イベント――8
爆炎の中は酷い有様だった。次々と人が倒れていく。
律儀に持ち場を守ろうする『モホーク』側も、それを倒さんとする副団長の隊もだ。逃げ出す奴もいる分、『モホーク』の方が被害は小さいか?
MMOでは、そう簡単にプレイヤーは死なない。
死ぬのは幾つもの不運やミス、無理を重ねたから。初心者ならともかく、ある程度のセオリーを理解し、最低限の強さを確保すればそうなる。
だが、目の前で起きているのは、そんな常識と異なる姿だ。
しかし、もう一つのMMOの姿でもある。
対人戦、それも集団対集団であれば、あっけないほど簡単に人が死ぬ。それはシステムの問題ではない。どんなルールだろうと、誰かが方法論を考える。
俺は死もMMOの一部だし、ゲームを形作るのに必要な要素とすら思っているが……目の前で死なれて何も感じないわけじゃない。心は冷える。
そりゃ、いま敵対している『モホーク』の奴らが死ねば、「ざまあみろ」とは思う。それは俺の性格が悪いからだろうが……だが、そうであっても……プレイヤーの死は悲しかった。
死亡といっても、これで今生の別れであるとか、二度と会えないなんてことじゃない。すべて取り返しのつく損失ではある。
だが、死亡ペナルティを贖うのが、どの手段であろうと……数時間、場合によっては十数時間は掛かるはずだ。死亡で失ったものを取り戻すのには。
それは決して楽しい作業ではない。
結局、MMOでの死亡は過去の時間を失う、または将来の時間を失うことで――
ただ、この一瞬の優勢のために、数時間を掛けてくれた。
それがヤマモトさん達が支払ってくれた犠牲といえる。
「み、みんな頑張って支えて! いや、頑張りすぎちゃ駄目なんだ! その……とにかく、絶対に盾役の人を殺さないで! それだけは絶対に! それをしながら……余裕があったら、副団長のところの人を支えるんだ! いや、それは頑張りすぎちゃ駄目だよ! でも――」
後方からハチの奴が、支離滅裂な指示を出しているのが聞こえる。
注意するべきなのか迷ったが……そのまま放置することに決めた。なに言っているんだが判らないが、気持ちは伝わるだろう。
その近くにいるリンクスたち山猫部隊の話も聞こえた。
「リンクス……あいつ、『僧侶』じゃないか? 赤のモヒカンで……顔に『死』の刺青のある奴……」
「……身体中を羽根で飾っている奴? あいつにするか。各員報告よろしく」
「……あいつか。了解。俺は腹に『見えた』。このまま狙う」
「俺は……『見えない』な。普通に狙う」
「僕は頭に『見えた』。狙って良い?」
「『見えた』奴少ないな。それじゃ狙って。カウントいくよ? いいかい?」
「俺はオッケー」
「待ってまって、どいつ? ……あいつか! オッケー」
『見えた』だとか、『見えない』だとか言っているのは、おそらく『盗賊』のスキル――『急所攻撃』による光のことだろう。タイミングを合わせた同時攻撃、それもスキルによる大ダメージを併用して殺す狙いだ。
リンクスのカウントを聞きながら、俺もターゲットらしき相手を探してみる。
『長視界』のスキルが無い俺には難しかったが……魔法攻撃を食らわないで済むギリギリの辺りに、件の赤いモヒカンを発見できた。ど派手な羽根飾りもあるから間違いないと思う。それに――
リンクス達の放った矢がほとんど同時に刺さり、そいつは糸が切れた人形の様にばったりとひっくり返った。狙撃成功だ。その周囲にいた『モホーク』の奴らは、慌てて身を低くしている。
……『僧侶』の癖に、壁役も伴わないで前に出るのが悪い。
それに予定通り、なんとか『僧侶』狙いも、倒すのにも成功してくれているようだ。
これで相手にプレッシャーを掛けられるし、『魔法使い』を狙撃のヘルプにも回さないで済む。なんといっても、このシステムでは弓やクロスボウでの狙撃の方が強い。
前の方ではシドウさんが、壁をジリジリと押し広げていた。
やはり、さすがだ。集団行動を熟知している。ここまでシステム的な壁作りなんて初めてのはずなのに、すでにコツを理解しはじめていた。
そして中心となる第二小隊も、その指示に見事に応えてるし……ヘルプとして各部隊から参加しているメンバーのフォローもできている。この辺のなんとも言えない、阿吽の呼吸は凄い。情報部とはまた種類の違ったチームワークの良さだと思う。
さらに呼応するようにサトウさんが、次々と第二列を送り込み始めていた。
これで相手は壁に取り付くだけで、より大きな犠牲を強いられるようになる。
そしてそれがまた、壁を押し広げる圧力へと変わり、また第二列のスペースが確保され、その第二列の攻撃が圧力へ変わり――
作戦は回転し始めていた。陣形は完成しつつある。
だが、代償にヤマモトさん達は力尽きつあった。
ヤマモトさん達と壁に取り付いていた『モホーク』の奴らの死亡率は、二対一程度か。こちらが二人死ぬ間に相手を一人殺すでは、差引勘定で負けにも思えるが……殺した倍以上の敵を追い払ってくれていた。
これは大戦果といえる。脅威を与えるのだけですら、幾つもの積み重ねが必要なのに……倍の人数を後退させるのは、並みの方法ではできない。
『モホーク』は一旦ひき下がり、攻撃の仕切り直しを選択か?
