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セクロスのできるVRMMO ~正式サービス開始編  作者: curuss


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プロローグ

 なんでこうなったんだろう?

 不条理な事態の展開に、今更ながら疑問を覚えた。

 前世からの因縁?

 先祖供養を怠ったから?

 それとも何者かが、俺を陥れようと陰謀を企てた?

 何が原因なのか判らないが、少なくとも水子の祟りだけは考えなくても良さそうだ。心当たりが無いどころか、初陣も済まさず水子に祟られるなんて……人類はそこまで器用にはなれない。

 場を弁えずに馬鹿なことを考えている俺を、隣にいるアリサが心配そうに見ていた。『RSS騎士団』に帯同する時の習慣を守り、その格好は女性用軍服だ。

 身体のラインにピッタリとしたジャケットにタイトスカート。なんだか間違えて現場に出てきちゃった事務方みたいな感じだが……その頭に巻いたニカーブが全てを裏切っていた。

 ニカーブとは中東の辺りでよく見られる民族衣装で、頭部をすっかり覆い隠す頭巾と顔を隠すベールで構成されている。ベールは薄布で作られているものの、目の部分しか露出していない。

 さらには『隠蔽』のタレントも付与してある。どこに所属する誰なのか、これで特定できなくなるはずだ。

 これはアリサ達を秘匿するのと、『RSS騎士団』が守る女人禁制の掟が理由だが……逆に色っぽくなってしまってないだろうか?

 いつものように『聖喪女修道院』に製作をお願いしたが、ひょっとしたら失敗だったかもしれない。

 いや、デザインを『象牙の塔』と『妖精郷』に頼んだのが原因か?

 最後まで黒ストッキング派と白ハイソックスにガーターベルト派で争っていたが……無難にパンツルックで良かったかもしれない。

 ……とりあえず軍服について考えるのは後ですることにし、安心させるようにアリサに軽く微笑みかけておく。顔が引きつっていないか少し心配になった。

 はっきり言って、この場にいるのは命懸けだ。

 俺一人で用は足りるから、ついて来て欲しくなかったのだが……例によって押し切られてしまった。危険だからついて来るなと言って、逆に説教されるのはどういうことなんだろう?

 視界の隅の方でリルフィーとネリウムがそれとなく合図を送ってきた。

 二人ともヘルプの名目で連合部隊に潜入したのだろう。心強いことに、俺を見捨てないでくれた。

 しかし――ありがたいことは、ありがたいのだが――ネリウムもネリウムだ。

 一歩間違えれば修羅場だというのに……なんでネリウムもアリサもついて来るんだか。俺の周りにいる女性達――例によってアリサは色々とアレだが、女性扱いが正解だろう――は気が強すぎる。

 目の前にいる『戦士』の男が、何か報告を受けていた。

 『水曜同盟』とかいう集まりの代表者を名乗っていたが……確かマルクと言ったはずだ。その隣ではギルド『自由の翼』のクエンスが渋い顔をしている。

 クエンスは女だてらに、人徳だけで『自由の翼』を最大手ギルドにまでしただけあって……この成り行きには賛成しかねているのだろう。そんなギルドマスターを宥めるように参謀役――『お笑い』が耳元で何か囁いていた。

 報告からは「射手の配置は――」だとか「『気配探知』スキル持ちが潜伏場所の特定を――」だのと、物騒な言葉が漏れ聞こえる。

 俺のスキルでは配置された射手を探れないし……この状況で少しでも不審な動きをする訳にもいかなかった。

 この場は限界まで緊張している。おそらく俺とアリサにも、狙いはつけられているはずだ。不用意な動きが引き金になりかねない。

 そう考えたら背中がムズムズしてきた。

 俺のレベルや装備と無関係に、一瞬で殺しきれるだけの射手と『魔法使い』が配置されているはずだ。俺が奴らの立場ならそうする。

 いつもの装備――銀で縁取りを施した黒の鎧、RSSのサーコート、純白のマント――にしたのは、失敗だったかもしれない。作るだけ作って一度も袖を通してなかったが、士官用礼装の方が良かっただろうか?

