イベント――11
「なんの御用ですの、タケル様?」
通信拒絶もありえると思ったが、意外にもすぐ応答があった。
ただ、個別メッセージ用のスクリーンに映るリリーは、静かに怒り狂っているようだ。見たこともない笑顔で……それでいて、とても怖い。
「釈明を聞きたい。いきなり攻撃なんて、どういうつもりだ?」
「それはこちらの台詞ではありませんか! いったい、どういうおつもりなんです! あのような輩と共謀して……卑怯ですわ!」
また、おかしな食い違いだ。
どうやらリリーは、自分達こそ『RSS』と『モホーク』に攻められたと主張するつもりらしい。どういうことだ?
「……こちらは、お前らに対する行動を一切していない。というより、お前らが先に攻めてきたんだろうが!」
「しらばっくれるおつもりですか! とにかく、私共『不落の砦』は、正式に『RSS騎士団』様へ、攻撃の非を抗議いたします!」
どういう腹なんだ?
『RSS』と『モホーク』で共謀して『不落』を攻撃。そんな事実はなかった。そもそもログイン可能なメンバーは、全員を演習に召集している。
こんな嘘が通じる相手とも思われていないだろう。
しかし、そんな事実もない。
これは何かリリーの企んだ陰謀の一部なのか? そうだとしても、意図が読みきれなかった。なにより『不落』側のメリットが判らない。
……また、違和感も覚える。考える時間が欲しい。だが、いまは行動の場面だ。
「よし、お互いの見解の相違は、後日に調査だ。先に『モホーク』を潰すのを手伝え。提案を受け入れれば……その後の条件にも色を付けてやる」
「お仲間割れした挙句に、私共に共闘のご要請ですか! それに共闘を持ちかけるのでしたら、まずは私共に向けている兵をお引きになるべきです!」
珍しく感情的になったリリーが、噛み付き返してきた。
しかし、兵を引く?
そう思って『不落』のいる辺りを良く見てみれば、すぐ近くで第一小隊が頑張っていた。
……まだ粘っていたのかよ。
いや、この言い方はフェアじゃない。紆余曲折あったが第一小隊は、正式に遊撃を命令されたのだ。それが俺に都合が悪かろうと、仲間の頑張りを否定は良くなかった。
また、第一小隊は『不落』と『モホーク』の双方から、小突かれながら逃げ惑っていただけなのだろうが……それは絶妙に苛々させたのかもしれない。
ある意味、遊撃部隊としては百点満点だ。
「我々は攻撃されたから、対応しているに過ぎない」
「それは私共の台詞です!」
「……見解の相違については、後日と提案したはずだ。それとも、この場で水掛け論を続けるか? それが『不落』の総意なのか?」
この期に及んでは、どちらが口火を切ったのかは重要ではない。そんなのは戦後に役立てれば良いし、いまは力のゲームを勝ち残らねばならない局面だ。
予想通りにリリーは、噛み付き返してこなかった。考え込んでいる。
そうでなくてはリリーを選んだ甲斐がないというものだ。リリーが――『不落』が何を怒っているのか理解できなかったが、それを論じる段階ではない。
「……一応、ご条件というのを伺っても?」
「そちらの降伏、および敗北宣言。そうだな、賠償金として……ギルドホール一区画だ。どれにするかは選ばせてやる。正式な停戦合意もつけやるぞ?」
正式な停戦合意とは、停戦後に『的に掛けない』という意味だ。『RSS騎士団』が相手であれば、その条件にも重みはあるだろう。
「ご提案は……お受けしかねますわ。一つだけ『お互いの見解の相違を後日に調査』。それだけはお受けいたします」
「……意外だな。これでも多少は緩めているんだぞ?」
ちょっと理解できなかった。
ギルドホール一区画……それを賠償に差し出すのは、言葉のインパクトよりは小さな損害で済む。『不落』の入手値段は、金貨で十万枚と十五万枚だ。同額の賠償金で話は収まりそうもない。
それとも……勝てるつもりなのか? いや、勝つのは無理だとしても、決定的な格付けをされない程度までは粘るのか?
「ご厚意には感謝いたします。その証に、ご忠告を一つ。タケル様……足元を見られて靡く女など、この世にいませんのよ?」
そういって、リリーは静かに微笑む。
腹が据わった態度だったし、油断したら魅入られてしまいそうだ。
……誇りの問題だろうか? だが、それだけではないとも感じる。なにか隠しているのか?
気がつけば視界の隅でカイが、俺の注意を惹こうと頑張っていた。……一瞬たりとも隙を見せたくない相手だというのに!
「何かご報告が上がってきたのなら、お聞きになったほうがよろしいですわ」
顔に出たか? リリーに指摘されてしまったし、実に楽しそうにしてやがる。これは……なにかあるな。
「とにかく、条件は伝えた。気が変わったら、すぐに連絡しろ」
「いえいえ……ご丁寧なお心遣いに、感謝いたしますわ。……またのご連絡を、心よりお待ちします」
その楽しそうな言葉を聞きながら、個別メッセージを終わらせた。……次に相手へ連絡を取るのは、困った方という訳か。
くそ、女悪魔め! スタンドにいるカエデを見つめながら、心を落ち着ける。やはり、とても可愛い! よし、俺は誰も裏切らないで済んだはずだぞ!
しかし、なんだって『不落』は頑張ってんだ? 意地の問題なのか? 着地点を用意してやろうとしたのに、酷い扱いだ。
それに計画も考え直さなきゃいけない。短期決戦には、最上の選択肢だったのに。
「なんだ? グーカの出撃か? 自由裁量で良いって言ったはずだぞ?」
「いえ、そうじゃありません。緊急事態です。それにグーカは出撃したところです」
陣形の近くを見てみれば、『モホーク』が壁の近くに人を集めていた。装備から見て、その主体は『魔法使い』だろう。
俺達の集中攻撃を真似るつもりか? わざわざ壁の近くまで寄ってきているということは、陣形の内側を狙うつもりだろう。確かに何とかする必要がある。
「あっちです、隊長!」
別の方を指し示される。そりゃそうだろう。この程度のことで大事な交渉を止められたら、堪ったもんじゃない。
だが、その指差す先を――戦争用区画の境界線の辺りを見て、すぐに理解できた。これは一大事だ! それに大ボーンヘッドをやらかしている! 見落としていたのは、これか!
「援軍……ですかね?」
珍しくカイが、そんな見当はずれのこと言う。
言いながら差し出してきた眼鏡を、首を振って断る。たぶん『長視界』のスキルを入れてあるはずだが、それに頼らなくとも判別できた。
「そんな訳ないだろ。援軍は援軍でも、あれはうちのじゃない」
どうしよう? 全ての計画はご破算だ。急いで戦術と戦略を練り直す必要が……。
そう思ったところで、戦場に『大声』が響き渡った。
「我ら『聖喪女修道院』、盟約により参上! 我らが盟友『不落の砦』に仇なす者は、我らにとっても敵である! 覚悟なされよ!」
やや堅苦しい口上が――宣戦布告が発せられる。
「……悪いねタケルちゃん達、そういうことだ! 『戦さ場の仇は、日常には持ち込まない。また、日常での義理人情も、戦さ場では無きものと思うべし』ってやつだよ!」
俺が見落としていたのは、『聖喪女修道院』の参戦だった。