ただ、連携や意思統一が取れてなく、いまいち意図が読み取れない。それはつけ込む隙にもなるが、撤退して欲しいときにも遅いのは不都合にも感じる。
選択できるのなら、ここで陣形を変更して攻勢に……総大将のモヒカンがいる本陣へ逆襲するべきだろう。
だが、その技術が無い。下手をしたら振り出しに戻る……相手が好む乱戦に引き戻されてしまうだけだ。それだけは上手くない。
攻撃は予定通り、戦術ではなくて戦略でした方が良いはずだ。
陣形は完成しつつあるし、ここからはヤマモトさん達の――まだ生き残っているメンバーの収容を狙おう。難しいが、最大の功労者だ。報いるべく、少しでも犠牲を小さく――そう思ったところで、仰天する号令が聞こえてきた。
「よし、後はタケル君たちに任せて、僕らは突撃! 一人でも多くの敵を道連れにしなさい!」
なんと、ヤマモトさんだ。
ヤマモトさんが壁のすぐ内側に横たわり、最後の命令を出していた。身体からは光の粒が立ち上っていたから……すでに死亡している。
そしてその命令を受け、副団長直属部隊の生き残りも、滅茶苦茶に剣を振りながらの無謀な突撃を開始したり――
「ただじゃ死なんぞ! お前達も道連れだ!」
なんて叫びながら、まだ残っていた『モホーク』達に抱きついたりしだす。
戦術目的でいうと、相手の殺害か逃亡を図らせるだから、抱きついてまで敵の足止めは間違っている。しかし――
あれをやられたら、敵の心は粉々にへし折れるだろう。味方の俺でも怖い!
「副団長! その……ありがとうございました!」
「タケル君! 僕の死体なんてどうでもいいから! 君は君の任務を続けて!」
思わず副団長のそばに行ってしまったが、逆にヤマモトさんに叱られてしまった。
そんな俺の横で、グーカ隊のメンバーも別のメンバーに叱られている。
「俺の死体とか運ぶ暇は無いだろ? そのままで……邪魔だったら踏めばいいから! すぐに消えるんだから!」
もちろん、文句を言っているのは、引きずられている死体の方だ。
壁役の邪魔となる位置に倒れたメンバーを、移動させているのだが……その当の死体から文句を言われるとは、思ってもみなかっただろう。
「こいつら……半端じゃねぇ……頭のネジが何本も飛んでやがる……」
そんな文句を言うのは、壁役に無残にも踏まれてる『モホーク』の奴らだ。もちろん、すでに死体となっている。
やはり、甘い了見の奴らだ。
MMOでの闘争とは、どこまでいっても犠牲の積み合いに過ぎない。それは個人対個人であろうと、集団対集団であろうと同じだ。
ただ、相手の被害を多くすれば、自分の損害が少なければ……そういう理屈では決着しない。それを勘違いしているから、そんな甘い考えがでたんだろう。
どんなに自分の犠牲の山が高くなろうと……心が折れなければ負けじゃない。
犠牲を僅かにして切り抜けようとも……それで心が折れれば負けだ。
自ら犠牲を受け入れる選択だってある。ベストではないが、必要ならするべきだ。
その覚悟が自分達の意思を強固にし、時には相手の心をへし折る。
とにかく、作戦は成功だ。陣形はできた。だが、負けを無くしただけに過ぎない。
ここから勝ちへ導くのが……俺の仕事か。