 いや、これが実質的な『RSS騎士団』の正装だ。

 本来なら武装解除をするべきだが、それは帯剣していないことで勘弁してもらうしかない。

「準備は整った。はじめさせてもらうぞ?」

 マルクは緊張を隠しもしないで言ってきた。

 その声を合図に、周囲から雑多な音――武器や鎧が立てる金属音や押し殺した指示の声――がした。連合部隊が臨戦態勢に入ったのだろう。

 それは連合部隊に察知されないギリギリの位置に布陣している『RSS騎士団』にも伝わったはずだ――いよいよ進展のあることが。

 質はともかく『水曜同盟』と『自由の翼』を合わせれば、この世界で最も人数が多い。ただそれだけで脅威的な戦力だ。

 近くには万が一の場合に武力介入も辞さない『RSS騎士団』も伏せている。

 さらには推移を見守る他の勢力も布陣――少なくとも斥候の一人や二人は派遣しているだろう。

 まさに一触即発の状態だ。血みどろの大戦争……それも多くの勢力が入り乱れての、大混戦となってもおかしくない。

 戦争になれば『RSS騎士団』が勝利するはずだ。……他の強力なギルドが参戦しなければ。

 しかし、『RSS騎士団』はもちろん、全陣営に多大な被害があるだろう。そして終わらない怨恨の連鎖を、この世界に撒き散らすことになる。それだけは避けねばならない。

 最悪の結果――戦争だけは回避するべく、『RSS騎士団』には待機の指示をしてはいるが……あの馬鹿どもは命令なんて守りやしないだろう。

 そう考えたら少し心強く、そして重い責任も感じた。

 『RSS騎士団』の愛すべき馬鹿たちは、俺の心を強くしてくれる。そうだからこそ、俺はここにいる。

 マルクには肯くことで答えた。できる限りの強い意志を込めてだ。

 俺の立場はオブザーバーか戦時特使とでもいうべきか……かなり微妙な立場でしかない。司令部に招かれただけマシな待遇とすらいえる。

 奴はメニューウィンドウを呼び出し、そこへ手を突っ込むようにして拡声器を取り出した。『大声』で話すつもりなのだろう。いまや『大声』は俺たちに残された数少ない連絡手段だ。

 そのまま目の前の森を探るように見回す。

 気を利かせた『水曜同盟』の奴が可能性の高い辺りを指し示しているが……たぶん、見当外れの位置だと思う。

 この場に『隠密』を打ち破れる者はいないはずだ。

 『隠密』のスキル持ちを確実に探知するつもりなら、『魔法使い』に特殊なスキル構成をさせねばならない。そんな専門職を抱えているのはうちか『不落の砦』ぐらいだろう。

 位置の特定には妥協したのか、適当な方角に向けてマルクは話しはじめた。

森に潜む者達(ウッドルークス)に告ぐ! 君達は包囲されている! 大人しく投降せよ! 我々は必要があれば実力行使してでも、君達を排除するつもりだ! これはゲームではない! 繰り返す! 大人しく投降せよ!」

 その言い様に反射的に怒鳴りつけそうになったが、ギリギリのところで踏みとどまれた。

 俺だけじゃない、隣にいるアリサの命だってかかっている。さり気なく俺を抑えるよう腕へ添えられた手が重い。

 感謝の視線をアリサに投げてから、可能な限りの冷静さを総動員してマルクとの交渉に入った。

「打ち合わせと違うようだが? まずは話し合いで解決を図る――そう決めたはずだぞ?」

 視界の隅で『お笑い』の奴が「抑えてくれ」と言うかのごとく、手の平を見せるジェスチャーをしていた。

 奴と目的が合致していたのは不幸中の幸いだ。交渉相手が奴だったら上手くやる自信はない。

「……森に潜む者達(ウッドルークス)が投降してくれば、話し合いで解決できる。それで約束通り、危害は加えないで済む」

 マルクは譲らなかった。予想の範疇ではある。お互いに背負っているものが多過ぎて、簡単に立場を譲るわけにはいかない。

「……俺に交渉をさせてもらえないか? 失敗してもあんたらは損をしないはずだ。万が一、あんたらに不利益になることを言い出しでもしたら、その時には好きなように……俺を殺してから森狩りでも何でもすれば良いだろう?」

 卑劣な言い回しではあったが……事実でもある。

 俺の命――不本意ながらアリサの命も――はチップとして賭けてしまっている。勝負に負けたら――この事態を丸く収められなければ、死は免れないはずだ。

 だが、どうせチップとして賭けてしまった命だ。

 露骨だが、人命を意識させればさらに役に立つ。誰かの為に命懸けなれるのかと、誰かの為に殺人ができるかは……まるで別の話でしかない。これでマルクは折れるはずだ。

 視界の隅に『お笑い』が呆れて苦笑いなのが目に入る。

 ……まあ、こいつには通じない手管だ。

 奴にとって重要な誰かと俺が天秤に掛かるようなことがあれば、躊躇いなく俺の命を取りにくる。それは奴が特別に冷徹という訳ではない。俺もその立場になったら、同じ判断をするはずだ。

「すまない。寛大な決断に感謝する」

 マルクの一瞬の逡巡を曲解し、賛同の意思にすり替えてやった。

 そのまま何か言い出しそうにした機先を制し、盾を並べる『戦士』達を掻き分けていく。背後では『お笑い』が「その判断でええと思いますよ。わいらに損は無いですし」と言って、マルクの判断を支持するふりをしていた。

 一つ借りといったところか?

