開幕クソゲー化作戦――1
ぎりぎりプレイヤーネームが確認できそうな距離だったので、頭上に浮かび上がらせてみる。記憶に無い名前だし、ギルドも未加入だ。
いるとは思ったが……開幕『ゴブリンの森』特攻作戦をするつもりなのだろう。
一対一なら一レベルの『戦士』でも『ゴブリン』に勝つ見込みはある。なんとか八匹ほど倒せば二レベルに到達だ。とにかく一対一を狙い続ければ見込みがあるように思えるだろう。
しかし、実際には酷く効率が悪い。
五レベルになるまで死亡ペナルティは無いとはいえ……『ゴブリン』一匹だけと遭遇するまで死に続けるくらいなら、大人しく『あかスライム』狩りでレベルを上げたほうが早いし確実だ。回復薬の手配も考えないで済む。
この作戦を選ぶプレイヤーを排除しておきたかったので、事前に情報をリークしておいたのだが……こいつは掲示板を見なかったか、無視して突撃しにきたのだろう。
ちょうど良いので前方の男の後をつけて行く。万が一、『ゴブリン』が出現するようなら……目の前の男がやられている間に、どうするか考えることにしよう。
だが、予想通りに『ゴブリン』出現以外の出来事が起きた。
「止まれ! この森は貸切だ。街へ戻らないのなら命の保証が無いぞ」
という森の方からの物騒な声が、目の前の男を止めたのだ。
「はぁ? 貸切? お前、なに馬鹿なこと言ってんの? そんなことできる訳ないだろ?」
男は馬鹿にしたような返事をするが……できるんだよ、それが。
「警告はしたんだからな?」
という声と共に何本もの矢が飛来し、男に突き刺さる。悲鳴をあげる間もなく、血飛沫を撒き散らしながら男は倒れた。命中した本数からいって、確実にオーバーキルだ。
……矢だってタダではないのだから、無駄使いを厳しく咎めるべきだろうか?
とにかく、男のお陰で進むべき方向が判った。森に隠れている射手の方へ向かう。
だが、なぜか俺も呼び止められた。
「止まれ! この森は貸切だ!」
「……ふざけるのは止めてくれ。みんなは無事に集合できてる?」
とりあえず両手を挙げて交戦の意思がないことを示しておく。しかし――
「嘘だ! 俺達のタケル隊長は遅刻なんてしねぇ! それにそんな面白い頭を――」
「おい、グーカ……止めとけ。もしかしたら、アレ……本人は気に入ってるのかも?」
などという笑いを堪えながらの言葉が返される。
構っていられないのでずかずかと森へ入っていく。すると森の封鎖を担当する『RSS騎士団』のメンバーが出迎えてくれた。……心なしか、全員が俺の髪の毛に注目している気がする。
「遅かったね、隊長。何かあったの?」
そう言うのは先ほどグーカを制止したリンクスだ。
リンクスは種族をエルフにしているのだが、不気味なほど似合っている。和風の小柄で若々しいエルフではなく、洋風の背がヒョロヒョロと高い……ガチなエルフというのがぴったりだ。……このゲームでは和風エルフに近づくはずなのだが。
「ログイン戦争に巻き込まれちゃって。問題なく占拠できてる?」
「ばっちりでさぁ! ……姉御は一緒じゃないんで?」
そう答えたのはグーカだ。なにが面白いのか、まだニヤニヤ笑ってやがる。
グーカも人間でなく、熊の獣人を選んでいるのだが……「それは自虐の一種なのか?」と聞きたくなるほど似合っていた。それも熊五郎だとか、熊助だとか……和風のあだ名を献上したくなる方向でだ。一応は西洋ファンタジー世界なのに!
この二人が情報部の中核とでも言うべき人物だ。カイが頭脳なら二人は左右の手と言ったところか。……本当に、なんで俺が責任者なんだろう? たまに自分は要らない子なんじゃないかと思うことすらある。
「アリサは服とかが間に合わないし、ここに連れてきたら……いろいろさ? それより、カイはもう到着してる? 誰が仕切ってんの?」
その場には情報部のメンバーだけでなく、各部署からも集められている。公然と他所の悪口を言うわけにはいかない。
「カイの奴が仕切ってるよ。よく判らないけど、上手くいっている……のかな?」
「ありゃ、いつものように何か怒ってますぜ。……こんなとこで喋っていて良いんですかい?」
いつもの調子な二人の言葉には焦った。
……焦ったが、その場にいる者たちの視線も気になってしょうがない。みんなが俺の髪に注目している気がする。
グーカやリンクスのような俺より年上のメンバーは、ニヤニヤ笑いというか……生暖かい感じのニュアンスで、同世代の奴らはクスクス笑いといった感じだ。
そんなに俺の髪は可笑しいのか?
変なら変と言ってくれたほうが、まだ気が楽だ!
