イベント――25
アリサの後には、HT部隊のメンバーも続く。全員が専用の女性用軍服で、ニカーブも被って顔も隠していた。
それにアイテムボックスを抱えて、必死に走ってくれている。その中身はおそらく、補給物資だ。
この重い荷物のせいで、先生方の突撃陣形は速度が出せなかったのだろう。
「味方だ、通せ! 補給が届いたぞ!」
「あ、姉御だったんですかい? が、合点でさ!」
俺とグーカの隊が、押し寄せる敵を押し返す。なかなかに熾烈な戦いとなるが……あと少し持ちこたえれば良いはずだ。
「悪いね、タケル君……送り狼も連れてきちゃったよ」
「坊主、出迎えご苦労!」
頼りになる良い笑顔、そう感じたが……その姿は汚れや煤まみれだったし、返り血もべったりだ。
笑いながらこちらへ進む先生方に説明する。
「構わないので駆け込んでください! アリサ達は収容しました! 中は準備してあります! 皆、味方だ! 守れ! サトウさん、紛れた敵の排除を!」
それで先生方は速度を上げ、本陣へ逃げ込み始めてくれた。
少し混乱気味になったし、やはりある程度の敵の進入も許してしまう。もともと逃げ込んでくる味方を、迎え入れたりと……細かいことに向いてはいない。
内部でも戦いが始まった。
入り込んでしまった敵を掃討し、ひと段落着いたところで……『象牙の塔』ギルドマスターのミルディンさんが、言い訳のようなことを口にする。
「いやー……連絡来るまで待っていようかと思ったんだけど」
「勝手に参戦もどうかとは思ったんだよ? 遊んでいるところ……邪魔になってないよね?」
『妖精郷』ギルドマスターのクルーラホーンさんは、変な遠慮をしている感じだ。
しかし……「遊んでいる」?
先生方の感覚だと、この戦争でもじゃれあっている程度なのだろうか?
「いえ、とんでもない! もう、感謝の言葉しかないくらいで……本当にありがとうございます、この恩は必ず――」
「なに言ってんだ、坊主! 礼を言うならアリサにだ。店の裏で大騒ぎしてたからな。うるさいから送り届けに来た」
その説明に、アリサが恥ずかしそうにもじもじとしていた。
……知っている人間が相手だと、あの服装でも誰だか判別できるな。俺だけか?
「しかし、タケル氏も水臭いでござる。我らのところと掛け持ちの者もいる故……助太刀は吝かでもないのでござる」
そう言った先生は、忍者服をモチーフにした『レザーアーマー』姿だったが……返り血がべったりだし、妙に戦場と馴染んでしまっている。……街で見かけると、完全にギャグにしか思えないんだけどなぁ。
それに掛け持ちがいることは把握していた。規律的にまずいので、見てみぬ振りをしているが……その筋から情報を得たのか?
まさしく心配していた情報漏洩だが……それに助けられたともいえる。
「……意外と若い子たちもやるね。半分くらい喰われちゃったよ。腕が鈍ったのかなぁ……タケル君、戦争チーム組むなら声かけて。少し、勘を取り戻したいや」
俺には大戦果と思えるが、納得いかないのか……不満を漏らす先生もいる。
そんな提案なら大歓迎だし、こちらからお願いしたいくらいだ。しかし……「半分喰われた」というのは気になる。突撃の過程で、半数が死亡したということだろうか?
「……本当にすいません、この埋め合わせは必ず! きちんと何か――」
俺の言葉は先生方全員に遮られた。
大半は優しい言葉だったり、さりげない無言の仕草だったが……「そんな一人前の口は十年早い」だとか「魔法が使えるようになってから出直して来い」などと、いつもながらの辛口も健在だ。
その様子に『RSS騎士団』のメンバーからは――
「凄いな、あの援軍の人たち……大尉がペコペコしてるぜ?」
「……戦闘力も高かったしな」
「でも、感謝だよな。この乱戦で、補給を届けてくれるとか……ちょっと感動した」
などと、無責任な感想を言い合っている。
……まあ、いいか!
