イベント――10
二人は戦争用区画を囲むように建っている家々の屋根に、急ごしらえの実況放送席を作り陣取っていた。
あちこちにカメラを担いだ奴が何人もいるから、報道用の素材を撮影しているのか?
まあ、亜梨子は理解できた。
『大声』で実況というセンスは疑ってしまうが、『北東西南社』の奴らはマスコミ活動が目的だ。取材撮影ぐらいはするだろう。
ニュース性は十分にある。
『モホーク』の評価は分かれるところだろうが、『RSS騎士団』と『不落の砦』の直接対決だ。この世界でナンバーワンとナンバーツーのタカ派ギルドの対決……それは頂上決戦に他ならなかったし、経過や結末は万人が知りたいだろう。
なんだって解説が必要なのか、どうしてリルフィーなのかは疑問だが……まあ、それも百歩譲って認める。形式に囚われた『北東西南社』の奴らが、そう考えたに過ぎないのだから。
しかし、家々の屋根によじ登っているのは亜梨子とリルフィー、それに撮影スタッフだけではない。
気がついてみれば野次馬なことに、多くの一般プレイヤー達に見物されていた。
家々の屋根が、まるでスタンド席のようだと思っていたが……完全にその用途に使われている。専用にあつらえたかのようだ。
……スタンド席で撮影している奴らのうち、大部分は『北東西南社』ではないかもしれない。おそらく、新しく結成される戦争チームの運営陣で――その偵察だろう。
それも理解できた。俺でも当事者でなければ、即座に偵察部隊を送り込む。
俺達がいま見せているのは……非常に貴重な、このゲームシステムでの戦争実演と言えるからだ。
壁を作って陣形を築く……それだけですら、一度でも実物を見れば認識は変わる。『ツーハンドシールド』による壁などは、初見だと絶望的な堅さに見えるだろう。
『魔法使い』による集中攻撃だって……知らない奴なら、心がへし折れるほどの脅威を与えるはずだ。
本格的に戦争に取り組むチームや戦争参加を検討しているプレイヤー達には、またとない貴重な情報になる。おそらく、目を皿のようにして観察しているはずだ。
だが、そのような……いわば間接的にでも利害関係のある者だけではなかった。
完全に野次馬としか思えない奴もいる。というか、そちらの方が遥かに多い。スポーツ観戦気分なのか、ポップコーンと飲み物片手だ。……良く見れば目端の利く奴が、ポップコーンを売り歩いてやがる。
この様子では、裏でトトカルチョぐらいは始めているに違いない。
……こうなるのか。『教授』が指摘していたことが、初めて正しく理解できた。
実は『セクロスのできるVRMMO』のように街の中、それも最初の街に戦争用区画を設置するのは非常に珍しい。
別マップとしたり、街から離れた場所に設定するのが普通だ。
これは単純に技術的制約が理由の場合もあるし、事故対策をも兼ねている。
事故は簡単に想像できると思う。例えば、いまこの瞬間、何も知らない初心者が戦場に迷い込んでしまったら……その者は理解する間もなく、即座に殺されるだろう。
戦争の最中に迷い込む方が悪いのだが、それを初心者に理解しろというのは酷だ。戦争を隔離するのも納得できる。
だが、このゲームのデザイナーは、そのリスクを負ってでも……敢えて街中、それも最初の街に戦場を作ったらしい。
かなり意欲的で、野心的ですらある。そう『教授』は分析していた。
MMOが軌道に乗ったり、長い歴史を持つようになると、プレイヤー間の断絶が起きる。
戦争などは、その最たる原因だ。
初心者では絶対に辿り着けない戦場、関係者しか知らない開催日時、自発的に見学へ行かねば理解できないセオリー……遅かれ早かれ初心者お断り、どころか認知すらされなくなる。
戦争をするプレイヤーと全く知らないプレイヤーでは、やることも考えることも異なっていき、最終的には接点すら無くなっていく。プレイヤー間の断絶だ。
その反省を踏まえたのが街中の戦場……らしい。
しかし、全てのプレイヤーに身近で接しやすいコンセプトの戦場とは、こういうことになる。
「『RSS』負けろー! お前らのせいで……お前らのせいで、俺はミキちゃんと――」
「ふざけんな、突っ込めモヒカン! お前らに金貨百枚も賭けてんだぞ!」
「やっぱり『RSS』は強いな。実戦経験が違う」
「うひょー! リリーたん、可愛い! 可愛い、リリーたん!」
「……俺は秋桜さんの方が――」
「黙れ、脂肪マニアが!」
などと無責任な野次馬達は、好き勝手なことを叫んでいた。
完全にお祭り気分のようだ。すでに大勢が集まっているのに、まだまだ増える気配すらある。ゲームデザイナー的には大成功なんだろう。だが――
こちとら見世物でやってんじゃねえんだ! 遊びじゃないんだぞ!
そう叫びたい気持ちで一杯になった。
MMOプレイヤーなんて野次馬根性が強いものだが、少しはしゃぎ過ぎだろう。身近な戦場なんてコンセプトは、戦う側からすれば性質の悪い冗談にしか――
「タケルゥ! がんばってぇー! みんな負けるなー!」
という声援が聞こえた! カエデの声だ! 間違いない、この俺が聞き間違えるはずもない!
声がした方を見てみれば、笑顔で手まで振ってくれていた! もちろん、俺へに決まっている!
喧嘩なんてしてたら、カエデは怒りだしそうなものだが……この戦いをスポーツや競技の類と認識しているのか?
とにかく、素晴らしい! 最高だ! 身近な戦場……良いじゃないか! このゲームのデザイナーは天才だな!
「どうしたんです? だらしのない顔をして?」
カイの冷静なツッコミで、現実に引き戻される。
……それで危うく手を振り替えしそうになったのを、思いとどまれたのだから……言い返すのは我慢しておいた。
「戦場は中央に広く散開した形の『モホーク』。守りの陣形を敷いた『RSS』。『不落』は……中央辺り、戦争用区画の境界線を背に、一旦は守りの陣形を取るつもりでしょうか? どう思います、解説のリルフィーさん?」
「そうですねぇ……てっきり『RSS』が『モホーク』へ反撃と思ったんですが、やらないようです。なにかアクシデントかな? 『モホーク』ですが……こちらは集結が上手くいってないですね。散開しているのは良くないです。『不落』の方ですが――」
亜梨子とリルフィーによる実況と解説も好調のようだった。……意外とリルフィーの奴が、きちんと解説できることに驚きだ。
「いや、状況の変化を考え直してた」
そうカイには誤魔化しておく。
これは本当でもある。期せずして戦場は公開されたものとなっているが……計画を変更するべきか?
いや、特に問題はない。これで情報操作は効かなくなってしまったが……どのみち打てる手は少ないし、勝てば良いだけだ。結局はそれに尽きる。
それに隠すほどの戦術や手腕もない。俺が知っているのは基本的なことばかりだ。このまま全力でいくしかないだろう。むしろ『RSS騎士団』の実力アピールの場と、割り切ったほうが良いかもしれない。
「計画変更を?」
「いや、予定通り進める。少しの間、指揮を頼む」
そう答えながら、個別メッセージをするべくインカムを操作する。
……交渉相手は秋桜より、リリーの方がマシか。秋桜じゃ話し合いに持ち込むのに時間が掛かりすぎる。




