イベント――9
「タケル君! 総大将が、なに暢気に油売っているの! さっさっと自分の持ち場に――」
なおもヤマモトさんはカンカンだったが……俺も言うべきことを思い出した。
「あの……ヤマモトさん……非常に頼みづらいんですけど……戦死したメンバー全員を集結させて、再合流の用意をしてださい。リスタートが済んだらすぐにです。その時点で連絡くれれば、どこへ攻撃してもらうか考えます」
残念ながら、一度死亡した程度ではリタイアとはならない。それは誰もがそうだ。これこそが、単純な遭遇戦とまるで違う事情だろう。
ギルド対ギルドの抗争で本格的に戦端を開いてしまえば、生半可な理由では終結しない。場合によっては、この場で相手のギルドが壊滅するまで……もしくは自分のギルドが立ち直れなくなるまで続く。
現に序盤の乱戦で死亡した者は、戦場に戻っている。戦闘能力や戦況の問題で戻れない者も、戦争用区画の隅で機会を伺っているだろう。
これは三つのギルド全てで同じだ。『RSS騎士団』メンバーの不屈の闘志は心強いが……敵方の『モホーク』や『不落の砦』のしつこさには辟易してしまう。
それに、こんな風に死んでも戦線復帰なんて続ければ、連続死亡もありえた。
一度や二度の死亡ペナルティなら耐え切れる。しかし、数回の死亡ペナルティが積み重なったら? 十数回の死亡ペナルティが累積したら?
このゲームの死亡ペナルティはある意味で残酷だ。解消するのには、金貨か経験点でも良い。要求分を支払えば、その場で死亡ペナルティは終了する。
しかし、それは払いきれるだけ所持している場合だ。十数回の死亡ペナルティを累積させてしまったら、払えきれる者などいない。
払いきれなければ……今後、稼いだ金貨や経験点は、全て死亡ペナルティ解消に充てるしかなかった。もしくは、月単位での不都合を我慢し続けるか。
どちらにせよ月単位、下手したら半年や一年はレベルアップすらしない。
レベルアップの不可は、細々とある死亡ペナルティの中でも地味に強烈だ。累積させてしまった時は、その制限の重さに呻く羽目になる。誰もが、何も実らない努力を続けられやしない。
連続死亡の危険がある抗争なんて、どこかで必ず限界が来て……心が折れる。こんな潰しあいを永遠にはできない。
払いきれない、いや、払うのが馬鹿ばかしいほどの死亡ペナルティを背負ってしまった。ギルドの勝利どころか、ゲーム継続にすら絶望を感じる。事実上の引退状態だし、真剣に引退も考えているところだ。
そこまでいかなくとも……もはやギルドの勝利の為に犠牲を払えない。払いたくない。残念だがギルド脱退してでも、参戦は回避させてもらう。
そんな風に仲間が脱落していく。
それがこの場でのギルド壊滅という言葉の意味だ。脱落者が戦況を悪くしていき、さらなる脱落者を呼ぶ。最悪、ギルドメンバーのほとんどが引退か脱退という結果も、十分にありえる。
俺達『RSS騎士団』だって同じだ。程度問題はあるだろうが、どこかで必ず心が折れてしまうだろう。
ギルド間抗争なんて、どこのギルドにとっても大博打で益も少ない。
しかし、引くわけにもいかなかった。少なくとも相手に負けて――格付けされての撤退は選べない。
連続死亡が隠し持つ危険を無視してでも、全メンバーを鼓舞し続ける必要があった。少なくとも、相手が覚悟を見せているうちは。
「へっ? あっ……うん。そ、そうだね、了解したよ!」
さすがにヤマモトさんは吃驚していたが、すぐに立ち直った。
……もしかしたらヤマモトさんを驚かせたのは、初めてかもしれない。
たまたま死体となって近くにいた副団長直属部隊のメンバーが、ゲラゲラと大声で笑い出した。きついことを言ったはずなのだが、とても楽しそうだ。
「さすがに我らが参謀長は甘くないな」
「いいんじゃない? 俺達は下手だからなぁ……」
そんな風に自分達を卑下するが、それは仕方のないことだ。
