イベント――6
「この戦術で負けはないでしょう。次に戦略ですが、『不落』に共闘を持ちかけます」
「……それは無理なのでは? あいつらから攻めてきたんですよ?」
カイが当然の疑問を口にする。
「いや、持ち掛ければ高確率で受け入れるはずだ。理由は判らないが、なぜか『不落』と『モホーク』はお互いを攻撃しあっている。この戦場は『RSS』対『不落』対『モホーク』の……三つ巴の図式に変化してんだよ」
俺の指摘で全員が戦場を眺め「おおっ……」だとか「確かに」などと納得の呟きを漏らす。
「でも、それは相手が受け入れる理由になってませんよ?」
なおもカイは食い下がってくる。まあ、それぐらいの方が心強い。
「いや、『不落』の立場で考えてみろ。あいつらは戦力比一対四の、絶望的に不利な状況だ。そこで奴らが取れる選択肢は四つ。なんとか単独で勝利をもぎ取る――これは実現不可能だろうな。『モホーク』との協力関係を取り戻す。俺達と手を組む。諦めて撤退。その内、最も希望が持てるのはうちとの共闘だろうよ」
「相手が受け入れれば……うちと『不落』対『モホーク』で戦力比は三対二。これはうちにとっても有利になりますね。『不落』と『モホーク』が再協力の可能性は考慮しないで良いんですか?」
「それは考えても無駄だな。その場合はシンプルに……単独で全てを打ち破る。あと、『モホーク』との共闘は検討しない。少なくとも俺は、あいつらと何か約束する気はないぜ? 時間の無駄だ」
カイは納得して頷いている。
俺は冷静に物事を考えられているようだ。俺が色々なことに惑わされているのなら、カイの文句は止まらないだろう。
「それで……仮に『不落』さん達と共闘して、『モホーク』君達をやっつけたら……その後はどうするんだい?」
真剣な顔でヤマモトさんが訊ねてきた。
「そこまでいけば簡単です。その場合、戦力比は二対一になります。相手から降伏――停戦では駄目です。相手が負けを認め、一定の謝罪……そうですね、こちらが納得できる形の……賠償金なんかが条件にある降伏は、受け入れても良いですが……そうでなければ潰します」
やや、感情が漏れてしまったかもしれない。それは怒りだ。
実力行使を選べば、このような結末しかない。なんで秋桜やリリーはこんな選択をしたんだ?
もはやどちらかの破滅すら視野に入る。俺達だって惨めに負けるかもしれない。最悪の場合はギルド解散、メンバーの引退までありえた。
「うーん? 一つ謎なんだが……『不落』は共闘を受けないんじゃないか? あっちには何もメリットがないだろう?」
シドウさんが首を捻りながら言う。
「いや、それは違うよ、シドウ。『不落』にとっては、まず『モホーク』との戦いを戦力比で三対二、次にうちとを一対二に持ち込むのは……いまよりは、ずっとマシだからね。そりゃ渋々の決断だろうけど、それができないような指導者なら……タケル君が言ったように、『不落』と『モホーク』を同時に相手にしても打ち破れるはずだよ」
サトウさんの読みは、俺と全く同じだった。
俺の見立てだと、『不落』はすでに詰んでいる。もう、負け方を検討する段階だ。
いますぐ撤退して、これ以上の被害を出さずに負けを認める。『RSS騎士団』に負ける。『モホーク』に負ける。この両者に負ける。この四つから選ぶしかない。
選ぶのなら……どちらかのギルドに負けか、即時撤退のどちらかだろう。意地や面目を保つのなら、即時撤退は選びにくいか?
秋桜とリリーの頭の中が、どこまで煮えてしまっているのか判らないが……冷静になれば俺と同じ結論に至るはずだ。それすらできないほど沸騰しているのなら、もう引導を渡してやった方がいい。
しかし、なんだろう……この言い知れぬ不安は。
何かを見落としている気がする。直感に過ぎないが、何かを……それも幾つも見落としている気がしてならない。
直感には必ず根拠があるそうだ。ただ、無意識レベルで理論が飛躍しすぎてしまっていて、説明できないだけ。論拠となる材料は、すでに頭の中にある。閃きだとか、勘なんてのはそういうものらしい。
逆を言えば、直感的に感じたのなら……考えれば理由に辿り着く。
何を見落としているのか、考える時間が欲しかった。時間さえ掛ければ、必ず判るはずだ。いったい俺は、何を見落としているのだろう?
