イベント――18
「……シドウ君は何を始めてるの? ありゃ放っておいて大丈夫なのかい?」
メッセージウィンドウに映るヤマモトさんは、呆れ顔だ。
「大丈夫です! シドウさんは必ず勝ちます!」
「はぁ……まあ、タケル君が把握しているのなら、それで良いけどね。それで……いま言われた作戦は、すぐに始めればいいのかな?」
「はい、すぐに取り掛かってください。とにかく、本隊は戦端を開かないように十分に距離を取って……隙あらば攻める構えを見せれば十分です。合わせて別働隊が裏から行動すれば、それで目的は果たせます。その後、本陣へ帰還を」
「了解、総大将! ……なにかあったら、また連絡するよ」
ヤマモトさんはおどけるように言って、通信を終えた。
再編したヤマモトさんの部隊へ頼んだのは、『不落』『聖喪』同盟の本陣への揺さぶりだ。
『RSS騎士団』と『不落』『聖喪』同盟は似たような半円型の本陣を築いているが、内情は全く違う。やや、相手の方に地の利があった。
俺達は『砦』を背に、後ろを全く警戒しないで済むが……それは流れで選ばさせられただけだ。ベストとは言えない。できればこちらも『不落』『聖喪』同盟のように、戦争用区画の境界線を背にしたかった。
それは同じく後ろを取られないで済む上に、死亡者の復帰が容易だからだ。
あちらはリスタート地点から戻ってきて、一歩境界線を跨げば本陣の中。こちらは戻ってくるところまで同じでも、それから戦場を横断しないと復帰できない。
ただ後ろに下がるだけで撤退完了なのも魅力的だ。
まあ、今回はその点ではどうでも良いか。本陣が壊滅なり、撤退するなりでも……敵より先に戦場から本陣が無くなってしまえば、それは敗北と見なされるだろう。撤退のしやすさにメリットは無い。
そんな境界線を背にする戦術だが、一つ問題点があった。
簡単に出入りできるのは、敵も同じということだ。
もちろん、対策法はある。無かったらセオリーから全く違うものになってしまう。
システムごとに色々と仕様は違うが……このゲームでは境界線の内側のプレイヤーと、外側のプレイヤーはお互いに干渉できないようになっている。
これは外側の絶対安全な位置から遠距離攻撃をしたり、回復魔法をかけたり……誰でも思い付くような方法を封じるためだ。この手の行動は全て、システム側で無効化される。
さらに近接攻撃はもちろん、押したり引いたりの邪魔も禁止するため、内側のプレイヤーは外側のプレイヤーに対して一方的な防御を得る。具体的には内側のプレイヤーを中心に、一メートル程度の進入禁止のバリアを持つ。
この仕様を利用して、手の空いている仲間に境界線沿いへ並んでもらえば良い。それだけで外側のプレイヤーを進入禁止にできる。
もちろんリリーは、その辺のルールを理解していると思う。
だが、完璧に背後を封鎖できているかというと……そうは見えない感じだ。
さすがに背後からの奇襲で一撃――とまでは無防備ではない。だが壁を作るのに四苦八苦してしまっていて、背後に隙ができている。そんな印象だ。
まあ、『戦士』不足で呻いているのなら、良くやっているほうか?