 今回、『お笑い』は味方とは言い難いが敵ではない。素直に借りておくことにしよう。……返す時まで俺が長生きできたらだが。

 連合部隊の用意した盾役の『戦士』達は統一性がなく、各自がばらばらの装備をしていた。よく見れば『鉄』グレードの武器や鎧の奴までいる。こんな最前線で『鉄』グレードの装備でいるなど……真っ先に狙ってくださいと言っている様なものだが、まあ……今回のように示威目的であれば、枯れ木も山の賑わいか。

 盾役の壁から出たところでメニューウィンドウを操作し、『大声』のスイッチを入れる。これで設定された距離にいるプレイヤー全員に俺の声が届くようになった。

 相手――奴らの言うところの森に潜む者達(ウッドルークス)には、俺の姿が確認できているだろう。森からの狙撃が考えられるが……仕方のないリスクとして割り切るしかない。そもそも『RSS騎士団』のメンバーに問答無用で攻撃してくるのであれば、俺がここにいる理由は無くなる。それなら急いで逃げ出すだけだ。

「『RSS騎士団』総合戦略情報部所属タケル少佐だ。森にいるのが任務遂行中の団員であれば、俺の権限でその任を解く。武装解除をし、ゆっくりと森から出てくるんだ。貴様の安全は俺が保証する。この場に布陣している者達は『RSS騎士団』と敵対関係にない」

 多少、周りに気を遣って森に向けて呼びかけたのだが――

「あいつ……まだゲーム感覚なのか?」

「……奴らには奴らの流儀があるんでっしゃろ。まあ、もう少し様子を見ましょうや」

 背後ではマルクと『お笑い』の会話が聞こえてきたが、構っている暇は無い。それに相手が『現状をどのように認識しているか』が問題の焦点でもある。

 いまこの世界で行われているのはゲームなのか?

 この疑問に答えられる者はいない。何よりも情報が少なすぎた。ただ、各自が思いおもいに行動しているに過ぎない。そして、それがベストな選択かどうかも……神のみぞ知る。

 相手が現状を異常事態とは考えず、一過性の不具合か何かと捉えてる可能性は大いにあった。

「……俺を騙そうとしても無駄だ! 俺は騙されないぞ!」

 相手から返事があった。俺と同じように『大声』を使っているに違いない。

 これで物事は大きく変化する。それに、いくつもの情報を入手もできた。

 まず、森に潜んでいるのは『RSS騎士団』のメンバーの可能性が高い。交渉の窓口に『RSS騎士団』少佐は不適当すぎる。それでも俺との交渉を選択したのだから、相手は関係者で間違いないだろう。

 次に俺の声を聞いても誰だか判らない様であるから、『RSS騎士団』のメンバーだとしても限られてくる。これでも俺は数少ない佐官の一人だ。

 やはり、隊長不在で統率が取れなくなっていた第三小隊の者か? 現在、第一小隊も隊員の現状把握が遅れているが……第一小隊の奴であれば、俺との面識があるはずだった。

「騙すとはどういう意味だ? 貴様は俺が嘘を吐いていると言うのか?」

 本筋から脱線してしまうが、会話の糸口にはなる。まずは相手を話し合いの場に引っ張り出すのが先決だ。

 背後で「位置の特定を。声が届かない場所から算出できるはずだ」という『お笑い』の声がした。

 相変わらずの抜け目の無さだが……かまいやしない。どのみち説得に失敗すれば、俺も森の中の奴もただでは済まないだろう。場所が特定されるのが早いか遅いかの違いでしかない。

「……お前の鎧は本物の様だ。どこで盗んできたんだ? それにタケル少佐の名前は噂話で聞いたのか? 俺は騙されないぞ! 我が騎士団はリア充どもと共闘はしない!」

 痛いところを突かれた。それに相手は団員で間違いない。

 この展開は容易に想像できたのだから、最初に『RSS騎士団』だけで投降の呼びかけをしたかったのだが……。百歩譲って、連合部隊を男だけで構成してくれれば、このような警戒だけは避けれたものを。