副団長直属部隊のメンバーはその性質上、社会人プレイヤーが多い。つまり、ログイン時間が短いのだ。
ログイン時間が短ければレベリングの時間も少なくなる。レベルは低いままだ。レベルが低くなれば、どうしてもテクニックを身に着けるのは難しい。
結果、下手だとか、弱いと評価されることがある。
べつに俺は、それを気にしたことはなかった。強いから仲間になっているわけじゃない。同じ気持ちを共有しているから、同じ言葉で話ができるから……俺達は仲間だ。そう思っていた。
それで副団長直属部隊のメンバーに、何かと甘い判断をしてしまったりもしていたが……しかし、それは俺の大きな勘違いだった。
この人たちも俺の仲間で……同じように仲間の為に身体を張れる。
死亡ペナルティが一番重く圧し掛かるメンバーだから、なるべく安全な場所にだとか……そんなのは余計な気遣いにしかならない。
「まあ、適所適材だろ? タケル大尉は一生懸命に作戦を考える。俺達は力の限り剣を振る」
「俺達の剣は下手糞だけどな! なんだよ、あの時の攻撃! 地面を斬っても意味ないぜ?」
「ほ、ほっとけ! それでもタケル大尉は、役に立つよう考えてくれんだよ!」
「そういうことにしとくか。それじゃ、タケル君。また戻ってくるぜ」
二人はそんな軽口を言いながら、光に包まれて消えた。戦争区画専用の、リスタートまでの待機場所へ送られたのだ。
「……それじゃ、ヤマモトさん、再集結をお願いします」
「了解! うん、人使いが荒くなってきたね。それで良いんだよ!」
そう言いながら、ヤマモトさんも光に包まれて消えた。
褒められているんだか、貶されているんだか解らなかったが、ヤマモトさんらしい言葉だ。
ただ、ヤマモトさんには再集結をお願いはしたが、その戦力が絶対必要とまでは考えてなかった。おそらく、ヤマモトさん達が戦場に戻る頃には決着する。
三つの勢力のうち、『モホーク』が最も結束が悪い。
奴らは『ありとあらゆる自由を肯定する集まり』という看板を掲げ、完全な悪プレイを目的とする。それはそれで理解できなくもないが……戦争の為に一致団結などというのに、最も向かない集団だろう。ここまで戦意が維持できているのが、驚きですらある。
……モヒカンの奴は優れたリーダーなのだろうか?
とにかく、もう少し揺さぶって、戦況を決定的にしてしまえば勝手に崩れるはずだ。
その後、『不落の砦』を処理すれば良い。まずは共闘を持ちかけるが……最終的には何らかのペナルティは負わせる。
予定通りに戦術面で足りない部分を、戦略で埋める――『不落』へのコンタクトを開始しよう。そう思ったところで――
とんでもない『大声』が聞こえてきた。
「凄かったですね、『RSS』による怒涛の攻勢。『魔法使い』による集中攻撃――あれは爆撃とでも言ったほうが正しいですね」
「そうですね、それに合わせた突撃。突撃後、『回復薬』の光が無かったように思えますから、『禁珠』も使っていたと思いますよ」
「そうなんですか? それと一気に『RSS』の陣形も変化しましたね。とにかく守っているという形から、『砦』を背にした綺麗な半円型になっています」
「これは守りの陣形ですね。これを組まれると大変ですよ。いまこの世界に、このレベルの陣形を組めるチームも、崩す陣形を組めるチームも存在しないんじゃないですかね?」
……二人とも知っている声だった。
「あ、ご挨拶が遅れました。高いところから失礼いたします。私、実況はギルド『北東西南社』所属の亜梨子、解説は――」
「無所属、疾風☆リルフィーです。街を歩いていたら捕まりました」
「引き続き、この二名でお送り致します。ご要望にお応えして、ここからは『大声』による実況と解説へ移りましたが……『大声』がご不快なプレイヤーの方は、お手数ですがメニューウィンドウを開いて――」
なおも『大声』を遮断する方法のアナウンスが続く。
……あいつら、何してんだ?




