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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第4シリーズ『恋する猫はご機嫌ななめ』
98/120

第7話:ゼロ距離恋愛のままじゃいられない


 昼食は普段から食堂で食べることがほとんどである。

 その日は珍しくパンを購入して屋上で食べていた。


「エビカツサンド、ハムカツサンド、トンカツサンド。見事に脂っこい3兄弟だな」

「人が買ってきてあげたのに文句言わない」

「優雨に任せたらチョイスが偏りすぎだ。お前は何にしたんだ?」

「メロンクリームサンドとクリームパン」

「甘そうなチョイスで。これだけお天気も良ければ外で食べたくもなるさ」


 幸いにも今日は涼しく、気持ちがいい。

 外で食事をするのも悪くない。


「……とはいえ、優雨よ。なにゆえにお前は俺の背中にもたれてくる」


 背中同士をくっつけるような格好での食事には一言だけ言いたい。

 

「どうせ密着されるならもっと……いえ、何でもないっす」

「何かいけないわけ?」

「俺が食べにくいんだが?」

「それくらい、いいじゃない。別に問題ではないわ」


 マイペースにパンを食べ始める優雨に「いいけどさ」と根負けする。


――今日の優雨は何だか、しおらしさを感じる。


 いつものような勢いもなければ、強気さもない。

 エビカツサンドをかじりながら彼は思案する。


――俺が何かしちゃったか? いや、覚えはないな。


 特に思い当たる理由もなく、それを聞くのもためらわれる。

 とりあえずは食事を続けることにした。

 サクサクとした衣は脂っこさを感じさせない。


「エビカツ、うまい。タルタルソースがきいてる」

「そう。こっちも美味しい。たまにはパンも悪くないわね」

「美織さんも購買のパンを勧めてくれていたもんなぁ」

「……遠見さんの名前を口にするな」


 不機嫌な彼女の声に「なんで?」と答えるしかない。


――前から思ってたけど、変な意識してないか?