「えっと……予定通り、向こうの『広場』だよね? とにかく、顔を出してくる!」
そう誤魔化し、俺は『広場』へ急いだ。
『広場』にはもの凄い数の人がいた。予定では三、四十人ぐらいだったはずなのだが、四十人を超えているかもしれない。もちろん、全員が『RSS騎士団』メンバーだ。
『広場』とはプレイヤー達の付けた俗称で、この『ゴブリンの森』――これもプレイヤー達の付けた俗称だ――の特に大きく開けた場所がそう呼ばれている。
すでに十数匹の『ゴブリン』が引き込まれていて、それを団員達で矢鱈滅多に攻撃して倒していた。……それは『引き狩り』と呼ばれている方法の基本形にして、最終形態に近い。
この狩り方の手順は以下の通りだ。
まず、一名から数名の『引き役』だとか『釣り役』などと呼ばれる役目が囮となって、残りのメンバーが待機している場所――今回で言えば『広場』だ――まで周辺のモンスターを根こそぎ誘導する。
残りのメンバーは誘導されたモンスターを何も考えずに攻撃――飛び道具や魔法による遠距離攻撃がベターだ――しまくる。自分の一撃で倒せなくても構わない。自分がターゲットに変更されても問題ない。モンスターに接近される前に、誰か他の仲間が止めを刺してくれる。
手順はこれで全てだ。
普通は処理能力を超えてモンスターを集めすぎないようにしたり、攻撃役がモンスターに接近されて起きる事故回避に配慮するのだが……攻撃役が十分以上にいると何も考えなくて良くなる。むしろ攻撃役が暇にならないよう、いかに多くのモンスターを集めるかに焦点は変わるだろう。
一応は接近しすぎたモンスターを近接戦闘で処理する役目の者がいるが……それも忙しくは無さそうだった。
この手法の最大の利点は索敵時間の最適化にある。
計算しやすいように『引き役』が六人、攻撃役が三十人とし、一時間休み無く狩り続けたとする。
六人が六十分索敵するのだから、延べにして三百六十分。全員で三十六人だから、一人当たりに直すと十分だ。残りの時間は何をしているかと言うと戦闘……それも圧倒的な殲滅戦をしていることになる!
MMOに馴染みがないと理解できないかもしれないが、これは異常な割合だ。
通常、索敵している時間と戦闘している時間は半々程度が良いところだし……戦闘している時間が長ければ効率が良いというものでもない。
一般的に戦闘が長引くのは苦戦している証拠だ。苦戦で戦闘時間の比率を上げても意味が無い。
逆に短時間で相手を倒せるのであれば、それは総戦闘回数が多くなるということで……索敵時間の比率が上がる。次のモンスターを求めての移動が必要だからだ。
普通は索敵の手間や戦闘の難易度などが、程よいバランスになる狩場選考やパーティ編成に頭を悩ますものなのだが……『引き狩り』はそこで考えることが一切無い。検討が必要なのは『引き役』の力量と全体の実力だけだ。
ここまでの説明だと上手いやり方であるかのようだが……実は問題だらけだったりする。
まず、必要人数が多いのがネックだ。
少人数でやると処理速度が遅くなるから本末転倒でしかない。
次に実施可能な場所が限られている。普通なら対策されているからだ。
『引き狩り』はMMOの戦術としてはカビが生えるほど古く、運営側の対抗策も数多く考案された。モンスターのAI強化にはじまり、対策用の仕様実装など……全く『引き狩り』が成立しないMMOも珍しくない。
『ゴブリンの森』で『引き狩り』が通じてしまうのは対策漏れ……というより、想定外だったのだろう。確かに効率は良いが、ある程度レベルが上がると旨味がなくなる。オープンβテストでは論じられもしなかった作戦だ。
そして狩場を占拠する結果になる。
『引き狩り』は周辺のモンスターを集めてしまうのだから、その周辺では他のプレイヤーが狩りをするのが難しくなってしまう。別に武力で排除しなくても、実質的に排除済みといえるのだが……ヒールならヒールらしく恨みを買っておくべきだろう。
実際、『狩場の占拠もしくは独占』はマナー違反とされるのが普通だし、規約で禁止されているMMOも珍しくない。
普通のプレイヤーがこんな作戦を始めたら、すぐに他のプレイヤーから怒鳴り込まれるのだが……俺達は「文句があるなら力でこい」と最初から居直っている。話し合う気すら失せるだろう。
ここまで悪辣な作戦を立てたのは初めてだが……別に『RSS騎士団』は正義を看板に掲げてはいない。悪と断ずる者すらいるだろう。それは仕方がない。俺達の大義は崇高で尊いと、俺達が理解していれば十分だ。
しかし、力無き者が言えばただの戯言でしかない。
いまは何よりも力が必要だ。スタートダッシュをきっちり決め、その優位を生かし続け……最強の勢力として君臨するのが絶対条件だろう。




