イベント――5
「この場で防衛しましょう。いまから手順を説明します。先に――グーカ、情報部の前衛部隊を三つに分ける。一つは壁になるメンバー――これはすぐに向かわせて。一つは遊撃部隊――これはグーカが指揮。最後のは俺が指揮する――俺のところへ『僧侶』と『魔法使いは』は入れないで良いよ。カイ、リンクス、ハチ! 作戦会議するぞ! 副団長とシドウさんも集まってださい!」
そう言いながらも、イメージアイテムのインカムを操作する。まず第一小隊と連絡を取る必要があった。
「第一小隊! 聞こえるか、第一小隊! 本陣より要請だ! ただちに合流せよ! 繰り返す、ただちに合流せよ!」
「こちらハンバルテウス少尉である! 本陣? それはどこだ? それよりも援軍を要請する! このままだと我々は全滅だ!」
「そんな余剰戦力あるもんか! なに好き勝手にやってんだ! さっさと帰って来い!」
「攻撃されたから、反撃しているだけだ!」
それはそうなのかもしれないが、そんな判断で隊を動かして上手くいくと思っているのか?
「こちらへ合流するなら……もっと近くなら援護のしようもある! なんとかして戻って来い!」
「不可能だ! 救援を要請する!」
少しは考えろ! 戦端を開いてからずっと、反射的に逃げ惑っていただけなのか?
しかし、見殺しにはしたくなかった。
第一小隊は仲間だ。このまま壊滅では惨め過ぎる。計画を変更して救援に向かうか? だが、それには……大きな犠牲が必要となるだろう。
そこで言い争いに副団長が割って入ってきた。
「貴君の勇気ある志願には感服した。そのまま独立遊軍として、敵勢力の撹乱を続けられたし」
「は、はぁ? み、見殺しにするつもりか! 我々は名誉ある第一小隊だぞ!」
「……お黙んなさい。たまにはきちんと責任を取るもんです。ああ、隊の皆さんには、あとでちゃんと謝るんですよ?」
そう言いながら、副団長はメニューウィンドウをなにやら操作している。
「こ、この簾禿げが! 俺はお前らのような裏切r――」
そこまでしかハンバルテウスは言えなかった。
おそらく、副団長は……奴のギルドメッセージ権限を制限――禁止にしてしまったのだ。
ヤマモトさんのことを、少し甘く見ていたかもしれない。ここまで過激な判断ができる人だったとは……。
しかし、多少は非難されて然るべきなんだろうが、それが全く無いのは……ハンバルテウスの普段の言動にも問題があるな。
「さっ! 時間が勿体無いよ、作戦会議を始めて!」
そういってニコニコと笑うヤマモトさん――鎧は返り血がべったりだ――は、奇妙な威厳があった。
「す、すいません、出しゃばった真似を……総指揮は副団長が――」
「そういうの良いから。このままタケル君が指揮しなさい。僕より君の方が上手いだろうしね。……勝たせてくれるんでしょ?」
例の憎めないが人の悪い笑顔で言われる。なんだか、試されている気分だ。
いや、違う。これはヤマモトさんが泥を被ってくれたのか。
確かに第一小隊を見殺しは厳しい判断だ。
しかし、その決断は俺がするべき――少なくとも提案はするべきだった。
壊滅すれば悔しいだろう。死亡ペナルティだって痛い。しかし――
突き詰めればそれだけの話だ。
死亡してもリスタート地点へ戻されるだけ……戦争用の区域だけリスタートまでに待機時間もあるが、それだけで済む。リスタート地点から走ってくれば戦線復帰も可能だ。
犠牲を重く見過ぎて、判断を誤るべきじゃなかった。『RSS騎士団』としての勝利を逃してしまえば、もっと悔しい思いをするはずなんだから。
「とにかく、まず陣形を拡張します。このままでは身動きできません。シドウさん、ヘルプをもう少し回すので、なんとか維持をお願いします」
「人手は助かるが……どうやって広げるんだ? もう壁に取り付かれているんだぞ?」
「敵を追い返すのは、俺の隊でやります。カイ、いま何割キープで回しているんだ?」
「いまは五割キープで。最初に数名の死亡者が……いま戦線復帰を狙わせてます」
カイに訊ねた割合は、『魔法使い』がプールしているMPのことだ。
何も考えずに魔法を撃ちまくれば火力は確保できるが、すぐに息切れをしてしまう。火力は最大の売りではあるが、必要なときに使えませんでは……価値は半減だ。
