イベント――12
統一された装備――全員が純白の修道服を纏った軍勢が、戦場に突入してくる。
見事な突撃陣形だったし……何も打てる手はない。俺達本陣を狙ったものじゃないからだ。介入するには遠すぎる。
そのまま『聖喪』が突撃するのを――ちょうど進路上にいた第一小隊を打ち破るのを、黙って見守るしかなかった。
『聖喪』の突撃が直撃した一小隊は、耐え切れるはずも無く二つに分断される。
……合理的な戦術だ。第一小隊が目障りだとしても、べつに全滅へ追い込む必要はない。分断さえしてしまえば集団としての力を失い、後は戦場に飲み込まれていくだけだろう。
そのまま『不落』が築いた陣に合流されてしまう。
第一小隊には全滅してでも突撃を堪えて、『不落』と『聖喪』の合流を阻んで欲しかったが……それは求めすぎか。すでに消耗も激しかったはずだ。
『不落』と『聖喪』が、別々の集団として戦場にいた方がベストとはいえ……あの突撃陣形は、同じように陣形を組んでなければ受けれそうもない。
また、『聖喪』も一撃で第一小隊を分断できると踏んだから、わざわざ戦場を通過しての合流を選択したはずだ。
鎧袖一触だった第一小隊だが、二つほど俺達に残してくれた。
一つは参戦人数の情報だ。
『聖喪』が戦場を通って参戦したため、投入した主力の規模が判った。俺達の半分より少ない。『不落』と『聖喪』を合わせても、俺達に少し及ばない程度か。
そして『聖喪』が突撃陣形を実行できる情報も大きい。
よく話をする姉さん方の一人が、ガチの『軍人』だったか。その経験に頼ったのだろう。小人数だから指揮できたのもあるだろうが、あの攻撃力は脅威だ。初見が本陣攻撃だったら、崩された可能性もある。
「ど、どうして『聖喪』が? 私達とは友好ギルドじゃないですか!」
「そりゃ……友好ギルドだからだろ? 『聖喪』と『不落』は同盟ギルドだ」
カイの質問に答えながら、先のことを考える。どうしたものか?
「あっちが同盟してても、こっちも友好ギルドなんですし――」
「同盟はそんな軽い契約じゃない。どんな条約にしてるか判らんが……相互防衛は絶対にあるはずだ。同盟の最低条件だからな」
MMOでギルド間の相互防衛というと、どこから攻められた場合でも救援に駆けつけることを意味する。その敵対する相手が自分の友好ギルドであろうとだ。
最初から当事者だったのならともかく、同盟ギルドから救援要請されただけなら……考えるまでもなく参戦が当然になる。
それを守らないようなギルドは、誰も相手にしなくなるだろう。もう善悪や利害ではなく、単純な信義の問題と言える。
「いまからでも……せめて撤退の要請をしては?」
「もう、後手を踏んじまってる。先に交渉をしていれば、時間稼ぎ程度は出来ただろうが……それでも参戦は止められないか。くそっ……だから『聖喪』との関係を、同盟に格上げしておこうと、何度も言ったんだ!」
「確かに、隊長の言う通りでしたね。こちらとも同盟であれば……少なくとも不参戦にできたかも……」
この件については、何度も幹部会議で提案していた。
同盟の恩恵は援軍として当てにできるだけではない。万が一の場合、敵に回さないですむ備えともできる。それなのに何度も否決されて――
ああ、頑固に反対し続けたのはハンバルテウスの奴じゃねぇか!
どこまでも祟る! 仲間にこんなことを感じるのは、我ながら最低だとは思うが……もう、お互いの巡り会わせが悪いとしか言いようがない。
奴はすでに第一小隊壊滅の憂き目にあい、ツケを払ったともいえるが……この予見できた問題を解決するのは俺だ。
「まさかの『聖喪女修道院』の参戦! 驚きです! どうなるんでしょう、解説のリルフィーさん?」
「いやー……驚きましたね。いまの突撃陣形は見事でした。それにしても『聖喪』はタケルさんのとこ――いえ、『RSS』と『不落』の両方から不可侵とされているんですが……良いんでしょうか?」
「それは大丈夫だと思いますよ? 『聖喪』自ら宣言していたじゃないですか」
「へっ? なんでしたっけ……なんだか難しいことを言ってましたね。えっと……『情け無用』……でしたっけ?」
「違いますよ、リルフィーさん! 『戦争での利害や怨恨は、日常へは持ち込まない』そういう心得ですよ!」
「うーん……なんというか……凄く行儀が良いですね。ただ、参戦している面子的に……ちょっと、それが適用されるとは――」
「大丈夫です! 『聖喪』はそう宣言していましたし……タ、タケ――『RSS騎士団』の方もそうすると思います! あの人達は……名誉と誇りを重んじますから!」
意外な展開に、実況と解説の方も大騒ぎだ。
名誉と誇りを重んじる? 誰のことだ? 俺達は何よりも勝利を重んじる団体だぞ? いや、プロパガンダ的にはそうなんだが……亜梨子は見事に騙されてないか?
