イベント――20
頭の中が真っ白になって、何も考えられない。
呆然としたまま、突入してきた奴らを眺める。
凄い人数だ。戦場の三勢力を合計した人数より、あきらかに多い。どう見積もっても三桁の大台にのっている。
装備などはバラバラだったし、何一つ共通点は見い出せない。
いや、一様に「掲示板からきますた!」と繰り返しているか。もの凄く楽しそうにしているのも、ちょっと不愉快だ。
暴動に巻き込まれた者は、この様な光景を目にするのか? 悪い夢でも見ている気分だったし、後日、この光景を夢見てうなされそうだ。
そして、こいつらは戦闘も仕掛けてきている。
広く散開していた『モホーク』は真っ先に飲み込まれ、大乱戦に突入しているし……運悪く孤立していたヤマモトさんの隊も同様だ。
境界線近くに陣取っていた『不落』『聖喪』同盟に至っては、すでに本陣を攻撃され始めている。
俺達の本陣だって、境界線から距離があったに過ぎない。その証拠に奴らの一部は、こちらを目指して突撃の真っ最中だ。
敵か味方かで言えば、明らかに敵。それも戦場にいる全勢力と戦うつもりらしい。
どこの勢力だ? こんな無謀な軍事行動をするのは!
俺の知る限り、この世界の最大勢力は『自由の翼』か『RSS騎士団』だ。しかし、この新手は、その二つを合わせたものより規模が大きい。
世界最大級の謎な勢力が、ある日突然に攻めてきました?
そんな馬鹿な!
それが起きても良いのは、漫画かアニメだけだ。そんな大勢力を、事前に察知すらできないぼんくら揃いの世界。そこでしか発生しない。まだ敵は宇宙人か異世界人と言われた方が納得できる。
いや、違う!
この勢力は最初から、自分達が何者なのか名乗っている。謎なんかじゃない。自分達は掲示板からきたと……それはつまり、こいつらは――
『あの掲示板』の住人と言うことか?
『あの掲示板』とは、それだけで通じてしまうほど有名ではある。
しかし、有名とはいえ、よくあるインターネット掲示板――何かのジャンルやテーマについて、好き勝手に意見交換するアレだ――の一つに過ぎない。
特にジャンルやテーマを定めず、どんな話題でも取り上げるのが、『あの掲示板』の特徴といえば特徴か。
ここまで聞いただけだと、どこにでもある普通の掲示板に思えるだろうが……それは違う。全くの勘違いをしてしまっている。
『あの掲示板』を利用する者達――住人に、代々受け継がれる気質が普通じゃない。
よく言えば、好奇心旺盛で活発。悪く言えば、物見高くて悪乗りが過ぎる。
なんと説明すればいいのか……一例で紹介してみよう。
ある日、もやしを買おうとしたら売り切れていた。あの料理に使うもやしだ。
仕方がないので別の店へ買いに行く。しかし、そこでも品切れになっている。
不思議なこともあるものだと、三軒目に行くと……やはり売り切れだ。
そんなことがあったら、それは偶然ではない。高確率で『あの掲示板』が裏で糸を引いている!
おそらく『あの掲示板』の住人がこう言ったのだ。
「久しぶりに、もやしでも買い占めてやろうぜ」
何を言っているのか解らないと思う。俺にも理解不能だ。
なぜ、もやしなのか? もやしを買い占めて何になるのか? そして、その提案に意義があるのか?
普通なら疑問は尽きないことと思う。だが――
「いいね!」
「やろう、やろう!」
と賛同するのが『あの掲示板』の住人たちだ。
もちろん口先だけでなく、実際に買占めを行う。それも全国規模でだ!
ただ行うだけでなく、決起?の時間を合わせたり、襲撃?する店が被らないように連絡を密にしたり、成果を報告したり……無駄に芸が細かく、行動力がありすぎる!