「現在、我が『RSS騎士団』は無期限、無制限の停戦に同意している。これは団長の裁決もいただいている。同志! 俺達の戦いは終わったんだ! 投降しろ!」

「嘘だ! 俺達の戦いは終わらない! 終わるはずがないんだ!」

 反射的にだろう、すぐに血を吐くような悲痛な叫びが返ってきた。

 まずい。少し興奮させてしまったか? 気のせいか背後の連合部隊からのプレッシャーも増した気がした。

「……団長より最上位命令が発令されている。全団員は最優先で本部へ出頭せよ、である! 貴様は最上位命令も守らないつもりか?」

「……最上位命令が出ているのか? ……本部へ? そうだ……本部へ帰れば良かったんだ。そうすれば同志達がいるはずだし、この狂った現状の説明もしてくれるはず……ははっ……俺は何を馬鹿なことを……でも、命令がなければ持ち場は……」

 やはり、かなりの混乱状態にあったようだ。『大声』を使用しているのも忘れ、独り言を喋っている。

 だが、何かが引っかかった。何かがおかしい。

「命令は俺が出す! 同志、貴様は現時点で任務を放棄し、直ちに本部へ出頭せよ! ……これで良いだろ? 投降に抵抗があるのなら、『帰還石』を使用するんだ。一時的な武装解除……偽装活動も認める。その後、本部へ出頭すれば良いだろう? ……『帰還石』が人数分無いのか? 場合によってはこちらで『帰還石』か『転移石』を用意する」

 俺の発言には背後の方が先に反応した。マルクか『お笑い』だろう。だが、奴らの都合など知ったことか。奴らの面子や都合より、目の前にいる団員の命の方が大事だ。

「……お前の言い分は考えてみてもいい。かなり『RSS騎士団』の内情を調べてきたようだな。その鎧やサーコートも本物だし……お前、もしかして転向者か? 我が『RSS騎士団』は現在どうなっているんだ? いや……リア充の手先に聞いても無駄か……」

 転向者とは『RSS騎士団』メンバーであったものが、何らかの理由で脱退したときに使用する名称だ。……特に『リア充』へ転向したときに使われる。

 恋人もいないし、カエデとも上手くいってないのに、リア充呼ばわりは納得がいかないが……相手を交渉のテーブルに着かせることはできた。まずは順調というべきだろう。

「我が騎士団はいまだ健在である! それは貴様が本部に出頭すればすぐに判ることだ! そちらこそ、隊のメンバーは健在か? 『帰還石』はいくつ用意すればいい?」

「……その手にはのらない。『転移石』を用意しろ」

 軽い引っ掛けだが、見抜かれたようだ。

 『帰還石』なら人数分必要であるから、要求個数で相手側の人数が判明する。ただ、俺が人数を知りたいのは戦略目的ではなく、単に心配しているからなのだが。

 メニューウィンドウに手を突っ込んで『転移石』をいくつか取り出す。

「『転移石』なら用意がある。それでどうすれば良いんだ? ここまで取りに来るのか?」

「……馬鹿なことを言うな。できる限り奥の方へ……森の奥の方へ目掛けて投げろ。そうすれば後はこっちで拾う」

 軽い笑いを含んだ返事がされた。多少は交渉相手として認められたのだろう。

 一度、天にかざすように『転移石』を見せ付けてから、注文通りに森の奥の方へ力の限りで投げた。それを手持ちの四個全部で繰り返す。もちろん、それぞれ別の方向へだ。

 『転移石』一つで金貨千枚もする。それが四個で金貨四千枚だ。大散財だが、隊員の命には代えられない。あとで拾いに行かなければ……。

「……気前が良いんだな。うちの騎士団だったら考えられない。うちだったら絶対、あとで拾いに……それも団員総出で行かされるぜ?」

 ……前線で戦う団員と後方でやり繰りする情報部には大きな溝があるようだ。仮に拾いに行くとしても、情報部だって総出なんだから文句を言うのはずるいと思う。

 しかし、ここまでしても相手から信用は得られないようだった。

 どうしたことだろう? 第三小隊とはあまり顔を合わせていなかったが……ここまで警戒される理由が解からない。

「もちろん、同志が撤退したあとで拾いに行く。四個で足りるのか?」

「……大サービスだ、教えてやる。一つで十分だ。一つあれば街へ戻れる。俺が……俺達が拾い易いよう、軍隊を少し後退させろ。そうだな、あと百歩ほど下がるんだ」

 予想よりソフトな要求ではあったが、想定の範囲内ではあった。

「あー……すまないがその要求には応えられない。俺に連合部隊の指揮権はない。三十分だ。三十分ほど時間をもらうから、その間に何とか発見してくれ」

 指揮権どころか、三十分の休戦すら権限に無い。勝手に取引材料にするのは、明らかな越権行為だ。しかし、俺の『大声』は相手にも聞こえるが、周りに布陣する連合部隊にも聞こえている。相手が撤退する流れなのに、公然と反対するのは難しくなるはずだ。