それに変に見栄を張った思想にも毒されているようだが……誰がそんなスカした言葉を吹き込んだんだ?
………………俺か!
しかし、この空気に乗ったほうが良いのか? 戦後処理を考えたら、メリットもあるし……いや、いまはとにかく勝つことを考えるべきだ。……でも、どうやって?
そんな風に俺とカイが呻いている間に、陣形のそばでは『モホーク』が『魔法使い』の集結を終えつつあった。
いつまでぼんやり見ているんだ? そう思いながらリンクスを見てみれば、ちょうど弓部隊で射掛けるところだった。
イメージ的には弓矢による範囲攻撃……ではあるが、史実のような効果はない。そこまでの量を、少人数では撃てやしない……というより史実通りの戦術の大半は、MMOでは役に立たないか運用できないものだ。
なによりもまず、人数が足りない。
史実の戦争で弓矢は面制圧の用途があったらしいが、それは再現不可能だ。百人単位で集まって撃つから、面制圧の効果を得ることができる。
現状、この場にいる『RSS騎士団』のメンバー全員でも、百名には届かない。百人以上集めるには、全メンバーを総動員する必要があったし……それは実現不可能だ。そして、その俺達ですら、この世界では最も多い戦闘集団になる。
さらにルールが違う。
耐久力に劣る『魔法使い』であろうと、弓の一撃だけでは絶対に死なない。そこまで弱い『魔法使い』では、戦場に立つことすら覚束ないだろう。
とはいえ、何度もは射撃に耐え切れやしない。どうするのかと思っていたら、『戦士』の壁を用意していた。壁に耐えさせるつもりらしい。……この短い間に、きちんと戦訓を積んでやがる。
数名の『戦士』の壁、その後ろに固まった『魔法使い』、さらに後ろには支える『僧侶』もいるだろう。
まあ、理屈は通っている。誰でも最初はそう考えるだろう。
だが、べつに構わなかった。弓による攻撃は、相手を殺るためじゃない。
準備が整ったのか相手は少し前進し、陣形内の『魔法使い』を狙って攻撃を始めた。多少の損害は無視して、こちらの後衛を狙うつもりなのだろうが……そうは上手くいかない。
確かに効果的に思えるだろう。だが、相手の魔法が届くということは、こちらの魔法も届くということだ。
返礼とばかりに、こちらからの反撃も始まる。
同じ『魔法使い』の集団が遠距離魔法で攻撃しあった場合、勝つのはどちらか?
それはもちろん、より散開しているほうだ。
一箇所に集まってしまっていては、一回の魔法で何人もの被害が出るし、範囲を重ねることで容易に飽和攻撃になってしまう。
しかし、余裕のある陣形とは言えなかったが、数名で作った壁よりは遥かに広い。反面、相手は撃ち合いを挑むには集まりすぎている。この戦術を採るのなら、もっと前に……俺達が固まっていた時にするべきだった。
そして支える『僧侶』数が違う。俺達を支えるのは、手勢の『僧侶』全員。相手の『魔法使い』を支えるのは、作戦用に集めた一部にすぎない。
このまま撃ち合いでも構わなかった。ただ、相手が負けを悟って「数名でいいから道連れに」なんて選択をされると面倒臭い。ここでの最適は、相手の背後からの奇襲――
そう思ったところで、グーカの部隊が相手背後へ攻め込む。ベストのタイミングだ。
相手は危険なまでに陣形に近寄りすぎていた。しかし、それは仕方のないことだ。近寄らなければ、陣形の奥に隠れている後衛に魔法が届かない。
だが、近寄りすぎれば遊撃部隊の格好の餌食だ。
グーカたちは姑息にも、効率よく相手の『僧侶』ばかりを狙った。しかも粘らない。数回の攻撃をして、あっという間に離脱だ。相手の『僧侶』が死ぬかどうかは考えていない。
それは時間を掛けすぎたら逆に、自分達が囲まれてピンチだからだが……それで十分でもある。
激しい撃ち合いを始めたと思ったら、支える『僧侶』が別のことに手をとられた。それは死亡宣告に近い。
不利を悟った相手の『魔法使い』が壁の外――飽和攻撃されている範囲から逃げ出すが……それも良い手ではなかった。
いくら一撃や二撃では死なないからといって、『魔法使い』が壁役の影から出るべきではない。そんなのは単なる的になるだけだ。
最初に注意を惹き付ける役目の終わったリンクス達が、次々と止めを刺していく。
ただ、それも俺達の本意ではない。奴らにはもう一つの逃げ道を選んで欲しかった。
多少は学んだのか、すぐにもっと安全な逃げ道――後方へと下がっていく。こちらとしては追い払えれば十分だ。何人か殺れたのは余禄に過ぎない。
『モホーク』の狙いは悪くなかったが、やるなら全力で……全員で一致団結してやるべきだった。さすがに片手間の思いつきのような攻撃を通すほど甘くはない。
しばらく戦術面はこれで良いか? 安心して任せられそうだ。俺は長期的戦略を練るべきだろう。




