イベント――19
すぐに両陣営の応援は止んだ。
攻め立てていた『モホーク』ですら手を緩め、一騎討ちに注目してしまっている。
魅入られている者が多いのだろう。
擬似AIで動くだけのモンスター相手などではなく、プレイヤー対プレイヤーの一騎討ち、それもトップレベルの――才能に恵まれた者同士の戦いなど……初めて見る者の方が多いはずだ。
もう何度も攻撃が交わされている。
どちらの攻撃も速く、重い。
お互いに力量を探るような、それでいながら一撃で決着すらしそうな必殺の剣。
対人戦では大きいのを叩き込んで、その勢いに乗って相手が死ぬまで追撃も手ではあるし……ある意味で定石ともいえた。その一撃を当てるだけで、勝利を手にできる。
しかし、どちらの攻撃もクリーンヒットしない……どころか、掠りもしない。
当たり前だ。双方共に、そんな攻撃が当たるような相手ではなかった。
何かの拍子に、まるで申し合わせたようにお互いが離れる。
これで仕切り直しになるだろう。
そして挨拶も終わった。
お互いに相手の力量を察知しての――出し惜しみ無しの戦いが始まる。
一呼吸ほど遅れて、割れんばかりの歓声が上がった。
「も、申し訳ありません! 私、実況を忘れて見入ってしまいました! 凄い攻防でしたね、リルフィーさん!」
「少し荒っぽい自己紹介でしたね。シドウさんが付き合ったのかな? でも、本番はこれからっすよ?」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、いまのはどちらもが一撃必殺狙い……まあ一撃じゃ倒せないですから、当たれば圧倒的有利になる攻撃っすね。ここからはコンパクトに……当てるのに重点を置いた攻撃になるかと」
「な、なるほど……私、リルフィーさんに解説を頼んで良かったと、いまようやく感じ始めているところです。どう見ますか、二人の戦いは?」
「そうですね……剣速はシドウさん、体捌きは『不落』の秋桜さんと見ました。どちらに軍配が上がるか、ちょっと予想つきませんが……一つだけ言えることがあります!」
「そ、それは?」
「強い方が勝ちます!」
……リルフィーのドヤ顔が目に浮かぶようだ。
あいつにこの手の台詞のチャンスを与えたら、絶対に逃さないな。
「あ、あのー……それは当たり前なんじゃないでしょうか?」
呆れた様子の亜梨子だが……それは勘違いしている。
実際、必ず『強い方が勝つ』なんてことは無い。
それはロマンチック過ぎる考えだし……厨二的ですらある。部外者に言えるのは『勝った方が強い』程度、それですら真実とは程遠い。
『強くない方が勝った』なんて紛れがあるのが、現実というものだ。
まあ、そうでなければ、俺などは勝機すら見い出せない。才能の壁は先に進むごとに厚くなっていく。
それに騙し、嘘、引っ掛け、トリック……色々な手管を使えば、紛れを引き寄せられなくもない。悲観しなくても大丈夫だ。……かっこ良くはないかもしれないが。
実況や解説の復活と共に、再び壁を攻めだした『モホーク』を観察する。
順調に疲弊していっているようだ。この分なら、そう遠くない将来、奴らは戦意の維持もままならないだろう。……その時が、戦場の大転換点だ。
戦意といえば、味方の士気は凄い高まり具合だった。
シドウさんと代わって壁役の指揮を執るサトウさんも、発奮させるというよりは、暴走してしまわないように手綱を引き締める感じになっている。
これは一騎討ちに触発されてのことだろう。無理して演説なんて打ったのが、馬鹿ばかしく感じるほどだ。特効薬的な――麻薬的な効果にも思える。まだ勝敗はついていないのにだ。意外とこれこそが、廃れなかった理由なのかもしれない。
しかし、シドウさんに負ける心配はないが……一騎討ちで負けたら、どうなってしまうのだろう? そこから士気の消滅、総崩れなんてこともあるのだろうか?
そんなことを考えながら『不落』『聖喪』同盟の本陣を見てみれば、軽く身動ぎしたような感じがした。
いくら生物的であっても、陣形に生命は宿っていない。だから『身動ぎ』なんてのはおかしな感想だったが……そう感じたのも事実だ。これは『戦は生き物』なんて表現の実際なのか?
