イベント――21
それは俺にも解っていた。
言われるまでもなかったが、これはカイの重要な役目の一つだ。耳に痛いことも躊躇わずに指摘し、俺の失敗を予防する。……今日はボーンヘッドだらけで申し訳ないくらいだ。
「解ってる! いま考えるとこだったんだよ!」
……だからカイに怒鳴り返すのは、不合理で非人情的な行いなのだ。
「私に怒鳴られましても――」
「ただの八つ当たりだ! ……どれくらい持つ?」
「そう長くは……切り詰めさせれば、多少は時間を延ばせますが?」
……俺と同じ見立てか。
それはつまり、このまま防衛を続けるわけにはいかない。そういうことだ。
「いや、節約するのは止そう。自分でリスクを上げて、事態が好転するとは思えない」
俺の返答に、カイも賛成だとばかりに肯く。
さて、どうしたものか……。
消耗品の面で言えば、俺達は比較的マシな開始状況だった。襲撃された時点で、演習用のを持っていたからだ。
それに全く対応してなかったわけでもない。
いずれ消耗品が尽きるのは予想していたし、補給の手配も終わっていた。……その役目を負ったヤマモトさんの部隊は、大乱戦に巻き込まれてしまっているが。
『あの掲示板』住人の乱入は、最低最悪のタイミングだった。謀ったような……最も俺達を困らせる瞬間を、狙い打ちにされた感じだ。
もう少し早ければ、まだヤマモトさんの部隊は戦場にいなかった。それなら予定を変更して、補給物資の輸送を優先してもらばいい。
もう少し遅ければ、ヤマモトさん達は本陣に向かっている最中か、すでに合流を果たした後になっていただろう。
もっと抜本的な解決法だって模索していた。
戦争が終結してしまえば、補給は要らない。早期決着は念頭に置いていた。
……無駄になった検討を振り返っても仕方がない。これからどうするのか。そちらの方が重要だし、急いでもいる。
布陣場所の欠点が、重く圧し掛かり始めていた。
『砦』を背にするのは磐石だったが……死亡者の復帰と同じように、補給の輸送も戦場を横切らなければならない。
輸送といっても、重量やかさ張りは考えなくても大丈夫だ。アイテムボックスを使えば、数名で運べる量になる。
しかし、戦争用区域の全てが大乱戦のいま、その数名が簡単に本陣へ戻れるとは思えない。どう考えても護衛部隊が必要になる。それも決死隊レベルの覚悟でだ。
考えられる選択肢は三つ。
一つは新たな補給部隊の派遣。
本陣の戦力を割いて――俺とグーカの部隊を補給任務に当てる。
一部が戻るだけなら、不可能じゃない。『翼の護符』を使えば、行きだけはノーリスクで済む。……それだけで顔が歪むような大出費になるが、行きも大乱戦を通過するよりは現実的だ。
問題は本陣の戦力が大幅に低下すること。そして帰りが――補給部隊の帰還が成功するか、確実ではないことか。
もう一つの選択は、本陣を引き払う選択。
『逃げた』と見られるかもしれないが、『負けた』と思われるよりマシだ。
仕方がないので、この半円陣を無理やりにでも円陣へ変化、その陣形をもって……強引に大乱戦を切り進む。目指すは境界線の外だ。
半数以上が脱出できれば、体面は保てるだろう。
その後は情報戦――情報操作の分野だ。『RSS騎士団』は馬鹿ばかしくなって撤退した。その辺りに話を落ち着かせれば、なんとでも挽回できる。
最後は同じく撤退だが、全員で『翼の護符』を使う。
これなら絶対確実だ。一瞬のうちにリスタート地点へ戻れる。
しかし、顔が歪むどころでない大出費になるし……本陣全員分の『翼の護符』が、いまこの場にあるか疑問だ。この場で持ってない奴は、何人もいることだろう。
ギルド備蓄分を使えば賄えるが……もちろん、この場には無かった。かといって誰かを取りに行かせるのは、本末転倒でしかない。
こんなことなら、全団員に所持を義務付けるんだった!
