イベント――15
「……よく判りましたね。回復要員が付いているの」
「まあな。あの作戦を考えたのは――教えたのは俺だし」
カイの疑問に、素直に答えたら……もの凄く嫌そうな顔をしやがった。
一体全体、何が気に食わないんだ! 少し失礼だとは思わないのか?
しかし、いまは対応が先だ。秋桜が焦れて動き出したら、ややこしいことになる。
「シドウさん! ちょっと説明するので、こちらへお願いします!」
「おう! ――ちょっと指揮頼む。すぐに……戻れたら、戻るから。サトウさん、しばらくお願いします。少し離れますんで」
シドウさんは持ち場をサトウさんに任せ、こちらへと向かってくれた。
いま守りの陣形を敷いているのは、俺の力不足や戦況による偶然が大きいが……意外と『RSS騎士団』に向いている戦術なのかもしれない。
安心して任せられる指揮官が二人――シドウさんとサトウさんもいるし、団員の方にも向いている気がする。集団も得て不得手だとか、性格とでもいうものを持つのが少し不思議だ。
……相変わらず『モホーク』は散発的に攻めてきていた。壁役は忙しいとは言えなかったが、暇になることはない。
奴らの士気はどこから沸いているんだ? そろそろ飽きて、解散でもしそうなものなのに。
シドウさんを待って、俺は説明を開始した。
「あれは名前は付けなかったけど……『無敵戦士』とでもいう作戦です」
開始した途端に、全員がすっぱい顔をした。
意味が理解できていないのか、それとも名前が気に食わないのか……。とにかく、全部を説明してしまうか。
「種はひどく簡単で……一人の『戦士』を十一人の『僧侶』で支えるだけ。十一人ってのは、絶対条件じゃなくて……単に十二人のフルパーティを考えたときです。ある程度の人数を揃えれば、成立します」
「……それ意味あります?」
不審そうなカイのツッコミが入る。
「あるぜ。サドンデスに強い。いまリンクス達は数秒で一気にHPを削り取って、相手を殺しているだろ? でも、その数秒の間に一回か二回でも回復魔法が差し込まれたら、相手は死なない。十一人もいりゃ、一人や二人は間に合うだろうからな。少なくともぴったり殺せる程度の火力じゃ落とせない」
全員が考え込んでいるようだったが、最初にカイの顔色が変わった。
「ちょっと待ってくださいよ? その『無敵戦士』は……即死を狙えないということですか? いまですら『戦士』を即死させるのは大変なのに」
「一応は死ぬ。理論的には人間の反射神経を凌駕すればいいんだから……一秒未満の間にぴったり殺せる程度の火力でいけるな。もしくは十秒程度の間に相手のフルHP、十一人分の回復魔法と一回分の『回復薬』の回復量、それらの合計以上の超火力なら殺せる」
「隊長……一秒未満の方は無理だよ。そんなタイミングに合わせられる訳がない」
リンクスの意見に肯きつつ、話を進める。
「俺もそう思う。十秒程度の間に超火力の方も……不可能じゃないけど、条件が限定的過ぎる」
「それじゃあ、普通に戦って倒せば良いのか?」
考え込むシドウさんに、首を振って答える。
「それも無理じゃないですけど……もの凄い手間と時間が掛かりますね。『僧侶』十一人が息切れするまで、休みなく攻め続けて……その上、ある程度は忙しくさせないと。相当の戦力が要ります」
全員が押し黙ってしまった。無駄に萎縮させてしまったか?
