イベント――27
相変わらずに、実況と解説も絶好調だった。
それに少しずつ全体メッセージの住み分けが進み、再び聞き取りやすくなっている。なるべく実況と解説に明け渡しつつ、クロストークも避ける感じ……嫌な適応進化だ。
「ついに始まってしまいました! 『元祖・鷹の団』対『本家・鷹の団』!」
「……まるでラーメン屋みたいですね」
「それもそうですが……どう見ます、リルフィーさん?」
だが、そこで突然に会話は止まった。
どうしたんだ?
手の空いているものは皆、そう考えて実況席の方に注目したと思う。
その実況席、それもリルフィーの真横に一人の女性が立っていた。何やら責め立てているらしい。……賭けてもいいが、あれはネリウムだ。
「ち、違うよ、ネリー? は、鼻の下なんて伸ばしてないよ?」
動転しているのか、『大声』のまま意味不明のことを口走るリルフィー。
「そもそも『女子アナ』萌えなど……リアル過ぎてドン引きです!」
ネリウムの声は戦場にまで聞こえた。
皆が固唾を呑んで見守っていたこともあるし……天使が通るだとか、悪魔が通ったなどといわれる現象――騒がしい場なのに、なぜか突然に静かになるアレだ――も重なったのだろう。
……いや、ネリウムのことだ。悪魔が露払いをしたのかもしれない。
「いや……ほら……そ、そうだ! せ、戦争なんだよ! ほら、戦争!」
「なら……少し戦場で、身体を動かしてらっしゃいな!」
そう言いながらネリウムは――
勢い良くリルフィーを実況席から放り投げた!
いや、要するに蹴り落としたのか?
しかし、実況席は屋根の上にある。放り出されたリルフィーは、凄い勢いで転がっていく。……人間ってあそこまで見事に転がるんだな。
一部始終を見ていた観客達はざわめき出した。
「怖え……ブラッディさん怖え……」
「さ、さすがブラッディさんだ……普通じゃできないことをやってのける……」
あまりのスパルタ教育振りに、俺ですら軽く引く思いだが……なぜか疎らな拍手も起きた。……拍手しているのは殆どが女性だ。
「あ、あの……しゅ、収録中なので……その――」
恐るおそるといった感じで、亜梨子が話しかけるが――
「おお、解説役がいなくなってしまいましたね。――代わりまして解説は無所属、ネリウムが担当いたします」
しれっとそんなことを答える。途中からは『大声』に切り替える抜け目のなさだ。
「い、いや……でもか、解説はリルフィーさんに――」
「リーくんには現場リポートへ行ってもらいました」
「えっ? でも――」
「現場リポートへ行きました」
「……そ、そうだったんですね! げ、現場のリルフィーさん! リルフィーさん!」
見事に押し切られたようだ。まあ、役者が違う。
しかし、諸悪の根源とまでは言わないが、実況と解説を止めさせるのは手だった。
この祭りという馬鹿騒ぎに何役も買っている。『北東西南社』へ政治的圧力を、とも考えたが……もう駄目だ。迂闊に口を挟んだら、リルフィー並の酷い目にあうに違いない。
戦場まで転がっていったリルフィーがどうなったのかと探してみれば……死亡することもなく、暢気に正座して『回復薬』を飲んでやがった。なんというか……ほっこりした顔をしている。それも頭から凄い勢いで血を出しながらだ。
……あいつの面の皮の厚さには、とても敵いそうもない。
驚いたのは、ちょうどそこにいた奴らの方だろう。勢い良く人が転がり落ちてきたのだ。驚かない方がどうかしている。
「誰だ! いきなり――」
「こ、こいつは――」
「み、みせつけやがって――」
色々と言いたいことがある様だったが、ハッキリと聞き取れなかった。それに何を言えば良いのか解らない。そんな戸惑いも感じる。だが――
「ブラッディの旦那!」
練習したかのように、声を揃えて叫んだ。
だか、しかし、なぜか……リルフィーの奴はそれを聞いて、弾かれたように立ち上がった!
もの凄く嬉しそうだし、やる気に満ち溢れている。こんなに嬉しそうなあいつは、しばらくぶり――いや、初めて見たかもしれない。
「ふっ……『ブラッディの旦那』か……ああ、そう呼ばれることもあるな」
軽くポーズを取りながら、苦みばしった声で答える。
……たぶん、練習と研究の成果なんだろうな。
しかし、あいつは勘違いをしている。
『ブラッディの旦那』とは、奴が長年憧れ続けた、念願の通り名ではない。
通り名で『ブラッディ』と呼ばれる男に、『旦那』と呼びかけたのではなかった。正確に言うのであれば、『ブラッディさんの旦那さん』となる。『隣の旦那さん』並に無個性な呼ばれ方だ。
でも、リルフィーの勘違いを理解できたのは、俺だけだろう。
言われた男達は、しばし呆然とした後……一様にリルフィーに対して身構え始めた。遠くて何を言っているのか聞き取れなかったが――
「いい度胸してんじゃねぇか。勝負しろ」
「おい、とりあえず休戦だ。先にこいつを殺っちまおう」
「……そういうことなら」
なんてところか?