値段もネックだったが、「金貨さえ出せば、好きなだけ買える」なんてアイテムじゃないのも恨めしい。
必須レベルの消耗品。全クラスが必要。NPC販売がない。雑魚からとはいえレアドロップ。そんなのは……最悪のアイテムともいえる。
とにかく数を揃えるのが大変だし、日常的に数が減っていく。全く使わない主義のプレイヤーがいるのも納得の面倒臭さだ。
まあ『翼の護符』の入手難度は、ゲームバランスに直結するから……ある程度は仕方がないのか?
いや、いまはそんな考察はどうでもいい!
俺がするべきは選択だ。方針を決めなくてはならない。どの選択が最善なんだ?
……どの作戦を選ぼうとも、『負け』だけは回避しなくてはならない。
仮に『不落』相手に敗北したとする。いや、敗北でなくとも、互角の勝負をされるだけで大問題だ。
そんな格付けが為されてしまったら……今後、俺達と揉めた相手は、『不落』を頼るようになるだろう。
それは負ける相手が『モホーク』だろうと、『聖喪』だろうと同じだ。以後、常に敵が逃げ込む心配をする破目になる。
『あの掲示板』住人を相手でも似たようなもの……いや、見方を変えると、もっと大事か。
俺達『RSS騎士団』は自他共に認めた、この世界で最大最強のギルドと言える。……いま試されている最中ではあるが、とにかくそうだ。
それが『あの掲示板』住人に負ける。
その意味するところは……この世界で奴らに勝てるギルドは、一つも存在しないということだ。
べつに『RSS騎士団』は、この世界の代表でもないし、全ての名誉と誇りを背負ってもいない。だが、全プレイヤーが屈辱にまみれるだろう。
俺たちには、『あの掲示板』住人だけと限った話でもない。
ようするに内訳は一般人の集まりなのだから、負ければ……一般人でも三桁の数を集めれば、『RSS騎士団』に勝てる。そう認識されてしまう。
それはおそらく正しい。正しいが、しかし……『できる』と『できた』の間にある壁は厚い。実際例として示される訳にはいかなかった。
結局、どこが相手だろうと『負け』は論外だ。一時的な全滅すら容認できない。
仮に全滅したとしても、リスタート地点へ戻されるだけ。そこで再集結、戦場へ再突入もできる。ついでに補給もできるし、色々な問題が一気に解決だ。
しかし、そんな結果になれば、「負けたのに、また行くのか?」と見られるだろう。
それで勝ったところで……「一度は負けたけど、なんとかリベンジしたな」と言われるのが関の山だ。
絶対に負けられない。それが『格付けをする』戦いの絶対条件だ。
だが、では……どの選択肢を取れば? どれが最適手なんだ?
「突然に乱入してきた勢力ですが……ここで当ギルドスタッフの取材結果を。彼らは一様に『掲示板からきますた』を連呼。インタビューに応じてくれた人も『また勝ってしまった。敗北を知りたい』『祭りと聞いて』『我らは掲示板にて最強』などと、意味の解らないことを述べたそうです。……どう見ますか、リルフィーさん?」
「……これは正体を隠してますね。まあ、カッコいい台詞なのは認めましょう。それに、この凄い人数……これは非公式の闇ギルドに違いありません! それが良い機会と、裏の世界から出てきたんですよ!」
……流石リルフィーだ。余人では到底辿り着けない境地にいやがる。
最近、ネリウムに任せすぎて、ツッコミを処方してなかったからなぁ……。少し、厨二が悪化していたようだ。
「えっと……リルフィーさん? 『カッコいい』? 『病みギルド』? 『裏の世界』? ちょっと……何を仰っているのか、理解に苦しむんですが……」
亜梨子はドン引きしているし、観客もトンでも解説にざわめいている。
「あっ! 亜梨子ちゃん、見てください! あの『砦』の上! 城壁にGMさんがいますよ!」
一向に気にしていない様子のリルフィーは、そんな妄言を言い放つ。
GMなんてイベントでもなければ姿を現さない。全く仕事をしていないようで、もの凄く忙しい人達なのだ。そう思いながら『砦』を見上げてみれば――
本当にGMがいた! それも三人もだ!
これは好機……それも起死回生のチャンスか?