「……それって大問題じゃないですか?」
「そんなことはない。『無敵戦士』を殺そうとしたら大変だけど……実際は問題点だらけで出来損ないの作戦だぜ? 『無敵戦士』を相手にするより、十一人いる『僧侶』の方を狙えば簡単に倒せる」
深刻に考えてしまったカイを安心させつつ、問題点も付け加えておく。
「今回の場合、そうさせるのが狙いの可能性もあるけどな。秋桜の後ろに控える『僧侶』達を狩ろうとすれば、遠征部隊を出さなきゃならない。その遠征部隊を狙われる可能性がある」
現状、先に動いた方が負けであるから、挑発に乗るべきじゃなかった。
それには納得したようだったが、カイは考え込みながら提案してくる。
「でも……『無敵戦士』は悪くない作戦に思えます。こちらでもやってみては? 『僧侶』を守るなら、本陣に隠しておけば良いんですから」
「いや、それは良くない。もう二つほど問題点がある。まず、大勢の『僧侶』を出すのが辛い。いま何人も引っこ抜いたら、即座に本陣が潰れる」
「……それもそうだな。なんで相手は『無敵戦士』が出せるんだ?」
不思議そうなシドウさんだったが、その質問の回答は得ていた。
「おそらく『不落』は『僧侶』が多いんです。その代わり、『戦士』不足っぽいですね」
クラス比率問題は、どこのギルドでも発生する。
戦争まで考えるのなら、四つのクラスが均等に……欲を言うなら『盗賊』が少なめで、その分だけ『戦士』が多めが理想か。
しかし、『RSS騎士団』ですら、その理想的な比率にはなっていない。βテストから正式サービス開始に伴って、何人かにクラス変更をお願いしているのにだ。
『RSS騎士団』の現状で言うのであれば、『戦士』が多めで『僧侶』がやや少ない。『魔法使い』と『盗賊』は許容範囲内だ。
まあ、男は『戦士』と『魔法使い』を選びがちだから、野郎だらけの『RSS騎士団』では順当ともいえる。
女だらけの『不落』――とおそらく『聖喪』も――は、女性に人気の『僧侶』や『魔法使い』が多くなりがち。それが『僧侶』に寄っているのは、多少は介入したか偶然……そんなところだろう。
『戦士』不足と読んだのは、『不落』『聖喪』同盟の陣形から奇妙な――窮屈そうな感想を得たからだ。それも判ってみれば簡単なことで、『戦士』が足りなきゃ自動的に壁役も少なくなる。あちらは陣形を組むのに苦労していたようだ。
どこの首脳部もクラス比率には悩まさせられるのだから、この推理は難しくもなんともない。
しかし、『RSS騎士団』や『不落の砦』、『自由の翼』のような大手ギルドは、実のところマシな部類だ。
あるクラスの所属人数が、理想的には二十人欲しい場合を考えてみればいい。それが実際には一五人だったとしても、いや、もっと極端に十人しかいなかったとしても、なんとか誤魔化せなくもない。
それが理想は二人なのに、実際には一人だった。それどころか、その一人すらいない。そんな状況だと、運営はかなり苦しくなる。場合によっては、ギルドハントすらままならないだろう。
まあ、そんな時は外部にヘルプを頼むものだし……リルフィーのような無所属なのにパーティ志向というプレイヤーが、成立する余地にもなる。
俺も以前はリルフィーと似たようなスタンスだったから、その事情は想像できなくもない。
あいつは――おそらく、いまはネリウムとセットで――色々なギルドに、サポート要員と考えられているはずだ。ギルド『ヴァルハラ』などに人脈を持っているのも、それが理由だろうし……もっと色々なところと顔を繋いでいるとも思う。
しかし、そんな工夫が通じるのも、中小規模のギルドまでだ。
零細ギルドと呼ばれるような規模だと、三人前後しかメンバーがいないことがある。もう固定ペアだとか、固定トリオと言いたくなるが……本人達がギルドの旗を振り続ける限り、それはギルドだ。
その二、三人しかいないギルドメンバーなのに全員が『戦士』だとか、全員が『魔法使い』なんて、泣くに泣けない状況も珍しくはない。リルフィーとつるんでいた頃は――
「君達二人が参加するならギルドハント立てるけど……どう? いま暇?」
なんてお誘いが来ることすらあった。
それは裏を返せば、俺達が参加しなければ成立しないということだし……ギルドハントの体を成しているのか、疑問を感じてしまうレベルだ。
まあ、ギルドに加入するということは、誰かを『大将』と仰いで担ぐことであり、自分のスタイルを確立させる手立てでもある。そして、それを守ることでもあったりするから……ゲーム的な事情だけで決められることでもないか。
あの人たちには、貫き通したい何かがあった。そういうことなのだろう。そんな風に、いまでは考えている。