俺が先生方相手に見栄を張れるもんじゃないし、今日はもう……落ちるところまで評判も落ちきっただろう。それぐらいの失策を重ねてしまっている。
「消耗品だ! 消耗品が届いたぞ!」と大はしゃぎする団員をよそに、アリサ達の部隊は数名で固まって小さくなっていた。
……一応は秘匿部隊だし、表舞台に出てきたのを気にしているのか?
少しでも事情を知っている団員は、賢く沈黙を守るつもりらしい。全く事情を知らない団員は、先生方の仲間かと思ったのか……礼儀正しく距離を取っていた。
彼女達も同じ『RSS騎士団』の仲間で、こんな……いわば冷や飯を食わすような扱いは不適切だ。こんなときに、色々な規律などは無用の長物にしか思えない。
「ありがとうな。助かったよ、アリサ。それに隊の皆さんも。あのままだったら壊滅してた。本当にありがとう」
「い、いえいえっ! 大旦那がいらっしゃらないので……あたし達もどうしようかと――」
「です、です! 若旦那も困ってるみたいでしたし――」
アリサの同僚達は、大げさな遠慮をするが……大旦那?
部隊内で通じる符丁かなにかで……団長のことを指すのか?
『RSS騎士団』との関わりは隠しているから……団長を大旦那、俺達幹部クラスを若旦那とか呼んでいるのかもしれない。大っぴらに「団長」だ「大尉」だとも呼べないだろうから、その都合が良いのだろう。
それに彼女達は団長直属部隊だ。団長がログインしていない今、指揮系統から切り離されてしまっている。
いきなり始まった戦争に戸惑いながらも、自主的に方針を決めてくれたのだと思う。非常に助かる決断をしてくれたものだ。
「でも、個別メッセージには出てくださらないと――」
アリサがやんわりと苦情を申し立ててくる。……まずいな、ちょっと怒ってるぞ。
言われて個別メッセージの履歴を調べてみれば、大量にある列の中に何度もアリサの名前があった。
いたずら電話のような個別メッセージが多すぎて、途中から完全に無視していたが……これはちょっとまずい。戦争用の段取りも必要に思われたし……アリサのご機嫌も取っておくべきだ。
「悪い……気がつかなかった。まあ、アリサなら連絡が取れなくても……来てくれると信じてたしな。それにベストタイミングだった。ありがとう、凄く感謝しているんだぜ?」
俺にだって、軽いリップサービスくらいはできる。人間関係を友好に保つには、潤滑油も必要だ。
ただ、アリサは赤くなって――ニカーブで目のところしか見えないが、真っ赤だ――俯いてしまう。
「これが……ネリーの姉御の言ってた……才能?」
「ぱねぇ……若旦那ぱねぇ……」
「うん……警告されてなかったら……ちょっとやばかったかも」
などと、アリサの同僚達にも呆れられてしまった。
まあ良いだろう。どのみち、俺は『話が面白いタケル君』なんて評判じゃない。気の利いたことが言えなくとも、こちらの意思が伝われば十分だ。
しかし、どうしたものだろう?
届けてくれた補給の清算は、後日でも良いだろうが……このまま本陣で保護するのも問題がありそうだ。なによりも、居心地が悪そうに見える。
なにかの拍子に撤退してもらうか、『翼の護符』でも渡して安全地帯へ――そう考えていた矢先に、戦場に『大声』が響き渡った。……いよいよか。
「我々、戦争チーム『自由の牙』は当イベントに参戦を表明させてもらう! 悪いが、命の惜しいものは撤退して欲しい!」
……意訳すると「俺達も混ぜてくれ」か?
お引取りを願いたいところだったが、そうもいかないだろう。どのみち、このチームだけで済むはずがなかった。これから似たような奴らが、次々とやってくる。
ここからは戦争チームや戦争ギルドのお披露目会が始まり、戦場はさらに賑やかになっていくだろう。
……付き合うメリットは無いんだがなぁ。