「解かった。三十分だな? それだけあれば十分だ」

 その返事で連合部隊の緊張は少し緩んだ。少なくともこれから森狩りという、危険で陰惨な仕事はしなくても済むからだろう。

 基本的にはこの流れのまま、相手が街へ戻るのを待てば良いが……それだと連合部隊の司令部には都合が悪い。俺にしても奴らの顔を立てないと今後に影響する。

「少し話をしてもいいか?」

「……なんだ罠か? まあ、いいぞ。話したければ勝手に話せ。俺も返事をしたくなったら、勝手に返事をする」

 相変わらず信用は無いようだ。しかし、それでも相手とのチャンネルは維持できたと考えて良いだろう。

「我が騎士団は単独での作戦行動を禁止している。貴様以外にもこの森にいるのか?」

 露骨に相手の人数を探ることになるが……これなら人数そのものを言わなくてもいい。ぎりぎり譲歩できるラインのはずだ。

 連合部隊が確保したいのはこの森の安全だし、『RSS騎士団』としても今後の無関係を確約したい。

 森へ入る者を無差別に襲う森に潜む者達(ウッドルークス)はいなくなった『はず』ではお互いに問題が残る。やはりベストは投降だ。このまま相手の撤退を認めるとしても、完全撤退を確認できる方が望ましい。

「……答える必要を認めない。話はそれで終わりか?」

 微妙な返答があった。

 そう思うなら無視でもいいはずなのだが……もしかしたら想定内で最悪に近い事態になっているのか?

「……指揮官は誰だ? 貴様が指揮官か? 貴様でも良い。階級と名前は言えるか?」

 しばらくの間、問いかけは沈黙で応じられた。

 懸念は杞憂でしかなく、相手は静かに『転移石』を探すことに集中しているのかもしれない。最良ではないが、それならそれで良いだろう。だが――

「隊長はッ! 隊長はやられた! くだらないリア充の奴らにやられた!」

 相手からの苦しげな返答があった。

「隊長は頭の良い人だった。すぐにこの異常事態にも気がついた。だから……掟に逆らうことになっても、当面の戦闘行為は停止しようって決めたんだ。それなのに……それなのにッ!」

 最悪だ。すでに犠牲者が出ていたのか……。

「リア充の奴らは隊長の言うことに耳も貸さないで……ただ滅茶苦茶に攻撃してくるばかりで……隊長ならッ! 隊長なら一人でだって、そいつらを倒せたはずなんだ! でも……隊長は頭が良すぎて……優しすぎて……あいつらを殺すことができなかったんだ!」

 これで第三小隊の隊長と連絡が取れなかった理由も判明した。

「俺とボブは何とか逃げることができた。……隊長が逃げる時間を作ってくれたんだ。それから俺達は二人でどうするべきか考えた。異常事態なのは俺達の脳みそでも理解できた。でも、一体全体……何が起きているんだ?」

 その答えは誰にも解からない。この場にいる全員が……この世界にいる全員が知りたいが、教えてもらえないことだ。

「ボブの奴はこれは単なる何かの不具合で……すぐに解決するって言ったんだ。俺もそれには賛成した。だって、それなら……すぐに隊長はリスタート地点で復活して……俺達を迎えに来てくれるはずだ。なんだかクソったれな出来事に巻き込まれちまったな、とか言いながらな。なんで隊長は俺達を迎えに来てくれねぇんだ? 隊長は何か他の……大事な任務でもしてんのか?」

 あの時から――この世界がおかしくなってから、死亡者が復活した例は無い。死んだらどうなるのかは……誰にも判らないことだった。

「ボブの奴は馬鹿だから……ログアウトができなきゃ死ねば良いとか言いだして……最後には自殺しちまったんだ。ボブの野郎はリスタートして街に戻ってんのか? それなら何で俺を迎えに来てくれねぇんだ? それともログアウトしちまったのか? なら何でログインしなおしてくれねぇんだ?」

