イベント――24
「でるぞ! グーカ、出撃準備! 俺の隊も一緒な! サトウさん、出撃します。壁を開ける準備してください!」
俺の言葉に、全員がポカンとした顔をした。……急いでるんだけどな。
「た、隊長? その――」
「タケル君? き、気持ちは解るけど……そういうのは――」
なぜかカイとサトウさんは止めようとするし――
「……判りやした。あっしもお供させてもらいやすぜ!」
グーカに至っては、悲壮な決意を滲ませちゃってる。
「あーっ、もう! いまは時間が惜しいんだよ! カイもさっさと『魔法使い』部隊の準備! お前のところの攻撃力が必要なんだよ!」
「隊長! 副官として容認できません! 一度や二度の負けが何ですか! ここで自棄になって突撃とか――そんな隊長らしくないですよ!」
代表したつもりなのか、カイが毅然とした態度で異を唱えたが……こいつは何を言い出しているんだ?
「おい、おい……カイがおかしなことを言い出しちゃったよ」そんなニュアンスで回りを見渡したら……一様に深刻な顔をしている。なんで?
「カイ……これが隊長なりのケジメってぇことだ。お前は……俺らが突撃して食い止めてん間に、本隊を出来る限り遠くまで――」
さらにグーカも、見当外れのことを言い出す始末だ。
「全員すぐに動け! め、命令だ! お前らは……お前らは味方を見殺しにするつもりか!」
『命令』なんて言葉は使いたくなかったが、あまりの態度に思わず怒鳴ってしまった。
しかも、俺の言葉に全員が驚いてやがる。なんなんだ、いったい!
「み、味方? あれは味方なんですか?」
眼鏡をカイへ押し付けるように返しながら、答える。
「……あれが味方じゃなかったら――敵に回っていたら、俺はこのゲームを引退する。二度とMMOもしない。とにかく、全員準備開始!」
それで慌ててグーカが動き出した。
「なんだよ? さっさと準備しろよ?」
「あ、もうそれは指示しました。いま六割キープにシフト中です。六割でいいですよね?」
そう答えるカイは、自分でも新手――援軍を観察し始めた。
「あれは……『象牙の塔』と『妖精郷』? 隊長が要請したんですか?」
カイが驚きの声を上げるが、俺だってビックリだ。
「……ありがたいよな。ただの友好ギルドなのに、わざわざ出張ってきてくれるなんて」
俺は出陣要請をしていないから、これは自主的な参戦となる。
「いや、てっきり……観念した特攻紛いの突撃をするつもりと――」
「なんなんだよ、それ。まあ、そういう奴もいるけどよ。それはちょっと無責任だと思うぜ?」
「でも……妙に達観した感じで……撤退しようとか……これは負けを覚悟したのかと」
「……そうか? 俺は負けたと言ってないぜ?」
言い返した俺に、カイは憮然とした表情になる。
まあ、勘違いだったが、止めてくれて……少し胸が熱くなったのは内緒だ。
「それで……タケル君たちは、出撃して何をするんだい?」
落ち着いた様子でサトウさんが訊ねてくるが……少し恥ずかしそうだ。
……まあ、色々とお互い……突っ込まないほうが良いか!
