イベント――17
ようやくシドウさんは、快く一騎討ちを承諾してくれた。
我ながら良い仕事をしたと思う。これから一騎討ちに赴く戦士に、ごちゃごちゃと後顧の憂いがあったら大変だ。それを取り除くのも、俺のような裏方の仕事ではある。
「……どうなんですかね? あまり良いとは――」
「シドウさんが負けるってのか?」
何か嫌味を言いかけたカイを止める。やや、語気が荒くなっていたかもしれない。
「いえ……失言をするところでした。一騎討ちなら、最強の戦士を出す。考えてみれば当たり前でしたね」
結局はそういうことだ。一騎討ちを受けるなら、エースを――最も勝利を見込める人材を送り込む。
俺が秋桜に劣るとは思っていない。それはやってみなければ判らないことだ。
しかし、おそらく……俺のスタイルは極端に『無敵戦士』と相性が悪い気がする。『無敵戦士』と一騎討ち。そんな命題で研究したことがないから、そう思うのか?
シドウさんなら、どんな条件でも実力を発揮してくれるはずだ。適所適材ともいえるだろう。俺のような小手先の誤魔化しではなく、強さに裏付けがある。
「一応だな……確認をしておきたいのだが……タケル、お前は……あの娘と親しいのか? さっきも『タケルを超える』とか言っていたし、作戦も教えただとか――」
「あー……βテストの頃、ちょっと。あいつはゲーム初心者じゃなかったですけど、てんでなってなかったからですね。手ほどき程度のことはしました。『無敵戦士』のことまで憶えていたのは、意外でしたけど――ああっ! 言っときますけど、まだ『RSS騎士団』に入る前のことで――」
だが、そこまでしか言えなかった。なぜかシドウさんが驚愕していたからだ。
「つまり……タケルの弟子みたいなもんなのか?」
定期的に敵対勢力から流されるデマゴギー――俺のリア充疑惑の話になるのかと思ったが、そうじゃなかった。当たり前か、シドウさんがそんな噂話に騙されるはずがない。
しかし、なにを驚いているのだろう?
「弟子なんて大げさな……そりゃ、少しは指南はしましたけど。それに副団長から連絡があり次第、すぐに『不落』『聖喪』同盟の本陣へ揺さぶりを掛けてもらいます。それは考えてたことですし。本陣がやばいと感じれば、秋桜は防衛に戻るでしょう。それまでの間、シドウさんには格の違いを解らせてやってくれれば――」
気がつけば、シドウさんは話を聞いていなかった。心ここにあらずだ。どうしちまったんだろう?
「タケルの弟子……タケル流……女タケル……」
「あ、あの……シ、シドウさん?」
「お、俺も男だ! 一度やるって言ったからには、成し遂げてみせる! それに時間を稼げばいいんだな? うむ、それならなんとか……いや、まてよ? もしかしたら、それすら利用してきたら……その場合は……」
何か独り言を喋りだしちゃってる。ど、どうしよう、シドウさんが壊れた!
自分の隊長の奇行が見ていられなくなったのか、壁役の一人が叫んだ。
「隊長! シドウ隊長! 『三本腕』です! 『三本腕』ですよ!」
距離もあったし、持ち場も離れられないからか、首を捻っての無理な体勢で必死に叫んでいる。
『三本腕』? 何のことだ? 第二小隊だけで通じる符丁か?
意味はさっぱり解らないが、なぜかそれでシドウさんは立ち直った。
「そうだった! 『三本腕』だったな! そう……最初から相手は三本の腕があると思っていれば、惑わされることも、不意をつかれることもない」
……いや、それはどうだろう?
そんなインチキの塊みたいなのを想定してどうするんだ?
まあ、シドウさんなら相手の腕が三本あっても、問題なく戦えそうではある。
「隊長! これを!」
別の壁役をしていたメンバーが、やはり持ち場に着いたまま、何かをシドウさんの足元へと転がしてくる。
何かと思えば、驚いたことに『エリクサー』だった!
色々なゲームに登場するし、かなり有名でもあるから、誰でも名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。どの作品でも凄い性能を持つが……このゲームでは『回復薬』系統のアイテムに分類され、なんと効果はHP全快だ。
それだけ聞くと、神アイテムにも思える。
だが、レアすぎて数がない上に、NPCが高値で買い取るものだから……使うぐらいなら死んだほうが採算は取れてしまう。……売却益で死亡ペナルティを支払っても、おつりが来てしまうのだ。
まあ、『お守り』の意味で持ち歩く者はいるから、それで持っていたのか?
しかし、大げさだ。
『エリクサー』なんて使い難いだけだし、大して有利にもならない。そんなのをショートカットに登録するぐらいなら、『上級回復薬』を山積みに持った方が強い。
シドウさんもそう考えるはずだ。しかし――
「すまない。ありがたく使わせてもらうぞ! ……俺は勝つ! 第二小隊の名誉に懸けても、必ず勝つからな、お前達!」
「隊長!」
第二小隊のメンバーは、壁役がなければシドウさんに駆け寄らんばかりだったし……シドウさんもなぜか悲壮な決意を露にしている。
……なんなんだろうな?
まあ、シドウさんの闘志は高まっているんだから……それで由とするべきか。
「準備が出来たのでしょうか? 『RSS騎士団』の陣地から、誰か進み出てきました。二人ほど随伴も従えているようですね。激しく攻め立てていた『モホーク』も、道を空けて通しています。これは戦うものの誇り、守るべき掟――そういった理由なのでしょうか? さあ、私共にも選ばれし勇者の顔が見えてきま――あれっ? タケルさんじゃないですよ?」
「あれは……シドウさんですね」
「って、誰ですかそれ! なんでタケルさんじゃなくて、あんな筋肉が出てくるんですか!」
……酷い言われようだ。
あとでギルド『北東西南社』には正式に厳重抗議しよう。亜梨子には個人的に、かつ徹底的にだ。
だいたいシドウさんの筋肉は、良い筋肉じゃないか!
「筋肉って……シドウさんは、この世界で五本の指に入るトップランカーですよ。βテスト終了時にも、最高レベルプレイヤーの栄冠に輝いてます。『RSS騎士団』は、相当にマジですね。いきなり最強カードを切ってきました」
珍しくリルフィーがまともなことを言ってやがる。……あとでしめようと思ったが、手加減してやるか。
それにリルフィーの解説で理解したのか、野次馬達もざわめきだす。
「『RSS』のシドウと『不落』の秋桜……これ、『戦士』の頂上決戦じゃねぇの?」
「いや、それは言いすぎだろ。あいつらは有名なだけで、まだ強いの沢山いるぜ?」
「同じ『RSS』にも『トゥハンド』がいるし……『自由の翼』のクエンス、『ヴァルハラ』のウリクセス、『聖喪』のカシマ、『異界』のエロリック……無名ギルドや、無所属にだっているはずだ」
「『異界』のエロリックは違うだろ! あいつはエビタク類じゃねぇか! 見るだけで大変って……そんなのチートだろうが!」
「誰か『天下一武闘会』でも開かねえかなぁ……」
……ちなみに『天下一武闘会』とはプレイヤーが独自に企画するイベントで、単純に『決闘』で最も強い奴を決める催しだ。どのMMOでも一般的だったりする。名前の元ネタはもちろん、世界的にも有名な国民的漫画に出てきたアレだ。
実況と解説、それに野次馬どもは言いたい放題だったが、それをのんびり聞いていた訳ではない。
これをBGMとして聞き流しながら、副団長と連絡を取っていた。




