イベント――16
俺の見立てに、その場のメンバーは肯いたり、相手の本陣を観察したりしていた。話を続けて、注意を引き戻す。
「もう一つの問題点というのが、十二人――理想形でなら十二人も使って、得られる火力は『戦士』一人分でしかありません。はっきり言って戦力の無駄遣いです」
「……そりゃそうですね。うちに『僧侶』の余裕があれば……もっと違う活躍してもらいますね」
「まあ、あっちは『戦士』不足で呻いていて、『無敵戦士』は苦肉の策だろうけどな。どこの台所事情だって苦しいはずだ」
納得顔のカイには、違う視点も示唆しておく。カイと俺が全く同じ視点というのは、あまり芳しくない。
「うーん? 言いにくいんだけどさ……その……それなら無視も手じゃない? 一騎討ちを挑まれて拒否は、かっこ悪いだろうけど……相手は『戦士』一人なんだし」
ばつが悪そうにリンクスは提案するが……それって第一候補じゃないのか?
「それも考えたけど、あまり良くないんだ。このまま放置したら、壁に取り付いてくると思う。そりゃ敵方の『戦士』一人増えても、大きな違いはないけど……どうです、シドウさん? 死なない『戦士』に取り付かれて……いけます?」
「ちょっと厄介だな。いや、『戦士』一人分ぐらいなんともないが……倒せないし、退却もしないんだろ? 消耗戦の相手としては最悪だし、精神的な疲労が心配だな」
これが相手の本命だろう。そしてリリーが止めなかった理由のはずだ。
まず一騎討ちを申し込む。俺が受けても『無敵戦士』で倒してしまえばいい。
俺を一騎討ちに引きずり出すだけでメリット。一時的にでも戦場から排除できれば、さらなるメリットと考えたのか?
普通に申し出を受けてたら、秋桜は真っ当な一騎討ちにしたと思うが……まあ、読みとしては、そう考えるべきだろう。
断られたら、秋桜を壁に張り付かせる。
『一騎討ちを断った』という心理的負い目を課しながら……こちらに迫る選択肢に実質的変化はない。策としては理解できる。
すぐに俺達も『無敵戦士』と見破るだろうが、困るのは同じだ。多少は意表もつかれたかもしれない。少なくとも一手、二手は後手を踏む。
リリーの奴……俺なら一騎討ちを断ると、読みきってやがったな。
あいつにはメタゲームの分野では後れをとるが、読み合いで負ける訳にはいかない。ここは何としてでも、一手上回りたい局面だ。
リンクスが不思議そうな顔をして、提案してきた。
「本陣に取り付いてくるのなら……それこそ超火力で殺ってしまえば?」
「遅かれ早かれ、そうなるよ。というか、それしか手はない。でも、その選択肢は不自由なんだ。最大でも十二人しかいない相手に、一瞬でも全火力を集中を強いられる。相手の損失は、たった一人の死亡だけなのにな」
突撃を仕掛けるのなら、間違いなくその隙を狙うだろう。念入りに仕込むのであれば、何回か『無敵戦士』を犠牲にする。タイミングを計らせないためにだ。
「無視されれば嫌がらせ、対処されれば陽動に早変わりですか? ……実に隊長らしい作戦です。感服いたしました」
「う、うるせえ! 元々は『鉄砲玉作戦』系統の亜種だから、最初から多少はアレなんだよ!」
カイの嫌味には噛み付き返しておく。
戦争や抗争が成立するMMOでは、必ず『鉄砲玉作戦』が考案される。死亡が恒久的で決定的な損失でない以上、それが戦術に組み込まれるのは当然の話だ。開戦初期にやられたリリーの特攻も、広義の意味で同じといえる。
ただ、『鉄砲玉』を飛ばすとしても無駄死にだったり、考え無しにでは……『鉄砲玉』となるプレイヤーが浮かばれない。やるからには可能な限り成功させる。その為に考えられるのが、通称『鉄砲玉作戦』だ。
まだ『セクロスのできるVRMMO』では、セオリーの雛形すら考案されていないが……今日の戦訓を元に、色々と編み出されることだろう。戦争や戦術もまた、プレイヤーと共に育っていく。
「なるほど。それならいっそのこと、一騎討ちを受けてしまえ。そういうことか?」
さすがシドウさんだ。ちゃんと俺の考えに付いてきてくれた。
「そういうことです! 秋桜が何人の『僧侶』付けているんだか判りませんが……こちらも『無敵戦士』で戦うんです。付けるのが一人……だと厳しいか。二人! 二人付けましょう! 『戦士』一人と『僧侶』二人で戦えば、相手の人数より少なく済みます。それで差引勘定で勝ちです! ……お願いできますか、シドウさん?」
「……へっ?」
それまで俺の言葉に肯いていたシドウさんは……なぜか呆気にとられた顔になった。どうしたんだろう? 説明が足りなかったか?
「……どうかしました?」
「うん? いや……どうもしないのだが……あの、だな……あー……あれだ。俺は話すのは上手い方じゃない。でも、何とか説明してみるぞ。タケル……それをお前はなんとか汲み取ってくれ」
「はあ?」
シドウさんの様子がおかしい。どうしちまったんだろう?
「今日の総大将はタケル、お前だ。そもそも、お前の方が階級は上だしな。いや、そうじゃないな……そういう問題じゃない。タケル……俺はお前が戦えっていう相手なら、誰が相手だろうと剣を取るつもりだ。だから……そういう意味じゃ、文句はないんだぞ? でも……しかし……何で俺なんだ?」
じんとくることを言われたが……いまいち意図が解らない。
「えーと……あれですか? その……秋桜が女だからとか……そういうので気が乗ら――」
「いや、違うぞ! それは違う。タケル、そういうことでもない。俺も昔はそんな風に思ってた。でも、いまは違う。このゲームでは男だとか、女だとかは関係ない。誰もが対等な相手で……侮りがたい好敵手になり得る。それなのに『女だから』なんて言うのは、逆に相手に失礼だ。そう教えてくれたのはお前自身、タケルじゃないか」
言葉は違ったかもしれないが、似たようなことを言った覚えはある。
だいたい、秋桜にレディファーストだとか、保護するべきだとかを適用する必要があるとは思えない。見目麗しくとも、中身は立派な虎かライオンだ。俺などは対等どころか、格上の相手と考えなければ負ける気がする。
しかし、それならなんで?
「あの娘はタケル――お前を指名しているんだし……そこへ俺が、のこのこと出て行って良いものなのか?」
なんだ、そういうことか。シドウさんらしい、実直な考えだ。だが、それなら『説得する』のは問題ないだろう。
「シドウさん……いまから俺の考えを言うので、間違っていたら指摘してください。まず相手の秋桜は『不落』の大将ですが、エースでもあります。相手がエースを出したからには、こちらもエースをあてる。それは当然でもありますし……礼儀とも思っています」
「いや……俺がエースなのかどうかは……この前の『決闘』でも――」
「なに言っているんですか。俺なんてまだまだですよ。あの時だって、もう少し長く戦っていれば、先に俺が力尽きていたでしょう。だいたい、シドウさんの方がレベル高いじゃないですか」
「それはそうだが……レベルで計れない強さを見せたのもタケル、お前なんだし――」
「まあ……シドウさんが露払いをしてこい、やるのは相手の力量を見てからにする。そう仰るなら吝かでもないですが……それはシドウさんの名誉、しいては『RSS騎士団』の体面にも係わると――」
「違うぞ! そんなことは考えていないぞ! よし、判った! 俺が一騎討ちに出よう!」