そんな『あの掲示板』とその住人達だが、攻めてきたのと話が結びつかない……そう考えるのは早計だ。
MMOと『あの掲示板』は、ある因縁というか……風習というか……とある関係性を持っている。それもMMOがVR技術を利用し、VRMMOになる前の時代からだ。
新しいタイトルのMMOが開始されると、『あの掲示板』でお決まりの提案がなされる。
「住人で乗り込んでいって遊ぼうぜ! ギルドも作っちまおう!」
こんなのは、もう定番過ぎるくらいだ。もちろん、このゲームの時も例に倣った。
そもそも『セクロスのできるVRMMO』という通称からがして、名付け親は『あの掲示板』の住人だ。当然、この世界にも『あの掲示板』発祥のギルドは設立されたし、規模は小さいが活動も続けている。
こんな風に、MMOは最初から『あの掲示板』と縁を持つ。
稀に『あの掲示板』ギルドが、最大手に発展することだってある。……相当に世界観は歪んで、違う意味で面白いゲームに仕上がってしまうらしいが。
さらに恐ろしいことに……『あの掲示板』の住人が注目するのは、新規タイトル発表とサービス開始時だけではない。
大規模アップデート時はもちろんのこと、面白そうなイベントなども格好の的となる。
例えば――
「『セクロスのできるVRMMO』で戦争実装だってよ! 俺らでチームを設立して、あの世界の奴ら泣かしてやろうぜ!」
なんて呼びかけがあっても、不思議じゃない。むしろ納得だ。
すでにプレイヤー間で社会が成立しているゲームの場合、この手の『あの掲示板』からの介入が、大騒動へと発展することがあった。……いま目の前で、実際に起きているようにだ。
この『あの掲示板』住人による大襲撃だって――
「いま『セクロスのできるVRMMO』で大きな祭り! みんな乗り込め!」
などと煽った奴がいたのだろう。……間違いないはずだ。賭けてもいいぐらいの自信がある。
ある意味で爆弾のような集団だが、だからといって監視は馬鹿らしい。
誰だって「道を歩いていたら隕石に当たるかも」と心配しないだろう。その為の対策もだ。
そのくらい『あの掲示板』の住人は気まぐれすぎて、当てにならない。
例として示した『もやし買占めの提案』だって――
「お前、馬鹿じゃないの?」
「これだから新参は……」
「まずは半年ロムろうな?」
などと、冷たくあしらわれることもある。常に同じ反応をしない。まるで読めないし、コントロールも不能だ。
だが、一旦行動に移ると……異常な熱意で取り組んでくる。
もう最凶最悪の相手だ。
しかもターゲットが自分の遊んでいるゲーム、さらに自分が当事者、そのうえ責任者の一人、ダメ押しに最悪のタイミング。
……これが『隕石の命中』でなかったら、なにがそう言えるんだ?
もう何もかもを放り投げて、ふて寝でもしたい気分になった。そうしたところで、俺を責める者はいないはずだ。
だが、そんな無責任なことは……両手を挙げて降参するようなことはできなかった。
「『魔法使い』部隊! 弓部隊! どちらも射程ギリギリから遠距離攻撃を開始しろ! 火点は合わせなくて良い! ばら撒くんだ! 相手は低レベルの方が多い! ばら撒きゃ殺れる! 俺とグーカの隊も、遠距離攻撃に参加しろ!」
押し寄せる『あの掲示板』住人の半分以上が、普段は一般プレイヤーとして遊んでいる者だろう。そいつらの強さは判らない。しかし、キャラクターを作り終えたばかり程度の奴も混じっているはずだ。
まずは弱い奴を篩いにかけて、数を減らさねば!
俺と同じように呆然としていた団員達も、弾かれたように動き出す。
練度も強さも俺達の方が上だ。さらに防御陣形も敷いている。そう簡単にはやられはしない。
だが、深刻な表情をしたカイが近寄ってきて、小声で告げる。
「隊長……まずいです。このままだと消耗品が底を尽きます」




