開幕クソゲー化作戦――3
だが、カイが陣取っている一角へ行く最中に呼び止められた。
「おお、タケルもようやく到着か。なにかあったのか?」
そう呼び止める相手は……なぜか白のランニングに白のトランクス一丁だ。
鎧を脱げば平服状態になるし、まだ平服はデフォルトから選ぶしかないからなんだろうが……なんでよりによってそれを選んだのだろうか?
角刈りだとかスポーツ狩りなどと呼ばれる髪型。大きすぎる目と長すぎる睫毛。真っ赤な分厚い唇。ランニング姿が似合いすぎてるムキムキのがたい。トドメと言わんばかりにモジャモジャなすね毛。
やばい……慣れていても……攻撃力が半端ない……久し振りな上に……すね毛がさらに……。なるべく直視しないよう注意しながら答える。
「実はログイン戦争に巻き込まれちゃって」
しかし、さり気なさには細心の注意を払わねば。意外と細やかな人だから、俺の視線の意味に気がついたら傷つくに違いない。
そう思って相手を見るでなく、周りも見るような感じだったのだが……他にも同じように白のランニングに白のトランクスの奴ばかりだった。……もしかして全員で示し合わせたのか? なんというかこの一角だけファンタジー世界と言うより……体育大学なんとか部、山篭り合宿の風景といった感じだ。
VR世界でも僅かに体臭は再現されるが一気にむわっと男臭く……汗臭くて暑苦しい気分にさせられた。幻覚……いや幻臭だろうか?
この人こそ第二小隊隊長にして、我が『RSS騎士団』の誇るエース、シドウさんだ。周りにいる体育大学生じみた格好の人達は第二小隊の面々である。
見た目で脳筋――脳みそまで筋肉で動かしているという悪口だ――のように勘違いされるが……きちんと落ち着いて話せば、気は優しくて力持ちを地で行く、真面目で一本気な人と理解するだろう。
……こんな人格者が『RSS騎士団』にいるのは不思議ではある。
「いよいよ本番だな」
しみじみとシドウさんが言った。
「ええ。……なんかアレな作戦で申し訳ないんですけど」
いい機会なので、気にしていたことを謝罪しておく。
限定的に『引き狩り』を利用するのは一般的だが、今回のように徹してしまうと作業になる。せっかくリアルなシミュレーターを利用しているのに、システムの穴を突くような現実感を損なう……ハメだとかバグだとかを毛嫌いするプレイヤーは多い。
「いや、別に良いんじゃないか? 団長も……良い作戦とおっしゃってたぞ?」
「はあ……でも、成果は保証できるんですけど……いまいちイメージが……作業的というか……」
「ふむ。あれだぞ? 確かに同じことの繰り返しだけど……それは現実の筋トレなんかと一緒だぞ? 頭の良い奴がきちんと成果の出せる方法を考えたんだ。それを反復練習するのは正しい方法だろう」
考え込むように腕組みをしてシドウさんは答えてくれたが……もの凄い筋肉量だ。あの筋肉は現実でトレーニングをつんだ本物に違いない。
「そうそう、タケル君は考えすぎだぜ」
「だな。これはこれで面白いよ? 飛び道具を使うのが新鮮だし」
「だいたい、全団員集合の作戦って初めてじゃないか? それだけで楽しいよな」
第二小隊の面々もそんなことを言ってくれる。
それに熱を感じた。……暑苦しいという意味ではない。
祭の熱狂……というには言い過ぎか。まだ祭は始まっていないのだし、祭前夜の静かな熱だろうか? 祭に向けて準備をするときの、ゆっくりとワクワクしていくような……走り出したくなるような嬉しい焦れったさ……そんな雰囲気を感じた。
「いいゲームだよな……遠慮なくリア充達を……ぶっ飛ばせるんだから……」
珍しく昏い目をしたシドウさんがぼそりと呟く。
その呟きには誰も返事をしなかった。ただ、応えるように先ほど感じた熱が高まった気がしたのは……俺の勘違いではないと思う。
やはり、シドウさんが『RSS騎士団』にいるのは必然だった。
気がつけば道草を食ってしまっている。カイの奴が激怒しているに違いない。