まあ、そうなるだろう。「変なリア充がきたぞ!」といわれ、「そうです、私が変なリア充です」と答えれば……ただの宣戦布告にしかならない。
だが、まずい。このままではピンチだ。少しアドバイスをしてやるか。
「おーい、お前達! 四人だ! 四人以上で取り囲め! そいつは強いぞ!」
まあ、これで解説分の説教はチャラだな。
「はぁっ? タケルさん? な、なんで敵にアドバイスしてんですか!」
「うるせえ! 俺は誰よりもリア充の敵だ!」
『大声』でのアドバイスへ、取り囲む男達より先にリルフィーが食って掛かる。
しかし、そろそろリルフィーも『大声』のスイッチを切った方が良いし、真面目に戦う準備をするべきだ。……まともに戦えられればだが。
男達は忠告に従って、四人以上で斬りかかり始める。
「ちょっ! まっ! よ、四人掛かりは駄目っ! 無理っ! み、皆さん、話し合いましょう! せめて同時は三人までで――ぬわーっ!」
さすがのリルフィーでも、四対一では成す術もない。そもそも二対一が可能で一流、三対一を凌げたら超一流だ。四対一からは、人間をやめる必要がある。
……って、なんとか誤魔化しだしやがった。お前達、不甲斐ないぞ! そんなんで悔しくないのか!
「さすがリーくん。見事な現場リポート……」
ちゃっかり解説に収まったネリウムが、満足げな感想を漏らす。
「い、以上、リルフィーさんによる現場リポートでした!」
亜梨子が収拾をつけようと続くが……いや、それじゃなんともならんだろ。
しかし、どうしたものか?
このまま終わりの見えない闘争に、いつまでも付き合ってられない。かといって、やり様が無いのも事実だった。
「はあ……とにかく、次の補給を考えつつ……本陣を少しずつ動かすか」
「補給はともかく……本陣も動かすんですか?」
カイは不審そうだ。
「ああ。今の場所は立地が悪すぎだ。右か左へ……一歩ずつでも移動だな。境界線沿いまで、この陣形のまま進もう」
「一歩ずつですか? どれだけ時間が掛かると思っているんですか!」
カイは呆れているが……なにを気にしているんだろう?
「べつに良いじゃんか。暇つぶしにはなんだろ? 境界線沿いになれば、補給と復帰の問題は解決するしよ」
「いや、それは隊長の仰る通りですが………………そういえば、この戦争……いつまで続けるんです?」
やっと気がついてくれたか。しかし、聞かれたところで、俺達に選択肢は無い。
「……俺に聞くなよ」
「そんな、無責任な! いや、でも………………現状、打つ手なしですか? ……いっそのこと、完全撤退も止むなしでは?」
「……『不落』と『聖喪』が頑張ってんのに?」
逆に聞き返したら、カイは絶句した。
『モホーク』はもう壊滅している。いや、事実関係はどうでも良い。そう見なされるのなら、格付けは済んだも同然だ。
残ったのは『不落』との――『不落』『聖喪』同盟との格付けになる。
ただ、もはや直接対決など望みようも無いから……先に本陣が陥ちたほうが弱い。そんな判断基準となるだろう。もう単なる我慢比べだ。
「い、いやっ! そ、それはっ……でも、そうなのか?」
「まあ、ゆっくり考えれば良いんじゃないか? ……ついでに、もっと上手い解決策も。時間はたっぷりとありそうだしな。さ、本陣を動かすの手伝ってくれよ」
愕然とした様子のカイを促す。……ブレインが驚いていたら、話が進みやしない。
「……隊長は……いつまで続くと思います?」
恨めしげにカイが訊ねてくる。
本当にモヒカンの奴にはしてやられた。あいつは今頃、戦場を肴に祝杯でもあげているところか? それともレジャーとして、再戦しているところか?
どちらにせよ、残された俺達は好い面の皮だ。
「そりゃ……こいつら全員が飽きるまでだろうよ」
……長い一日になる。そう思った。
外伝は、このエピソードの後に挿入されます。




