……ジェネラルに戴冠するだけ。
確信がある。それほどまでに、俺は――俺達『RSS騎士団』は勝利を手中にしつつあった。……あと一手のところまで!
だが、いまや俺達は最強の一角でしかない。
リア充たちには、意味不明の反攻作戦を展開されている。
そして敵ばかりが増えていく。
そして、これが止めとばかりに、最終作戦が阻害された。
勝利が手の平から零れ落ちる。
……なんでこうなったんだ?
「――隊長、隊長! 聞いてますか? ……大丈夫ですか?」
遠くから俺を呼ぶ声がした。
……しばし、呆然としていたようだ。
それに……違う。俺は勘違いしている。まだ勝負は着いていない。まだ戦いは始まったばかりだ!
俺は戦う前から負けるつもりなのか?
「悪い、聞いてなかった。最初から説明を頼む」
「……先ほど、入札価格の変動がありました。入札者はジョンスミス。所属ギルドは判明していません。事後報告になりますが、俺の裁量で再入札してあります。現在、手の者を競売NPCの近辺に潜ませて――」
ハチの報告はそこで中断された。
俺の個別メッセージ用のウィンドウが出現したからだ。
「『不落』からのコンタクトだ。……出るぞ? 『不落』の関与は?」
「まだ不明ですが、『不落』も同様に攻撃されている可能性が高いです。事情説明を聞いてからにしては?」
「いや、拙い。相手は――秋桜は出なかったら、へそを曲げる。機嫌を直すまで、ゆうに三十分はかかちまう」
答えながらインカムを操作して、公開設定を弄る。ハチにも聞かせた方が手っ取り早そうだ。
「何で意地悪するんだよ、タケル! それに遅い!」
メッセージウィンドウに映る秋桜は、例によってカンカンだった。
「意地悪ってなんだ! 人聞きの悪いこと言うな!」
「これが意地悪じゃなくて、何が意地悪なんだよ! あれか? この前の続きなのか?」
……いかん。なぜか秋桜が相手だと、いつも口論になってしまう。
べつにあいつのことは嫌いじゃないし、認めているところもあるのだが……なぜかいつもこうだ。
ただ、この無駄なやり取りでできた時間は、意味が出てきた。
ハチの奴がその辺にあった紙に、これまでの経過を簡単に書いて見せたからだ。
それには短く行を分けて――
・『不落』入札、予定通り金貨二十万
・ジョンスミス、『不落』の物件へ入札、二十一万
・『不落』再入札、二十五万
・ジョンスミス、『RSS』の物件へ入札、二十一万
と書いてあった。解り易い。これで『不落』に関しては事情が飲み込めた。
「……とにかく、この謎の入札者は俺と無関係だ。その話だろ?」
「そうだけど……そうだけど……信用できない」
俺の問いかけに、ふて腐れたように秋桜が答える。
なぜだか、無性に腹が立った。その様子は昔の――いつも俯いてばかりだった秋桜を思い出させたからだ。
多少は馬鹿に見えようとも、こいつは明るく騒がしい方が似合っている。
とはいえ、秋桜のせいでもないとも思う。なんでこんなにも複雑になってしまったんだ?
「信用しろ! 俺がいままで騙したり……は、あるな。嘘を吐いたり……も、あるな。……とにかく、信用しろ!」
「そ、そんなの無理だよ! わ、私だってタケルのこと……本当は信じたい。でも……信じられないよ! だいたい……タケルは欲しい物があるとき、全く遠慮しないじゃない!」
真っ向から否定されてしまった。
「……馬鹿だな、秋桜……今度だけは違うんだ。だいたい、いままで……嘘を吐いたり、騙したりはあったかもしれない。でも、お前を本当に酷い目に会わせたことがあるか?」
「う、うん……うん? いや、あるよ! たくさんあったよ! βの時のレアアイテムだって……難しいことを捲くし立てて、私達から巻き上げたじゃない!」
……どうも見解の相違が激しい。事実誤認までしている。
それに少し賢くなっていた。誰が知恵をつけたんだ? リリーの奴か?
「タケルはリシ姉の隣になりたくて、強引に買い取ろうとしているんだ!」
とうとう犯人に断定されてしまった。どうしたものか。
しかし、その理由そのものが、俺が犯人ではない証拠にできるのだが……なぜそう考えてくれないのだろう?
第三回ギルドホール開放では、ある特別な物件が売りに出されている。
なんと第一回に開放された区画と隣接した物件だ。
これは世界最初の、区画合併を狙えるチャンスでもあった。現に、その意味で注目する者もいる。
しかし、それよりも重大なことがあった。隣接区画の現所有者が、『聖喪女修道院』という事実だ。
つまり、この物件を落札すると『聖喪』のお隣さんになれる!
正直に言おう。『リシアさん家のお隣』……音がしそうなほど心は揺れた。触手もうねうねと――違う……食指も動いたのを覚えている。
だが、時期が悪い。外交関係が微妙な今、そんな行動に出れるものではなかった。
それに諦めつつも、実は『不落』が落札に乗り出してホッとしている。
どこの馬の骨とも判らん輩に取られるくらいなら、秋桜とリリーに入手させた方がマシだ。
いま述べた個人的な事情もあったし、停戦中でも共同歩調を保てたのは喜ばしい。俺に邪魔する理由など微塵も無かった。
しかし、これを説明しても、秋桜は納得しないだろうなぁ。
べつに頭は悪くないと思うのだが、時々、妙に意地を張ることがある。それで口論やら喧嘩になるのだが……その時間も惜しいほど、事態は急を告げていた。
「だいたい……この前も結局、タケル達が悪かったんだぞ!」
むくれたまま秋桜は続ける。うん、これは本気で怒ってんな。
また、そこまで非難されても……何一つ言い返す言葉が無い。証拠の前に、あらゆる言葉は無意味だ。