「やってやりましょう! ……それじゃ、カイの奴がプリプリしているんで――」
そう言って立ち去ろうとしたら――
「うん? まあ待て。カイもまだ大丈夫だろう。実はタケルに渡すものがあって呼び止めたんだ」
と引き止められた。
心当たりがないので不思議に思っていると、シドウさんは呼び出したメニューウインドウから金属でできた光るメダルを取り出した。首に掛けるための鎖も付いている。
シドウさんがβテストから持ち込んだアイテムじゃないのは断言できた。そんな光るメダルなんて見たことがないし、全団員の持ち込みアイテムは情報部で管理している。
「……なんですか、それ?」
「ログインしたらアイテム欄にあったんだ。これはお前達が持つべきだろう」
そう言いながら俺に渡してきた。
言われるがままに受け取る。手の中のメダルに視線を合わせると、自動的にアイテム名と説明文がポップアップされたが……とんでもないことが書かれていた。
「えっ? 『記念メダル』? ……『貴方がオープンβテスト最高レベルだったことを称え、このメダルを贈ります』?」
「俺がトップだったみたいだが……それは俺の手柄というより、情報部のお前達が積み上げた結果だからな。俺はただ目立つ位置で手伝っただけだ」
あっさりと言い、シドウさんはニヤッと笑うが……これは見方を変えると凄い代物となる。
おそらく、正真正銘の単なる記念品だろう。ゲーム的には全くメリットの無いアイテムに違いない。
でも、これはMMOでは非常に珍しい、その世界にたった一つしか存在しないアイテムだ。アイテムのレアリティとしては最上位だし、俺が知る限り『セクロスのできるVRMMO』では初となる。
「えっと……良いんですか? これ……ばっちり名前まで彫られてる……どう考えても貴重品ですけど……」
「なに……俺の分はもう一つあるからな」
そう言いながらシドウさんは別のを取り出した。
しかし、そちらは俺が渡されたのとは違い光っていない。色やデザインは全く同じなのに、光らないのは……なにか魔法的な設定でもされているのだろうか?
「こっちはやらんぞ? ……俺もけっこう苦労したからな。記念品として持っておくつもりだ」
「二つ? 同じ理由で二つ記念品が配られたんですか?」
「同じ……になるのかな? こいつは部門賞だ。『戦士』で最高レベルだったのが理由だな。こっちの方が……理由としては嬉しいからな」
恥ずかしそうにシドウさんは笑ったが……いい笑顔だと思った。
ジェネラルといい、シドウさんといい――いや、ほとんど全員に、なぜ『RSS騎士団』へ身を投じたのか疑問に感じることがある。
俺達とリア充との間には何の違いがあるのだろう?
誰に言われるまでもなく、俺達は間違っている。そんなことは判りきったことだ。
でも、判っているからといって、どうすれば良いのかは解からないし……目の前にいる仲間達とは凄く共感できた。一体感すら感じる。我ながら複雑に支離滅裂だ。
……やくたもない考えを振り払い、心の隅の方へ追いやる。どうせ答えの出ないことを考えても無駄だ。
それよりも『記念メダル』どうするべきか。
これが欲しかったわけじゃない。必要だと思ったのは情報だし、それも入手している。
でも、日の当たらない場所で頑張った奴らの勲章になるとも思って実施した作戦だ。
これを貰うのは少し気が引けるが……これを見たら奴らも喜ぶに違いない。ここは素直に甘えてしまおう。
「すいません、ありがたく貰っておきます!」
俺がそう言うと、シドウさんは何も言わずに白い歯を見せて笑った。
……ホント、中身は凄くいい男なんだよな。
その場を辞して立ち去るときも……第二小隊の人達は色々と他愛もないこと言いながら、俺の背中や肩をバシバシと叩いていく。加減してくれないので少し痺れる。現実だったら多分、かなり痛いはずだ。
この荒々しい体育会系ノリには未だに慣れないけど……良い人達だと思う。