戦後処理――2
「何が調査中だ! 大方、情報部お得意の外交やら、陰謀やらをしているんだろうが! そんな暇があるなら、なんで夜戦装備の一つも開発してない! 我々を戦場に立たせるのが、情報部の仕事だろう!」
「夜戦まで視野に入るものか! それは――」
「落ち着け、カイ。あれだ……野戦に対する不備は、情報部として正式に謝罪する。戦術研究から抜けていたのは事実だしな」
口論になりそうだったので、カイを止めて収めておく。
……これでまた、後で文句を言われるだろう。とはいえ、夜戦の備えが無かったのは事実でもある。そこで言い争っても何も生まれない。
「外交にも失策があったと小官は愚考する。色々とこちらが譲った挙句、最終的に『聖喪女修道院』は裏切ったではないか! 飼い犬に手を咬まれるとは、まさにこのことだ!」
「それは貴様が隊長の同盟案を、頑なに反対したからだろうが! 『聖喪』と同盟を結んでいれば少なくとも不参戦を、場合によってはこちらへの助力もあり得たんだ!」
「なにを馬鹿な……現に『聖喪女修道院』は敵対した! これこそ小官の危惧した通りということだ!」
……結局、口論が開始されてしまった。
それにある意味、ハンバルテウスの主張は間違ってはいない。結果論として『聖喪』は敵に回ったのだから、同盟相手として不適当ともいえる。
「いや……それはどうなんだ? タケルにも説明してもらったが……今回、『聖喪』が敵に回ったのは、仕方のないことだろう? 俺はむしろ感心したぞ? どんな理由があろうと、同盟の約束を守る。信に足るギルドじゃないか?」
「俺もシドウの旦那に一票だな。結局……タケルの予見した通りだっただろ? それにタケルの方針が正解だったから、あの日も援軍の……なんて言ったっけ? とにかく、あのおっちゃん達が来てくれたんだしよ。……っと、タケル少佐だったな」
シドウさんとアレックスは情報部の支持に回ってくれた。
申し訳無さそうにするアレックスに、目で構わないと返事をしておく。階級は団体行動の助けとなると解ったが、固執するものでもない。
「なにを言うか! あのようなロートルが配下になったところで、これっぽちの足しにもならん! そもそも、我々の大儀を理解せん輩ではないか!」
さすがに我慢の限界が来た。
「『象牙の塔』と『妖精郷』は、俺達の窮地を見かねて助けに来てくれたんじゃねえか! ただの友好ギルドなのにだぞ? それに『聖喪』だって、筋を通しただけだ! そもそも友好ギルドは配下なんかじゃねえ! あの人達はあの人達で、自分らの旗を振ってんだ! 敬意を払え!」
「はあ? これは総指揮官『殿』のお言葉とは思えませんな! 我ら以外は全て敵! それが正しい見識でしょう? その甘い考えが、今回の苦戦を招いたのだ!」
「二人とも、お黙んなさい! いまは会議中です! 喧嘩をしたいのなら、外でおやんなさい!」
ほとんど怒鳴りあいになりそうだったのを、ヤマモトさんに叱り付けられる。
「それに僕も、タケル君の方針――一度に複数の敵と戦わない方針が、正しかったと考えているよ。その延長線上にある外交政策も、おおむね正しかった」
続くヤマモトさんの言葉に、ハンバルテウスは我慢ならないようだったが……副団長に言い切られては、反論もできない様子だった。
「外交とか言われても、良く解らんが……礼儀正しくというのは正論だな。それにハンバルテウスも、そう熱くなるな。確かに我々は勝っていないかも知れんが……負けてもいない。次に勝てば良いだけだ」
シドウさんらしい言い分だったが、幹部がその見解を口にするのは困る。
そんな気持ちを視線に込めると、ばつが悪そうにこめかみを指でかいていた。まあ、仕方ないか。素直に受け取れば、それが普通だ。
日が落ちた戦場。集団として残っているのは『RSS騎士団』と『不落』『聖喪』同盟だけ。他のギルドや戦争チームは撤退してしまったし、個人レベルの参加も散発的となっている。
そんな戦場で停戦合意し、両勢力が同時に撤収したのだから……引き分けと考えるのが妥当だろう。
まあ、少なくとも『最後まで生き残った』という体面は保てた。『不落』『聖喪』同盟と分け合う形にはなったが。