「壁のすぐそばで出迎えというか、門代わりになるつもりです。どうも突破で限界のようですから……最悪の場合、多少は敵が混じっても、引き入れます。そのつもりでお願いしていいですか?」
俺の要請に、サトウさんは力強く肯いてくれた。
『象牙の塔』と『妖精郷』は参戦してくれたが……これは実にありがたく、それだけで大きな恩、借りといえる。
どんな条約を交わすかにもよるが、友好ギルドに相互防衛の義務は無い。
これは大事なことで……仮に友好ギルドが抗争に突入――それもギルド解散の危機にあっても、助けなくて良いということだ。
むしろ友好ギルド程度の関係で介入する方が珍しい。誰だってギルド抗争なんて大博打には、巻き込まれたくないものだ。
だからこそ、同盟ギルドの重みは違うともいえる。
友好ギルドに出陣要請なんて、貸し借りの概念以前に……マナー的なレベルで二の足を踏んでしまう。
ほぼ参戦要求は断られる。それを理解しながら言うのであるから、快く受け入れられる戦況でないことがほとんどだろう。それまでの友誼があればあるほど……それは悲しい結末になる気がする。
そんなことを考えながら、俺は先生方の突撃を見守っていた。
すでに壁の外を掃討、臨時の陣地として確保してあるから、近くまで来てくれればいい。最後の最後は、飛び込むような形で構わなかった。
しかし、さすが先生方だ。お手本としたくなるような、見事な突撃陣形。
『聖喪女修道院』といい、先生方といい……集団力はうちより遥かに上じゃなかろうか?
いや、それを自覚しているから、本日の演習だったのだが……それでも凄い。MMOプレイヤーとしてのキャリアが、俺のような若造とはまるで違う。ご教授を賜りたいくらいだ。
ただ、そんな暢気に見ていられる状況でもなかった。
先生方は乱戦の突破に手こずっていた。きちんとした陣形の攻撃力はありつつも……速度を突破力に変えれないのが痛い。この分では止まってしまうか? あとほんの少しの距離なのに!
どうしよう? 突撃陣形は止まれば弱い。いまから臨時陣地を投げ捨て、合流を図るべきだろうか?
突然、腰の辺りから声がした。
「まずいですね。隊長、予備『MP回復薬』の使用許可をお願いします」
カイの奴だ。姿勢を低くして、俺を盾にするようにしながら戦況を観察してやがる。
……いや、『魔法使い』なんだから、それで良いんだが。
それに予備『MP回復薬』にまで手を付ける段階か……いよいよをもって進退窮まりつつある。しかし、ここで出し惜しみしても、何の意味もない。全てが裏目になったら……それこそ負けるだけだ。
「良いと思うようにしてくれ。なにかアイデアあるのか?」
「MPが使えるなら、飽和攻撃で道を作ります。少々お待ちを――『ディスプレイ・テキスト』」
カイのキーワードと共に俺達の『門』から先生方の手前まで、空中に数字が浮かび上がった。『ディスプレイ・テキスト』――空中に文字を出現させる魔法の効果だ。
それは向こう側から一、こちらへむかって数は大きくなり、綺麗に並んでいた。
「いきますよ? ――カイです。手はず通り、Aチームは『1』へ集中。Bチームは全ての数字へ」
途中からギルドメッセージに切り替えたのは、『魔法使い』部隊への指示だろう。
後ろを振り返ってみれば、壁の内側ギリギリまで『魔法使い』が移動している。なんとかして魔法を届かせる苦肉の策か?
「『1』への攻撃止め! Aチーム、『2』へ開始せよ!」
見ればカイの作った爆撃の道から、敵が逃げ出している。それで先生方も前進を再開できた。
これは魔法による精密爆撃とでもいったところか?
ほとんど用途の無さそうな『ディスプレイ・テキスト』を利用するのは、凄いアイデアかもしれない。普通なら攻撃する場所を示すのは損だが……これなら敵も逃げるから、二重の意味でメリットがある。
これならまた、先生方も進めるだろう。
「よし、下がってくれ。飛び込んでくるぞ」
それでカイは中腰のまま壁の中へ戻っていく。
ゆっくりとだが、先生方はどんどん前進を続ける。あと数メートルか?
それで俺達『門』と先生方の陣形が接触できる。
「グーカ、こっちからも迎えるぞ! ――後は任せて飛び込んで来い!」
邪魔な敵を切り伏せながら、先生方の陣形に向かって叫ぶ。
すぐに「はい!」と返事がし、俺達の方へ――
アリサが飛び込んできた!