……いや、俺も一騎討ちの熱気に中てられてしまっているのか。努めて冷静さを維持しなければ。
ただ、理由の方はすぐに推察できた。
予定通りにヤマモトさんの部隊が、布陣を開始している。タイミング的には、別働のメンバーが境界線側で仕掛け終わっているはずだ。それをまあ……『身動ぎ』として観測できたのだろう。
このまま推移してくれればいい。あと何手かで、この戦争は終局だ。そう考えながら戦場全体を確認していたら、不思議なことが起きた。
『モホーク』の大将、モヒカンの奴と……目が合った気がしたのだ。
俺と奴との間には、かなりの距離がある。あいつは特徴的な外見だから、判別に困ることはないが……顔の区別も大変なほど離れていた。
間には数え切れないほどの人も挟んでいる。視線どころか、お互いの確認すらままならない状況だ。
それなのに奴と目が合ったと確信できたし……一瞬、奴が俺を見て笑った気がした。
首を振って、摩訶不思議な現象を頭の中から追い払う。
錯覚に決まっている。この距離で目が合うなんてあり得ないし、ましてや相手が俺に反応するなんてもっとだ。
気を取り直して一騎討ちに注目する。
戦いは堅実な攻撃の積み重ねあいへ変化していた。
お互いのHPを削りながら――集中力を削り取りながら……相手を打ち負かす隙を探り合っている。……先に精神力が尽きたほうが負けだ。
しかし、胃が痛くなりそうな心理戦でありながら、表面的には一定のパターンが繰り返されていた。
シドウさんが先に攻撃。それを秋桜が盾で受ける。
その後、秋桜が斬りかかり――
半歩ほど下がりながら、シドウさんが大剣で受け流す。
お互いの消耗は同じ。差があっても誤差レベルか?
どちらも自分の必勝パターンへ持ち込めていないし、持ち込ませていない。
シドウさんなら、受けられようが避けられようが……自分だけが攻撃を続けるのが最上だ。
獲物の長さと速度を利用して、相手を防戦一方にさせる。その状況に固めてから、クリーンヒットを狙っていく。
秋桜の方は先手は諦めるしかないものの……受けるのと反撃を同時にしたい。
丹念にそれを続ければ結果が積み重なっていく。盾を持っている有利を、相手に押し付けるのが理想だ。
だが、どちらも自分のスタイルに移行できていない。それで一見すると、同じパターンの繰り返しになってしまっていた。
若干、シドウさんの方が上手か?
ほんの一拍、いや半拍ほど先手を取り続けているから、秋桜は思うように戦えていなかった。
しかし、連続攻撃までは許していない。先手は取られても、すぐに反撃をしている。さすがだったし、それを続けているからこそ……シドウさん相手に均衡を保てていた。
ここからはセオリーを理解している者同士の――それを実行できる者同士の戦いか。この必然な膠着状態に、どれだけの準備をしていたか……それを争う段階へ移行していく。
「け――――――」
「――――――た」
思わず一騎討ちに魅入ってしまった俺を、そんな声が引き戻した。
かなり大きな声だ。それは大勢から発せられたからだし、それが理由で何を言ったのか聞き取れなかった。どうやら同じ言葉のようだが、まるで揃ってなかったからだ。
「けい――――――」
「――――――すた」
また同じことを言った。やはり、何を言っているのか判らない。
しかし、凄い人数だった。
いつのまにか戦争用区画の境界線沿いに並んでいて、完全に取り囲まれている錯覚すら覚える。
そいつらは各々の手に持った武器など高く掲げ、先ほどの言葉を繰り返した。
「けいじ――――――」
「――――――ますた」
その後、そいつらは――
一斉に戦場に突入してきた!
圧倒的な光景だった。まるで雪崩のようだったし、地響きの音すら聞こえてきそうだ。
な、なんなんだ、こいつら?
それにお題目なのか、掛け声なのか、先ほどの言葉を連呼し続けている。
偶然なのか、そいつらが掛け声に慣れてきたからなのか、徐々に声が揃っていく。
茫然自失してしまった俺もに、ようやく何を言っていたのか判った。
「掲示板からきますた!」
そう、やつらは叫んでいた。