「だいたい……俺がログインするような時間だぜ? あのまま継戦は無理だろ。いや、そりゃ……うちの第三小隊と主力を交代とか……色々と考えれたかもしんないけどよ」
アレックスがまだ指摘されていない問題点を挙げる。
俺達が実質的に戦争をしていたのは二、三時間といったところだ。いや、本当に忙しかったのは最初の一時間ぐらいか。
しかし、これはMMOで可能な集団行動の、ほぼ限界に近かった。
ちょうど夏休みで、学生プレイヤーはなんとかなるが……社会人プレイヤーはそうもいかない。急の徹夜や夜更かしなど、許されることじゃなかった。
明日に響く……どころか、人によってはこれから出勤だの、リアルで絶対に外せない用事があるなんて者もいたらしい。
「朝を待つのも、同じ不具合がありますね」
カイが挑発的な感じに補足する。
そんな態度をとる理由は解らなかったが……指摘する通りではあった。
この世界の一日が十三時間と設定されていても、日の出まで待機となったら数時間となる。全く実現性の無いプランだ。
「だからこその、夜戦の備えなのだろうが!」
悔しげにハンバルテウスが蒸し返すが……それで理解できた。
奴だって戦争で活躍できたとは思っていまい。それどころか、失態を晒したぐらいには考えているはずだ。
その失点を取り返そうと奮起した矢先に停戦と撤退では、やり場の無い怒りがあるのかもしれない。
「あーっ、もう! 少しハンバルテウス君は落ち着きなさい! あのね、この場は論功行賞の場ではないの! 君達の進退を決める会議に、君達を呼ぶ訳ないでしょうが! あの戦争の反省は良いけど、誰かの失敗をあげつらう様な真似はお止しなさい!」
珍しくヤマモトさんが声を荒げる。
……ヤマモトさんを怒らせるとは、ハンバルテウスは凄い才能の持ち主だ。
それに特殊な主張の持ち主と考えるのは間違っている。奴の方に共感する団員だっているのだから、一概に否定するのは良くなかった。
ただ、まあ……俺は奴が嫌いなんだろう。そう思うと、何もかもが納得できた。
嫌いな奴が反対意見を述べるから、より一層に腹が立ってしまうのだ。
そして、おそらく……それは奴の方でも同じなんじゃなかろうか?
「とりあえずだ。当面は『不落の砦』との停戦合意は継続。『聖喪女修道院』ともだな。まあ、友好条約の方は凍結だ。情報部の調査内容は、中間報告も受けているし……私も必要と判断した。『モホーク』とも停戦を継続するのかね?」
ジェネラルが話をまとめ、別の問題へと切り替えた。
……ここで調査の中間報告をするべきか?
いや、ジェネラルはそちらへ舵を切ってないし、まだ俺も内密に話を進めたい。問題が重大すぎて、事実関係がはっきりするまで何も言いたくなかった。
「『モホーク』とは、停戦を合意した訳じゃありませんし……最低でも、引き続き『要監視ギルド』扱いで。討伐対象としての布告は……どう思う?」
「……難しいですね。少し探りをいれる時間が欲しいです。現状維持が無難じゃないですか?」
「――とのことです」
俺とカイで、ジェネラルの質問へ答える。
それにアレックスから問い質された。
「それは……揉めても手を出すな、ってことか?」
「いや、揉めるようなら、やっちゃっても構わない。正直、奴らからどこまで情報を引っ張れるか怪しいし……俺個人は、先に『モホーク』を片付けるのもアリだと思っている」
現場が欲しいのは明確な指針であるし、アレックスは深夜にただ一人の幹部となることも多い。ある意味で、影の首脳部とも言えた。
「それでは順番がおかしい! 小官は先にあの女共こそ――」
「まあ、それには準備が要るのだから、結局は現状維持ってことだよ」
また蒸し返そうとしたハンバルテウスを、ヤマモトさんが機先を制する。
……なるほど。多少は操縦してしまうのも、手ではあるのか。
「しかし、タケルの言った……先に『モホーク』を対処も手じゃないか? その……現状……我々は開店休業状態なのだし?」
『RSS騎士団』の窮状を、シドウさんは面白い言葉で表現した。
しかし、それは非常に正しい例えだ。その証拠に、首脳部全員が苦虫を噛み潰した顔になった。
俺達は今、予想だにしなかった困難に直面している。