黙り込んでしまったのは僅かな時間だったが、気がつけば全員が俺を見ていた。「話の続きは?」といった顔をしている。
……考える時間なんてあるはずもない。もう、行動するべき場面だ。
「ここまでに異論が無ければ行動開始です。なにか意見はありませんか?」
だがその言葉に……首脳部一同は困惑していた。
言わなきゃいけない事がある人の、それでいてなんと言おうか悩んでいる顔に思える。
どうしたんだろう? 俺の作戦立案は見当はずれだったのだろうか?
イベントが発表されて、急遽、過去の経験からほじくり返したり、泥縄的に勉強はしてみたが……いまいちだったのだろうか?
「うん、駄目だよ、タケル君。部分々々は納得できるけど、全体で見たら不合格だね」
皆の気持ちを代表するように副団長がいった。
守りの選択が悪かったのだろうか? 攻めの選択なら第一小隊を救えるかもしれないし、何よりも短期決戦が狙える。これは非常に大きい。
そんな俺の疑問に、副団長はすぐに答えてくれた。
「あのね、タケル君。指揮官が真っ先に死んでどうするのさ? そんな作戦は認められません」
「そ、そうですぜ、隊長! 隊長がいなくなったら誰が作戦を考えるんで? その隊長の役はあっしが代わりにやります」
グーカがそんなことを言う。
進んで汚れ役を引き受けるようなところがあるし、尊敬できる点でもあるが……それは困る。グーカがいなくなったら、遊撃の指揮を執れる奴がいなくなってしまう。
それに作戦立案は、カイの方が上手い考えを出せるんじゃないだろうか? カイの奴は何でだか、俺が言うのを待っているようなところがある。
とにかくグーカを説得しようとしたら、先に副団長が呆れて窘めてくれた。
「はぁ……グーカ君……それも良い選択じゃないよ? 君は情報部の――タケル君の片腕でしょ? これからタケル君には勝たせてもらうのに……その片手を封じるようなことしてどうするの?」
「それじゃ、俺のところで――」
「シドウ君の隊には皆を守る役目があるでしょ。君達が居なくなったら、誰が騎士団を守るの? 君達の代わりもいないんだよ? それはサトウ君達だって同じだからね? 彼が一番長物の扱いが上手いし、それに隊のメンバーも影響されて使い手が多いんだから」
いちいち尤もな意見だ。しかし、かといって、別案はあるのだろうか?
「タケル君の隊の役は、僕のところでやります。代わりにタケル君の隊が、二つ目の遊撃部隊ね。あとは、まあ……タケル君の案でいこう」
などと、とんでもないことを言い出した。
「えっ? 総指揮官が最初に特攻とか……そんなの聞いたこと無いですよ!」
「総指揮官はタケル君だよ? 気になるのなら副団長権限で、いま正式に任命してあげる。それに現状、最も惜しくないのは僕のところなんだ」
「えっ? そんな誰が惜しいとか、必要だとか……そんなことは――」
だが、俺の反論を、ヤマモトさんは首を振って止めた。
「タケル君、捨て駒を使うなとは言わない。でも、その時は必要最小限にするべきだし、使った以上は絶対に勝たなきゃ駄目。それが君に求められていることだし、作戦立案の責任とって自分が特攻とか……そんなのは勘違いしているよ」
耳が痛い。勝利こそ至上命題。決して私情には惑わされない。それは曲がりなりにも参謀役なら、常に心に留めておくべきだった。
「あとね……自分で言うのもなんなんだけど……うちの隊の子は下手っぴ揃いだからね。遊撃とか言われても、何をすれば良いのか判らないんだよ」
恥ずかしそうにヤマモトさんは付け加えた。
確かにそうかもしれない。遊撃は必要性を理解しているだけでは駄目だ。
相手の行動から未来を予想、それを防ぐための手段を閃く。そして、なによりも実現するためのテクニックが必要になる。
それを学ぶための場として演習を企画したのだから、ヤマモトさんが恥じることはないのだが……いま必要なのは、この場で実践できるメンバーだ。
「突撃役なら……まあ、なんとかこなせるだろうからね。つまりは……死ぬまで前進すればいいんでしょ? ……できる限りに敵を道連れにして?」
そう言った後、ヤマモトさんはニッコリと笑った。
……勝たねばならない。ヤマモトさんの隊の犠牲を価値あるものにする為にも……もっと多くの犠牲が積み上がっても……絶対に負けは許されない。