 誰一人として、ログアウトに成功したものはいない。

 そして同じように新規にログインした者も確認されていない。

 復活もできず、それでいて新規にログインする者もなく……この世界の人は減っていく一方だ。

 理由も原因も……あるのならば目的も解からない。

 この不完全な世界は不完全なままにあるだけだし、俺達もただいるだけだ。

 もしかしたら話に出てきたボブのように、自殺してでも死亡するのが正解なのかもしれない。

 だが、死亡したことで取り返しのつかない結果になっているのかもしれない。

 結局、誰にも正解はわからない。

「俺も死ぬべきなのか? そしたらまた元のように気の合うやつらと一緒に……隊長や隊のみんなと一緒に楽しくやれるのか? それとも隊長やボブはもう? 知っているなら教えてくれ……俺はいったいどうすりゃいいんだ?」

 可哀想だがかける言葉は無い。こいつだけでなく、この世界にいる全員が疑問に思っていることだ。

「……リア充が憎い。奴らが隊長の言うことさえ聞いてれば、隊長は生きてここにいて……どうすればご機嫌な結果になるのか、俺にも解かるように教えてくれたはずなんだ。……何度も街へ帰ろうとはしたんだ。でも、道中で他の奴らと会うたびに……。他の奴らがあのリア充どもみたいに、俺を殺そうとしないとどうしてわかんだ?」

 これが『ゴブリンの森』へ入るプレイヤーを無差別に襲う森に潜む者達(ウッドルークス)の正体だった。

 ただ恐ろしくて近づく者を遠ざけた結果、孤立し……街へ戻ることもできなくなっただけ。目撃例が多いのも……こんなにも早く排除対象と考えられたのも……死者がでていなかったからだろう。死人は何も伝えられない。

 これで犠牲者が出ていれば事態の収拾には難航しただろうが……死んだ隊長の意思を律儀に守ったのだろう。それがこいつを救ったのだ。

 あまり面識は無かったが、第三小隊隊長の判断にも尊重すべき点はあった。

 自分が加害者になるくらいなら、被害者になるのを甘んじる。

 それは平時なら美徳ともいえる考え方だろうが……現状では好ましくない。その証拠に自分を含めて二名の死者をだし、最後の一人も破滅の瀬戸際だ。

 自分や大切な人の為に、他人を犠牲にする。場合によっては殺めることも視野に入れておく。そんな殺伐とした考えが基本となるのかもしれない。

 俺自身、そんな覚悟が決められるか自信は無いが――必要な時にはやらねばならない。

「申し訳ないが貴様の質問に答えられるだけの情報が無い。ただ、何名かの第三小隊隊員の無事は本部で確認されている。『転移石』は拾えたか? 投降することにしても良いぞ? 道中の安全は保証する」

「本当か? 全滅じゃないのか? いや……転向者の……リア充の手先の言うことを……でも、本部に行って直接確かめれば……」

 再三の呼びかけに応じかけたが、なぜか俺を転向者と断じて譲らない。なんだってこいつは、俺のことが信用できないんだ?

「同志! なんで貴様はそうも頑ななんだ? ……時間はまだある。誰か情報部に知り合いはいないのか? そいつを俺の権限でここに呼ぼう。兵站課でも良い。装備を支給された時に誰かと会っているだろう?」

 俺の提案にしばらく考えるような間があった。そして――

「なかなか細かいところまで調べ上げたようだな? いや、転向者なら知っていてもおかしくは無いか。だが、駄目だ。お前は本物のタケル少佐じゃない。ツメが甘かったな」

 自信ありげに返され、逆に関心を覚えるくらいだ。

 俺のパブリックイメージはどんななんだ? 本人も持っていない特徴が『タケル少佐』にはあるのか?

「……『転移石』の礼だ。ひとつ教えておいてやる。いいか? どんなときでも我が『RSS騎士団』の団員は女連れで行動しない! 女の団員もいない! な、なんなんだ、その……と、隣にいるじょ、女性は!」

 「隣にいる女性?」と思いながら隣を見れば、そこにはアリサが立っていた。……なんでアリサまでこんな危険な場所に出てきてるの?

 アリサが所属する部隊は『HT部隊』という名称で……俺もその詳細は知らされていない。そもそも団長直属の扱いだし、一般の団員は存在すら知らないはずだ。

 それに『RSS騎士団』と認めない理由にも納得できた。

「か、彼女は……『HT部隊』のメンバーだ。団長の名代として帯同している。あー……いきなり『HT部隊』などと言われても――」

「『HT部隊』? 『HT部隊』だと? 『団長の長い手』のことか? 実在していたのか? あの噂は嘘じゃなかったのか?」

 駄目もとで説明しようとしたら、なぜか相手は『HT部隊』のことを知っていた。

 俺にも活動内容を知らされてないのに、なんで一般団員のあいつの方が詳しそうなんだ?

