戦後処理――1
「戦争は楽しかったようだな、タケル少佐」
仏頂面をしたジェネラルが言う。
今日だけでも何度目かだし、ここ数日のヘビーローテーションだ。
わざとらしく首から提げたメダルを弄くってもいる。それは運営から贈られたMVPメダルで、例によってオリハルコン製だ。
戦争という楽しいイベントに、自分は除け者にされた。そう考えているらしい。実に大人気ない人だ!
いや、同じように参加し損ねた団員は、似たような不満を覚えているらしいから……それを責めるのは酷か。
俺の方も「そちらこそ」と言いかけて、危うく踏みとどまる。おそらく、俺のような一般人が口を挟んで良いことじゃない。
……なんであの日、ニュースを見てしまったのだろう?
いや、違う。俺は注意深く、ニュースの類は避けるつもりだった。
知ってしまったのは『あの掲示板』経由だ。事実関係を軽く調査しよう。戦争も終わりログアウトした時に、そう思ってしまったのが良くない。
『あの掲示板』で俺達は小さな扱いで、もっと他の珍事件の方で大騒ぎになっていた。
それは通称『S谷センター街・カップル笹盗難事件』と呼ばれる。
『S谷センター街』の名前は、誰でも知っていると思う。
リア充に聖地として崇められ、現代のソドムとゴモラとまで称される背徳の街だ。リア充の中には、聖地巡礼を一生の悲願とする者もいるという。
その『S谷センター街』では毎年、夏になると『カップル笹』なるものが祭られる。
なんでも『カップル笹』にお互いの名前を書いた短冊を吊るしたリア充の番は、末永く幸せに暮らせるとか何とか。眉唾物のインチキにしか思えないが……とにかくリア充どもは、そう信仰している。
そんなのは年末にやってくる『聖戦の日』や、二月にやってくる『言われ無き差別弾圧』と同じだ。もし俺に力があれば、天罰の雷で清めてやりたい。
だが、今年はそれをやってのけた英雄がいた!
祭られた翌日、さあ短冊を吊るそうとリア充が考えた時には……『カップル笹』は忽然と消えていたらしい。
まさに英雄的所業!
俺達の声無き声を聞き届けた誰かが、リア充どもへの抗議をしてくれたのだ!
これが『S谷センター街・カップル笹盗難事件』の概要となる。
……でも、誰が実行したのだろう?
全く関係が無ければ、喝采を送るだけで良いのだが……まさかな。
珍しくジェネラルがリアル用事で絶対にログインできなかったのと、事件当日が同じだったのは偶然に過ぎない。そうに決まっている!
「おい、スズ――団長! いい加減に機嫌を直せ。タケル君に文句を言うことじゃないだろう。それに今は会議中だぞ!」
見かねたのか、ヤマモトさんが取り成してくれた。
でも……いま「スズキ」と言おうとしてなかったか?
お互いを平凡な名前……「スズキ」「ヤマモト」「サトウ」と呼び合い、摩訶不思議な秘密結社に所属する人達。しかも本名ではないらしい。
我らが『RSS騎士団』には母体組織というものがある。その全貌は俺に知らされてないが……あるのは間違いない。
………………まさかな。
「と、とにかく! その件につきましては、『第一回・砦争奪戦』を前向きに検討するということで――」
「その通りです、団長! いまは論功行賞の場でしょう! まず言わさせて頂きたいが……私は戦場での総指揮官殿の判断に、疑問を呈する!」
俺の発言に被せるように、ハンバルテウスが主張した。
確かにこの会議は、戦争の反省会でもある。しかし、ハンバルテウスが期待する論功行賞は、内密に終わっていた。
先日、俺が少佐に昇進してしまったのが、その証拠だ。昇進などしたくなかったのに。
いわゆる査定は佐官級だけを集めて行われた。
つまり、内訳は団長、副団長、サトウ中佐……そして俺だ。その場で少佐昇進の打診をするから、ちょうど良いと思われたらしい。
とにかく、その大幹部会議とでもいうべき場で、少佐昇進の打診をされた。……そんな場に呼びつけておいて、打診も何もあったもんじゃない。
もちろん断ったが……紆余曲折あって、結局は承諾するしかなかった。
承諾した大きな理由は二つ。
まず、公式見解として、我々『RSS騎士団』は勝利している。辛勝か引き分けと見る者も多いだろうが、とにかくそうだ。
「組織として勝ったのに、誰にも恩賞を出さないわけにはいかないんだ。信賞必罰こそ武門のよって立つところなんだよ。大人しく人身御供になりなさい」
なんて難しいことまで言われたら、俺としてはお手上げだ。
次に俺個人の取引になる。
必罰の方は……ハンバルテウスに白羽の矢が立っていた。
罪状は命令無視だ。いくら軍隊ではないとはいえ、『RSS騎士団』でも重い規律違反となる。
個人的にはいい薬だと思った。しかし、それでは第一小隊もまるごとで非難される。
なんだか……それはあんまりな気がしたのだ。
一応は勝ち戦なのに、隊長が降格処分では立つ瀬が無いだろう。第一小隊のメンバーだって同じように苦戦を強いられた。それどころか最初は激戦区だったのにだ。
結局、俺が昇進を引き受けるのと引き換えに、ハンバルテウスの降格処分は取り下げられた。代わりのペナルティは、譴責処分――まあ、叱るの改まった言い方だ――になった。
ただ、いまのように敵意むき出しで噛み付いてこられると……無用な情けを掛けたかと、早くも後悔したくなる。
鼻息荒く、ハンバルテウスは自説を続ける。
「あの局面での停戦、それも女共との停戦など……小官は納得しかねる! あのまま継戦し、敵を全滅さしむるべきだったのではないか!」
「いや、それは違うと思うぜ? タケル大i――少佐の判断を俺は支持するね。俺は最後の方にちょろっと参加だけど……ああも暗くちゃ、戦いになんねぇだろ」
同じく会議に参加している第三小隊のアレックスが反論する。
あの戦争の結末は締まらないものだった。
時間が進むにつれ日が沈み、戦場は真っ暗になってしまったのだ。いくらプレイヤーに便利なように街が作られているとはいえ、この世界の夜は暗い。
戦争用区域にも照明設備なんてあるはずもなく、終戦以外の選択肢は残ってなかった。誰もが初めての事で、夜のことまで考えてなかったのだ。
「僕もアレックス君と同じ意見。続けるのは無益だったよ。それこそ……全員で日が昇るのを待つの? ただ、臨時停戦ではなくて、いまだに停戦中なのには説明が必要だと思うよ?」
ヤマモトさんも同意してくれたが、押さえるべき所は押さえている。
「そちらに関してですが……現在、情報部で事実関係を調査中です」
俺に代わってカイが返答してくれた。
実際、事実関係を調査中どころではない。大問題が発生していた。
秋桜やリリーは一貫して、先に『RSS騎士団』に攻撃されたと主張している。そんなのは妄言だ……と思っていた。
しかし、提出された証拠が無視できないものだったのだ。
事態は俺の予想からどんどん逸れていく。単純ではなくなりつつあった。