かといって、チャンスまで待機も良くない。休みなく相手にストレスを与え続ける必要もある。
そこで五割のMPで適当に休みながら撃ち続け、残り五割をチャンスに備えて確保。それが五割キープの意味だ。
「六割使いたい。調整してくれ。まず、壁の正面側に三割程度の集中砲火をかける。それで作った隙に、正面から俺の隊が出撃。すぐに『回復薬禁止』の『禁珠』を使用するぞ。正面担当の壁役が死なないように、『僧侶』はなんとか支えてくれ」
「た、隊長? 壁役の人達と隊長の隊を、回復魔法だけで支えるのは無理ですよ! とうてい追いつきません!」
ハチが反対意見を述べる。それに見積もりは正しいだろう。
戦争では全員が絶え間なく『回復薬』を使っている。流れ弾程度のダメージまで『僧侶』が面倒を見る余裕はない。『僧侶』は戦線を維持するべく、集中攻撃を受けている味方を支えるので手一杯だ。
『回復薬』で凌いでいるのを回復魔法で支える想定なのに、いきなり『回復薬』が封じられたら……敵味方の消耗は急加速される。
「いや、いける。というか、少しでも苦しくなったら俺の隊は見捨てろ。どのみち戻る予定じゃない」
その場に居た全員が軽く息を呑む。
しかし、戦場はすでにお互いの覚悟を見せつける段階になっている。こちらも引くわけにはいかない。
「俺達がラインを押し上げたら、合わせて壁も前進。同時に『魔法使い』は残った三割を叩き込め。俺達ごとになっても構わない。壁は巻き込むなよ? とにかく相手を後退させるか、殺すかするのが最優先だ。スペースが出来次第、サトウさんの隊は予定通り第二列になってください」
盾の壁を並べたら、第二列に長物……槍だとか竿状武器で攻撃させるのは常套手段だ。盾で受けるだけでは脅威は与えられない。
「リンクスは……弓隊の半分を――上手い奴を選出して本来の任務に戻ってくれ。作戦開始と同時に相手側の『僧侶』は忙しくなる。なんとか見極めて、優先的に殺って欲しい」
「あー……了解、隊長。なんとか探し出すよ」
渋々だがリンクスは了承した。
俺も難しい注文とは思ったが、やってもらうしかない。
弓の役割は『魔法使い』と同じく、絶え間ないストレスを相手に与えること。だが、もう一つの活用法がある。それは狙撃だ。
しかし、狙撃といっても現実と同じようにはいかない。例え急所に命中したところで、ただ一撃として扱われるだけだ。
そこでMMOでは複数の射手が、タイミングを合わせて同時に射撃する。
『回復薬』や回復魔法が差し込めないほどの僅かな瞬間で、一気に殺すダメージを叩き込むのだ。おそらく、戦場で最も殺傷力の高い攻撃方法だろう。
また、『僧侶』狙いは鉄則に近い。
『回復薬』と回復魔法で耐えているところで、いきなりヒール魔法が止まれば……タイミングによっては即死に近い。そして最前線で誰かが倒れれば、連鎖的に崩れていく可能性すらあった。
最優先で『僧侶』が守られる理由でもある。
「グーカとヤマモトさん――副団長の隊は遊撃です。グーカ、タイミングは任せる。必要と思ったら自由に出ていい。副団長は……グーカの指示に従ってください」
どんなに強力な陣形を組んでも、ただ守っているだけでは駄目だ。それではいつかは破られる可能性がある。何よりも守っているだけでは、相手が自由に動いてしまう。
そこで攻撃手段として、遊撃を用意する。これは絶対条件だ。
相手が集中攻撃を狙ったら横から邪魔したり、相手の後衛に奇襲したりと撹乱が主目的になる。もちろん、陣形の外で長時間耐えれるはずもないから、目的を果たしたら囲まれる前に戻らねばならない。
臨機応変さと一糸乱れぬチームワークが必要だし、最前線に飛び込める腕の良い後衛も必須だ。また、勝手に消耗されたら大打撃なので、可能な限り死なないことも要求される。
だが、まあグーカなら――情報部の奴らならこなせるだろう。器用貧乏なのは十八番ですらある。
そこで俺は全員の顔を見渡した。……なんだか納得いっていないようだ。
これで負けはなくなるはずなのだが、何が不満なんだろう?
しかし、とりあえず全部のプランを説明してしまうか。