近くでゆっくり観察したら、壁役にバランス型や戦闘タイプの『僧侶』まで動員……それぐらいの大胆な誤魔化しは発見できそうだ。
そこで作戦としては、まず『不落』『聖喪』同盟の背後――境界線の外側に数名の『RSS騎士団』メンバーをちょろちょろさせる。
もちろん、敵本陣へ突入できるようなら、そのまま特攻だ。それは古典的な『鉄砲玉作戦』の一つですらある。
すぐに相手は警戒、完全に封鎖をするだろうが……それで目的達成だ。ただでさえ陣形運用に苦しんでいるところへ、更なる負荷がかかる。嫌がらせとしては最上だろう。
敵が地の利を得ている――一等地に陣取っているとしても、脱税は咎めないと駄目だ。さらなる地の利を得られてしまう。
連動してヤマモトさんの部隊も布陣する。もちろんブラフだ。
いや、境界線側からの特攻が成功したら、それも相手本陣に混乱を引き起こせたら、もちろん突撃してもらう。そんな棚からぼた餅な展開になったら、当然のことだ。急遽、俺達本陣も参加しての総攻撃まである。
しかし、そんなお気楽な結果にはならないだろう。
ヤマモトさんの部隊には、攻める気配をチラつかせてくれれば十分だ。それで相手を守りへと思考誘導できるし、秋桜も本陣防衛に呼び戻すだろう。カイが言ったように、『無敵戦士』は拠点防衛向きなことだし。
ただ、相手を本気にさせ過ぎて……「『聖喪』が突撃して討ち取ってしまえ」などと考えられたら薮蛇だ。各個撃破されるだけになってしまう。
ヤマモトさんに「十分に距離を取って」と言ったのは、それが理由になる。
後々の作戦にヤマモトさん達の力は必要だ。消耗は無意味だったし、避けれる犠牲は避けるべきだろう。
それに長く戦場で孤立させたくなかった。目的を果たしたら、すぐに本陣へ合流してもらいたい。場合によっては、一時的に戦争用区画から退避してでもだ。
陣形をとれない集団は、いとも容易く乱戦に飲み込まれてしまう。
実際に自分で指揮をしてみて、よく理解できた。あっという間に集団としての力は損なわれ、大勢対大勢による個人戦の始まりだ。ある程度優勢になるまで再編は不可能となるから……結局は死ぬまでそこで戦うしかなくなる。
それが嫌なら第一小隊がしていたように、常に動き続けるしかない。というより、止まったら最後だ。
戦場の真っ只中でも停止可能というのは、陣形の持つ大きなメリットかもしれない。
……陣形が編み出された真の理由はこれか?
戦術だ、軍略だ、策だと考える前に、陣形なしでは常に乱戦しかできない。
目端の利く者なら「仲間で固まって行動しよう」と言い出すだろうし……その為の方法を模索したのが、陣形の最初の祖先なのだろうか?
また、『モホーク』は積極的に乱戦へ引きずり込むスタンスを続けているが……それが功を奏していた。絶え間ない消耗と引き換えに、こちらを楽にもさせない。これなら集結された方が簡単ですらある。
……考えすぎか。狙ってやることじゃないし、何のメリットも存在しない。
「タケル! 誰だ、この筋肉は! 隠れてないで出て来い!」
秋桜の『大声』がした。
……カンカンの煮えにえなのが良く判る。
「なんだ筋肉とは! 失礼なことを言うな! その人は我が『RSS騎士団』第一の騎士、シドウさんだ! 敬意を表してやってんだろうが!」
俺も『大声』で言い返す。
まあ、一騎討ちの前哨戦……なのか?
「敬意とか良く解らないこと言って……また誤魔化す気だな? とにかく、チェンジ! 筋肉はチェンジ!」
……これは駄目そうだ。秋桜の奴、ただ思ったことを口にしているだけだな。
このままじゃ単なる口喧嘩になりそうだったし……秋桜の奴、「チェンジ」の意味を理解しているのか? うら若き乙女が連呼していい言葉じゃないのだが。
どうするべきか困っていたら、意外な助け舟が出された。
「コラッ、秋ちゃん! 口に気をつけなさい!」
なんとリシアさんだ。
「でも、リシ姉……タケルの奴がぁ……」
「タケルくんに言いたいことがあるなら、あとで直接言いなさい! すいませんね、うちの秋桜が……まだ筋肉の良し悪しも区別できない子供なものですから。あとできつく叱っておき――」
色々と気になるリシアさんの謝罪は、手を挙げるシドウさんに止められた。
「構いませんよ……俺は『RSS騎士団』所属、シドウだ。心配しなくとも俺を倒せば、次はタケルがお相手をしよう。だが、俺はそう簡単には倒せんぞ?」
そう言いながら、手に持った大剣の鞘を払う。
『大声』を使ったわけでもないのに、シドウさんの声は良く通った。そして逆手に残った鞘を、後ろに控えていた『僧侶』へ渡しながら続ける。
「こちらも回復役は用意した。そちらも遠慮なく『回復薬』だろうと、回復魔法だろうと使うといい」
本陣にいる団員達が、シドウさんの名前を連呼を始めた。熱気が抑えられなくなってきたのだろう。
「……約束だぞ? 『不落の砦』主宰、秋桜だ。悪いけど貴方を倒して……タケルを引きずり出させてもらう」
そう秋桜も応え、剣と盾を構えなおした。
『不落』『聖喪』同盟の本陣からも、『RSS騎士団』に負けじと声援が飛ぶ。
「秋お姉さま頑張って!」だとか……まあ、そういった黄色い声だ。秋桜が男だったら、これだけで『RSS騎士団』の制裁リストに載りそうなほど熱がこもっている。
両者共に声援に後押しされながら、間合いを数歩詰め――
一騎討ちが始まった。