 それに成り行きを見守っていた連合部隊からも――

「あれが……『地獄の華』か……」

「……『破滅への案内人』の異名はだてじゃなさそうだな」

「あの女性が『HT部隊』の一人なら……『縁を斬る者』の噂は事実みたいだな」

 と、ざわめかれていた。

 なんで俺より部外者達の方が詳しく知っているんだ?

「なに? なに? ど、どういうこと?」

 慌ててアリサに問いただす。もちろん、『大声』のスイッチは切ってだ。……ぎりぎりのタイミングだったが。

「プ……プロパガンダ! プロパガンダですよ! だ……団長! 団長の発案と命令で……えっと……部隊の本質を隠すために! ちょっと工作活動をしているだけで……」

 恥ずかしそうに悶えるアリサはちょっと可愛かったが……団長は『HT部隊』を使って何をしてんの?

「タケル少佐なのか? 『ツウハンド』なのか?」

 森の中からビックリしたような声で確認された。

 『ツウハンド』とは最近流れ始めた俺の通り名だ。俺の奥の手が二刀流であるという間違った解釈が一人歩きしたのだろう。たまに『ツウハンド』だとか『両刀使い』と呼ばれることがある。なぜか侮蔑のニュアンスを感じるときもあるが……たぶん気のせいだ。

 敵対者に勘違いさせるのは有用なので放っておいたが、まずかったか?

「……なんと呼ばれているかは知らないが、俺は『RSS騎士団』情報部所属のタケル少佐だ。……同志、一緒に本部へ帰ろう」

 少しの沈黙の後、緊張した声が返ってきた。

「第三小隊所属、チャーリー上等兵だ。いまからそちらへ出て行く。武装解除をすれば良いのか?」

「一応、武器だけはしまっておいてくれ。ゆっくりと出てくるんだ。安全は保証する」

 そう言いながら指令部の方へ釘を刺すように睨むと……クエンスが重々しく肯く。

 冷静に観察している『お笑い』は気になったが、奴の大事な大将が同意しているのだ。突飛な行動はしないだろう。

 しばらくすると森から両手を挙げて一人の男が出てきた。

 黒革を銀糸で縫製したレザーアーマー姿で、俺の鎧とデザインが似ている。『RSS騎士団』で支給している『盗賊』用の装備だ。肩からは森林用のカモフラージュシートをマントの様に引き摺っていた。

「う、撃たないでくれ! と、投降だ。投降する」

 チャーリーは緊張した声で周りに言い――

「全員、攻撃はするな。彼は安全保障の対象だ」

 と、『お笑い』の鋭い命令も下された。

 だが、この場にチャーリーを攻撃できる者はいなかっただろう。いくら異常事態とはいえ、無抵抗の者を射殺できるほどの修羅場を潜った者はいないはずだ。

 それにチャーリーの姿は哀れを誘った。

 この世界の装備は壊れたりしない。身体だって汚れたりしない。風呂に入る必要もないくらいだ。

 それでもチャーリーから受ける印象はボロボロだ。

 異常事態から受けた不安、短い時間ではない孤独……そういったものが心労となって表情や動作に濃く表れていた。

「少佐ッ! 俺がッ……! 俺はッ……! た、隊長がッ! それにボブの奴もッ!」

 俺の方へゆっくりと――最後の方は小走りになって近づきながら、何か色々なことを言おうとしていた。しかし、そのほとんどは意味を成していない。すでに人目を憚らず涙すら流している。

「良いんだ! いまは何も考えるな! 一緒に本部へ戻ろう!」

 抱きついてきたチャーリーを受け止めながら、慰めの言葉をかけてやる。

 思わずもらい泣きしてしまいそうだが、そんなホモ臭いことをする訳にはいかない。ぐっと堪える。隣にいるアリサは我慢しきれなかった様で、うっすらと涙を浮かべているが……女はそういうのが絵になるから得だ。

 とにかく、俺は仲間――生き残りは一人だけになっていたが――を救出することに成功した。最悪の事態、大戦争も回避できた。ひとまずはそれで良いだろう。

 ぐったりとしてしまって何も考えられないでいると……連合部隊からアリサの背後に女キャラクターが静かに近寄ってきていた。あれ? こいつ、もしかして?

「隊長。本隊の方へは伝令を走らせました。おっつけ、動きがあるでしょう」

「了解しました。ご苦労様です。想定Bになりそうですか?」

 アリサは振り返りもせずに返答する。

「そう思われます。また何かありましたらご報告に」

 かなり失礼だと思うのだが……返答された方も特に気にした様子もなく、また連合部隊へ紛れに戻っていく。

 あ、あれ? あれれれ? いまの奴……誰? それに想定Bって何? それに隊長って……隊長ってアリサのこと?

