戦後処理――3
戦争には勝った。
異論もあるだろうが、「俺達に勝った」という者がいないのだから、そう押し通せる。
ただし、その内訳は酷いありさまだ。
『モホーク』に――モヒカン一人に名を成さしめ、『不落』『聖喪』同盟には対等の勢力として並ばれ、友好ギルドとして『聖喪』を失い、『RSS騎士団』の総力も推定可能になってしまった。
その引き換えで手にしたのは、暫定最強の座とMVPメダルが一枚だけ。
暫定最強の名にしても、俺達は元々からそうだ。MVPメダルだって記念品に過ぎないし、『不落』『聖喪』同盟にも送られたそうだから……ある意味、屈辱的ですらある。
決して負けではないが、違う言い方をすれば完全に大赤字だ。
しかし、対処可能な問題でもある。
先々の苦労を思いやれば、頭の痛くなる思いだが……一つひとつ解決していけば、いずれは正しい状態へ戻せるだろう。
だが、俺達の直面している困難の方には、捕らえどころが無かった。
「結局……何が起きてんだ?」
単刀直入に、アレックスが切り込んでくる。
「……深夜でも起きているのか?」
心配そうに訊ねるシドウさんへ、アレックスは黙って肯く。
俺なんかがログインする……いわゆるプライムタイムは酷い有様だったが、深夜でも発生しているのか。あり得そうなことだ。
それに訊かれても困る質問だった。
いや、何が起きているのかは理解している。説明も可能だ。
しかし、なぜなのか、どうすれば良いのか……そんな本質的な回答は何一つない。
気がつけば、問いかけるようにカイが俺を見ていた。
「……任せる」
「それでは、私が代わりまして……情報部からの調査報告を。結論から申しますと、我々はリア充共に『ある信仰』の対象とされています。それは『リア充の雄が、雌を伴って我々に決闘を申し込むと、その番は幸せになれる』です。これは信頼できる筋からの――」
驚いたものはいない。全員が多かれ少なかれ、実際に体験しただろうし……予想通りでもあっただろう。
報告が終わっても、誰一人として口を開かなかった。空気が重い。
そりゃそうだろう。こんな時に、何を言えば良いんだ?
重苦しい雰囲気を振り払うように、ジェネラルが口を開いた。
「詰まるところ、あれかね? 我々は何かの『おまじない』の種になったということか? それこそ……『S谷センター街・カップル笹』のように?」
その単語に身体が反応してしまいそうになるのを、ぐっと堪える。……やっぱり関係者なのか?
しかし、言い得て妙だ。『S谷センター街・カップル笹』で例えるのなら、俺達『RSS騎士団』は『カップル笹』の役割。申し込まれる『決闘』は、それへ吊るす短冊になるだろう。
「そうなる……のかな? 凄い数のカップルの――いや、リア充の番だよ。どこに隠れていたんだろ? それとも増えたのかな?」
サトウさんも疑問を述べた。
隠れていたのは、まず間違いない。俺達に見つかれば、粛清される可能性があるのだから。
「奴らは一匹見れば三十匹はいる! いまになって現れたのは……先の戦争で抑えが利かなくなってしまったのが原因だ!」
ここぞとばかりにハンバルテウスは話を蒸し返そうとするが……その意見には全員が考え込んでしまう。
その可能性はあった。俺達の維持してきた畏怖が薄れてきている?
「数もそうだけどよ、奴らは全く時と場合を考えないからな……おちおち街で買い物もできやしないぜ?」
アレックスのぼやきに、サトウさんとシドウさんも「そうだ、そうだ」とばかりに頷く。この三人は、馬鹿正直に『決闘』を受けてやってるのかもしれない。
……良く見たら、ジェネラルまで頷いてる。団長まで『決闘』を受けることないでしょうに!
「なにを悠長なことを……リア充共がふざけたことを言ってきたら、問答無用で判らせてやれば良いのだ!」
呆れたようにハンバルテウスは言うが……俺もその意見に賛成だ。
いちいち相手にしていたら限が無い。俺も問答無用での対応へ切り替えている。
「しかし、だな……相手が正々堂々と挑んできているのに……こちらが数に頼るようでは……な? いやっ! それが間違っているとは言わないぞ?」
まるで叱られているような感じで、シドウさんが反論する。
さて、どうしたものか?
『RSS騎士団』の利益だけを考えるのなら、『決闘』なんぞ受けなくても良い。むしろ受けない方がメリットはあるだろう。
かといって、個人々々の機微というか……主義やスタイルまでには、なるべく干渉したくなかった。それは、なんだか……良くないことに思える。
「いや、まあ……その方が良いとは判っているんだけどね。どうにも挑まれてしまうと……」
サトウさんもばつが悪そうではあったが、シドウさんに賛成のようだった。
アレックスの方も大げさなジェスチャーをするだけだったが、同じなんだろう。
「まあ、その辺も考えなくちゃだけど……そっちは結局、対症療法だからね。問題は僕らが手詰まりなことだよ。普段の任務をこなそうとすれば、敵であるリア充が喜ぶ。それどころか、僕らの方が逆に探される始末だよ? これじゃアベコベだ」
何かを言い掛けたハンバルテウスを制し、ヤマモトさんが軌道修正をするが……その表情は渋い。
そう、結局のところ問題の根本はそこだ。
打つ手が無い。いや、あるにはあるが、どの対策を講じたところで一長一短はある。
「いっそのこと……しばらく任務を――パトロールは止めることにして、戦争の後始末に取り掛かっちゃどうだ? 何事も駄目なときは駄目だろ?」
シドウさんが先ほどの提案を繰り返す。
実際、パトロールは全く捗らなくなっていた。
問答無用の対応を始めて、俺のところ――おそらくハンバルテウスの隊にも――には、あまりリア充が近寄らなくなっている。だが、その分だけ他の隊へ集中しているはずだ。
その俺にしたって、もう単独行動は危ない……いや、正確に言うのならば、煩わしいことがある。
「それも手なんですけど……逆に見ると……活動の成果は認められます。効果があったから、いままで奴らは隠れていた。そうとも考えられるんですよ。なにより活動休止で、空気が変わりそうなのもネックに思えます」
「タケル君の言うことも尤もだし……しばらく休業するとしてもねぇ? いつまでなんだい? なにか抜本的な解決策があるならともかく……ただ活動を休むのは……」
ヤマモトさんも難色を示す。
会議室は再び、重苦しい沈黙に戻ってしまう。
……なんでこうなったんだ?
俺は――俺達は正式サービス開始してから……いや、βテストのときからコツコツと積み上げてきた。
それなのに戦争には快勝もできず、戦後処理は山のように残っている。
通常の任務に至っては、原因不明の大問題を抱えてしまった。
何か間違えていたのだろうか?
ここは俺達のカナン――約束の地にはならない?
リア充のいない、清く正常な社会。誰もが非モテだとか、ぼっちだとかを気にしないで済む優しい世界。俺達が戻るべき楽園は、無くなってしまったのか?
……違う。
こんなのは良くある厄介事に過ぎない。いままでだって、色んな不都合を乗り越えてきた。
だから、今度も上手くいくはずだ!
なぜかは判らないが、このところ……何者かの悪意を疑いたくなるほど、不運が連続している。だから少し、心が弱くなっているんだ。
それにまだ希望は残っている。ギルドホール買占めによる世界制覇だ。あれが上手くいけば――
「隊長、一大事です!」
そう叫びながらハチが、ノックもせずに会議室へ飛び込んできた。
……話を聞く前から、嫌な予感がしてならない。




