イベント――7
カイが肯いて合図を送ってくる。
それで全員の準備は整った。
ここからが反撃の開始だ。もう作戦の変更はできないし……考えるのは、勝ってからにするしかない。
右手を頭上に挙げ、手刀を切るように前に振る。
「作戦開始。『魔法使い』部隊、始めてくれ」
「攻撃開始、三割キープまで撃ち尽くせ!」
カイが部隊に号令を飛ばす。
それと同時に幾つもの火の玉が、風きり音を立てながら正面の敵へ飛んでいく。
一瞬だけ音が止まったかと思えば――
爆発音が重なって、大音量となって響き渡った!
あまりの音の大きさに耳が痛いくらいだし、爆発の閃光や煙も凄い。
ファンタジーRPGゲームでは定番中の定番、『ファイヤーボール』の魔法だ。狙った場所を中心にして、半径数メートルの範囲に爆発のダメージをばら撒く。
他のクラスが絶対にできない範囲攻撃、複数への同時攻撃……これこそが『魔法使い』の真骨頂だろうし、集団戦では猛威を振るう。
一人の『魔法使い』が使っただけでもど派手だが、集団で使うと……もはや砲撃や爆撃にしか思えなかった。軽い地響きすら起きている。
「撃て、撃て、撃て! 休むな! 三割キープまで休むな!」
カイの叱咤激励が続く。
これで飽和攻撃となって倒せれば楽なのだが……そこまで温くないだろう。
その証拠に爆煙の中では、色取りどりの光が生まれていた。『回復薬』や回復魔法を使った印だ。……まあ、壁に取り付けるような前衛クラスなら凌ぐか。
「いまだよ、光っている辺りに撃ち込んで! 狙わなくてもいい! 当たればラッキーで良いから、とにかく撃ち込んで!」
後ろの方でリンクスの声がした。
打ち合わせには無かったが、正しい判断だ。いまは敵しか外にいないのだから、光っている辺りは敵がいる寸法になる。まあ、敵の確認すら困難だから、勘で撃つことになるが……それこそ、当たればラッキーだろう。
「野郎ども、怯むんじゃねぇ! 奴らは虫の息だ! 最後の足掻きだ!」
「引くな! これに耐えれば勝ちだぞ!」
『モホーク』側の指揮官の怒鳴り声も聞こえてくる。
その読みは正解ともいえるし、間違っているともいえた。俺達が何も考えずに『魔法使い』を息切れさせてしまうのなら、しばらくは魔法の援護無しで戦う羽目になる。その大ピンチは凌げない可能性が高い。
だから『耐える』という選択は間違っていない。が、俺達も相手を侮っていない。きちんと二の矢を用意してある。
カイが俺の方へ振り返り、合図を出してきた。それへ肯き、次の号令を掛ける。
「いまです、副団長! お願いします!」
「もー……こういうときは『突撃せよ!』って言うもんだよ!」
ヤマモトさんに軽く怒られてしまった。
だが、その間も壁を一時的に空けた隙間から、すばやく副団長直属部隊が飛び出している。
この瞬間が一番危険だ。万が一にも、逆に壁の中へ入られてはいけない。そこから総崩れだってありえる。そのため、人ひとりがようやく通れる程度の隙間から突撃だ。
飛び出て数歩も掛からずに敵前であったし、後続があるのかも判らない。開けた隙間が狙われれば、閉めるしかないからだ。
突撃してはみたものの、不幸にしていきなり孤立、しかも取り囲まれて……ほとんど何もできずに死亡するパターンもあった。
しかし、無駄死にではない。それすら作戦全体としては礎となった。
そんな風に最前線で戦力の偏りが発生すれば、突撃しやすい隙も多くなる。それに一定数を送り込んでしまえば、もう相手に隙間を攻撃する余裕は無い。
「お、お頭! 奴ら攻めて来やしたぜ!」
「反撃しろ! これなら奴らは、魔法を撃ち込めねぇ! 押し返せ! 逆に壁で挟んで潰すんだ!」
またも、向こう側の怒鳴り声が聞こえる。
『モホーク』は受けて立つようだ。それも手ではあるし、意外にも相手の士気が高い。感心してしまうほどだ。
「それじゃ……僕も行ってくるよ」
そういって、しんがりのヤマモトさんも飛び出していくが……「これから出勤だよ」と言われたかのようだ。なんというか……戦場にあるまじき日常感をかもし出していた。
「よし、みんな、道を作るよ!」
無事に壁の外へ出たヤマモトさんの号令――やはり、「今日も一日がんばろう!」程度のドスしか効いてない――を受け、数名が『回復薬禁止』の『禁珠』を握りつぶす。
俺のいる場所まで効果は及んでいないが、使用者を中心に半径数メートルで『回復薬』が使えなくなる。
範囲内にいるのは張本人である副団長の直属部隊、正面側の壁役、そして――壁に取り付いていた『モホーク』の奴らだ。
「お、お頭! 『回復薬』が……『回復薬』が使えなくなりましたぜ!」
「さ、下がりるんだ、使った奴から離れろ! でないと――」
「下がるんじゃねぇ! 下がっても前に出てくるだけだろうが! 誰か何とか……適当な『禁珠』を被せて――」
「『禁珠』なんて持ち歩いてないっすよ!」
「あー……使った奴だ! 使った奴を殺せ! そうすれば効果が――」
「こいつら……全員が似たような鎧で……誰が誰だか……」
などと大混乱に陥っている。
気持ちは解らないでもない。戦場で『回復薬禁止』の『禁珠』なんて使われたら、死の予告にしか思えないだろう。また、まるで想定していなかったようで、その心理効果は絶大になったようだ。
俺達と奴らの経験値の差、そして覚悟の差がでている。
そして、その大きなチャンスを、ヤマモトさんは見逃さなかった。
「突撃! 敵は浮き足立っている! 刈り取れ!」
それで副団長直属部隊は前進を始めたが……その掛け声と言うか……景気づけの怒声というのが――
「うおーっ! もうサビ残は嫌だぁ!」
「米を洗剤で洗うな! 調味料は量れ!」
「小遣い一日百円ってなんだ! 俺は大黒柱だぞ!」
……少し悲しい気持ちになってきた。
副団長を含め、副団長直属部隊のメンバーは複雑な人生事情を抱えている。色々と鬱屈してたんだなぁ。
だが、浸っている暇は無かった。俺には重要な役目がある。再び片手を掲げ、前へと振り下ろす。
「……『魔法使い』部隊、再攻撃開始。目標、壁正面側、撃て!」
これは俺が考案した作戦だ。感傷に過ぎないが……攻撃命令は俺が下すべきだと思う。
「撃て! 力の限り撃て! MPが尽きるまで撃ち尽くせ!」
カイの叱咤激励も加わり、再び爆撃のような攻撃が始まる。
しかし、最初の時とはまるで違う結果となった。
それまでも敵味方がバタバタと倒れ、怖気づいた『モホーク』の奴らが逃げ出す……MMOでは、ほぼあり得ない光景だったのが、魔法の追撃で加速される!
「お、お頭……あ、あいつら……味方ごと焼き払ってます! か、考えられねぇ……」
「く、狂ってんのか?」
「も、もう駄目だ、お頭、いったん引きやしょう!」
『モホーク』の奴らは完全な恐慌状態に落ちいていた。
こいつらは士気こそ高いが、それだけだ。勝つための目的意識に欠けている。俺達には及ばない。
このまま作戦を続行して……きっちり息の根を止めてしまおう。