「ア、アリサ? 今の人は? そ、それに隊長? アリサって隊長だったの? 想定B? 想定Bってなんだ?」

 思わずアリサを問い詰めてしまった。おそらく、かなりマヌケな顔をしていたと思う。

「や、やですよ……わ、私が一番の古株でしたから……隊長といっても雑用係みたいなもので。……本部の方は方針を私達にまで教えてくれないこともあるので、どうしても色々な展開を考えておかないと対応もとれませんし……」

 なぜかアリサは慌てて否定するが……団長は……ジェネラルのオヤジは何してくれちゃってるの?

 それに想定で動くとか……どうやらそれはそれで仕方のないようだが、いまやゲームとは言えない。きちんとした情報共有しないとアリサが危険に……いや、別に俺はアリサの保護者でもなんでもないし、その言動になんら強制力を持たない。でも、やはり……アリサが危険なのは嫌だ。

 それと……一応は俺が情報部の長だよな?

 俺もギルド外協力者の確保には腐心したが、あくまで対等な個人としての関係止まりだ。さっきアリサが話していた相手のような……潜入工作員だとか覆面ギルドメンバー的な人員までは確保できていない。

 なんだろう? アリサの方が諜報活動っぽいというか……かっこよさげというか……。

 いや、そんなことは重要ではないはずだ。もはやゴッコ遊びではない。結果より大切なことのないシビアな状況だ。だが……しかし……。

 アリサの言う「雑用係」と俺も自称する「雑用係」では、なんだか意味が違う気がする!

 結局のところ俺は何でも屋のお頭で……実戦から装備調達、外交、攻略分析と何でもやらされている。自嘲気味に「雑用係」と自称することもあるが……事実、雑用係だ。

 でも、アリサが自称する「雑用係」は……謙遜にしか聞こえない!

 これはアリサのことが羨ましくなったとか……いつのまにか俺に秘密を持っていて嫌な気分だとかじゃ無いと思う。そんなことを要求する権利は無い。俺にだって一つや二つ、アリサに内緒にしていることはある。お互い様だ。

 でも、しかし……なんだろう? このモヤモヤする気持ちは?

 そんなことを考えていたら、『お笑い』が司令部の面々を引き連れて俺達の所までやってきていた。

「どうやら一件落着のようやな? 一応、聞いておきたいんやけど……他にそちらのメンバーは森におらんよな? 悪いけど……これから森を捜索するで?」

 断りの形を取ってはいるが、これは通達だろう。

 こいつらにしてみれば探索することで森の安全が確認できるし、俺達にしても完全な撤退を証明できる。むしろ、こちらから提案しても良いくらいだった。

 一応、チャーリーの方を見て確認を取るが、無言で首を振ることで返される。

「こちらに異存はない。……俺達は手伝わない方が良いよな? もう用がないなら、俺達は撤収するつもりだ」

「そう怖い顔をしなさんな。あんさんが放り投げた『転移石』も拾っといてやるさかいに」

 おどけた仕草で『お笑い』が答える。こいつは余裕が無くなると似非関西弁をやめるから、こんな風に話している間は平気だろう。

 その背後では『自由の翼』がクエンスの指揮でパーティの再編成をしていたし、『水曜同盟』は各ギルドごとの再集結をしていた。

 男女仲良く和気藹々とも言える光景は気に障るが……いまは非常時だ。見逃すしかない。

 それに遠くの方で『RSS騎士団』の連中が、珍しく行儀良く隊列を組んで行進してくるのも見えた。先頭にはきちんと白旗を掲げ、交戦の意思がないことも表明している。

 あまり近くまで来てしまうと不要な小競り合いに発展するかもしれないし、他の団員も俺のように自制できるかは微妙だ。俺達三人が合流しに行った方が良いだろう。

 それにどっと疲れた。情報部の詰め所へ戻って、少し休みたかった。

 色々と問題は残っているし、この場がどう収まるかも確認したかったが……事後処理は情報部から誰か派遣すればいい。リルフィーやネリウムの二人も、詰め所の方へ顔を出しに来るはずだ。

 俺はヒーローでも物語の主人公でもない。

 なんとか仲間を一人救出できた。それだけで殊勲賞だ。

 起きている厄介事の全てに首を突っ込んで解決してまわるなんて御免こうむる。大人しくこの異常事態がどうにかなるのを待つのが一番だ。

 とにかく、まずは帰ろう。俺には帰るところがあるだけマシなんだから。

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