 遠見美織、という女の子の名前に優雨は過敏に反応しすぎる。


「あの子と最近、仲がいいわよね。今日も仲良くお手伝いしてたみたいだし」

「見てた? ちょっと頼まれごとをしちゃってさ」

「ほいほいとついて行って痛い目を見ればいいわ」

「ひでぇ。美織さんが悪い人みたいな言い方はやめなさい」

「修斗は知らないだけよ。きっとあの子には裏がある」

「根拠は?」


 優雨は「女の勘よ」と背中越しに声をかける。


「それ根拠じゃないから。よく言うけど、女の勘って当たるのかねぇ?」

「直感っていうのは大事じゃない。私、あの子のことが好きじゃない」

「大して話したことがないのに、印象悪すぎ」

「話せばもっと深く相手を危険だと実感できそう」

「……優雨はもっと心を広く持とうぜ」

「嫌がらせでもなんでもなく、修斗にはあんまり近づいてほしくないのよ」


 彼女の警告。

 実際のところ、修斗としては美織とは別に何もない。

 美人に頼られるのが悪い気はしない、それだけだ。


「何でもないよ。高嶺の花と俺がどうこうなるなんてのは夢物語だろうしな」


 そんなに世の中、甘くない。

 今後に夢も期待もしてはいけないものだ。


「とにかく、鼻の下を伸ばしてばかりいちゃダメよ」

「してないっての」

「そもそも、残念男子のアンタと相手じゃつりあわなさすぎ」

「分かってますけど、人から言われると傷つくぞ」

「……それなら、ちゃんと身の丈に合う程度の相手を選びなさい」


 背中越しに伝わる体温。

 こんな風に顔も見えずに接する機会はなくて。


「修斗とは、いつまでこんな感じでいられるのかな」

「……いつまでって、ずっとじゃないのか」

「何事にも終わりはいつかやってくるものじゃん」

「まぁ、永遠はないわな」


 二つ目のハムカツサンドを食べながら優雨の言葉に耳を傾ける。


「終わるっていうより、人の関係なんて常に変わっていくものだろ」

「……そうかしら」

「変わるさ。変わらないものなんてない」

「私たちの関係も?」


 優雨の言葉に修斗は言葉に詰まる。


――俺たちの関係が変わるなんて、ちゃんと考えたことがなかったな。


 中学からの付き合いで、友人としては腐れ縁で。


――変わっていくのかな。俺たちも、いつかは……。


 今とは違う関係になっているのかもしれない。

 どう答えようか迷っていると、


「いいわ。今の質問はなしで。こんな話はやめましょ」

「優雨?」

「そんなことをアンタと話しても意味なんてないもの」

「えー。聞いておいてそれかよ」


 答えを求めておきながら答えられることが怖くなった優雨である。

 臆病がゆえに、望んだ答えでなかった時の方が怖い。


「……少し眠いわ。昼寝するから時間になったら起こしてちょうだい」

「お、おい、その体制で寝られると俺が動けんぞ」

「ジッとしておいて。悪戯したらひどいめに合わせるから」

「それはそれでひどいや」


 話を強引にやめてしまい、優雨は修斗にもたれる形で昼寝をはじめる。


「まぁ、眠くなるほどのいいお天気ではあるけどさ」


 やがて本当に寝てしまったようで静かな寝息が聞こえてくる。


「ホントに寝たし。やれやれ、自由な猫ちゃんですな」


 翻弄されるだけされて、放置なのはいつものことか。


「俺と優雨の関係。変わる可能性なんてあるのかね」


 もしも、自分たちの関係に友人以上の関係があるのだとすれば。


「……想像できっこねぇや」


 口とは裏腹にうっかりと想像してしまった。

 そんな未来があったとしても案外悪くない気がする。


「なぁ、優雨? お前はどう思うんだよ」


 寝てしまって返事のない背中に静かに声をかけた。

 修斗は最後のトンカツサンドに手を伸ばし、「揚げ物系ばかりはキツイ」と愚痴る。

 見上げた快晴の空と背中にもたれる子猫。

 初夏の季節はふたりに少しずつ変化をもたらせつつあった。

 

 

 

 

「修斗、今日の放課後はひとりで帰りなさい」


 放課後になって優雨からそう告げられた。


「なんで?」

「私、少し気になることがあるから残るわ。たまには友達と遊びに行ったら?」

「そういうことなら了解だ。自転車は置いていくから乗って帰れよ」

「いいの? それじゃ遠慮なく借りていくわ」


 自転車で二人乗りできているのでこういう時が少し困る。

 歩いて帰れない距離ではないし、遊んで帰る修斗の方が自由がきく。

 優雨のいない放課後。

 それはある意味で新鮮なことでもある。

 あまり優雨は女友達と遊んで帰るようなことはしない。

 人付き合い的なものを含めて、優雨なりの友人関係の距離感があるせいだ。

 修斗も優雨を連れて寄り道がてらに遊んで帰る程度。

 なんだかんだでふたりっきりでいることが多い。


「……それを世間では付き合ってると呼ぶのでは?」


 遊びに誘った友人からそう告げられてしまい、返す言葉がない。

 ファーストフード店でたむろしながら雑談していた。


「いや、だから、俺たちは付き合ってるとかじゃなくてだな」

「あれで付き合ってないなら何なんだよ」

「ハーレム漫画のバカ主人公じゃあるまいし、他人の好意に鈍感すぎやしないか」

「これだからリア充は……。あーあ、世界が滅べばいいのに」


 軽く相談してみればこの答えだ。


「毎夜、部屋に年頃の女の子を連れ込んで何してやがる?」

「俺たち、恋人がいない男が嫉妬するような真似ばかりしてるんだろ」

「連れ込んでないから。漫画を読んでのんびりとくつろいでるだけだ」

「なんでだよ。普通は押し倒してえっちぃことをしてみたくなるだろ」

「そんなことをしてみろ。優雨に半殺しにされるっての」

「ホントかぁ? むしろ、相手だってそれくらい望んでるんじゃないの?」


 妄想たくましい男子の言い分に修斗は呆れつつも、


「あのね、俺と優雨はただのお友達です。その友情関係に恋愛的なものはない」

「一度も甘い雰囲気になったことはないと?」

「……それは、まぁ。流れ的に微妙なことはあったりするけどさ」

「ほら、それで何もないとかありえねぇ。修斗、恋愛とかしたことないのか」


 恋愛をしたことがないとまで言われて、彼はたじろぐ。


「な、なんだよ。俺と優雨だぞ?」

「この残念野郎。自分がどれだけ恵まれた立場にいるのか、わかってない」

「なんてやつだ。こりゃ、伊瀬さんの方が可哀想だな」

「あっちがあれだけ好き好きアピールしてるのに気づかないって最悪じゃん」

「いや、だから、俺たちは別にそういう関係では……」


 修斗に対して友人たちが「いい加減に気づけ」と諭す。


「ゼロ距離恋愛のままじゃいられない。お前ら、今のままでいいわけ?」

「失ってから気づくとか、別れの王道パータンになる前に自分で気づけ」

「お前、ちゃんと優雨ちゃんの事を考えてやれよ。このヘタレ!」


 友人たちからの罵詈雑言に修斗は困るしかなかった。


――俺だって何も考えてないわけじゃないさ。

 

 積極的に考えて行動する気もないわけだが。

 そういう優柔不断な態度は周囲にも中途半端にしか映らない。


「恋人が欲しくないわけじゃないんだろ? いい加減、お前も考えろよ」

「俺たちだって、いつまでも子供じゃないんだぞ」

「言われたい放題だな」

「……けどよ、そんな風に諭す僕らに女子の縁は一つもないんだぜ」

「余計なことを言うな。悲しくなるじゃないか」

「ちくしょう。神様はどーしてこうも不平等なんだか」


 負け犬男子の遠吠えは寂しい。


――優雨は俺のこと、どう思ってるんだろうか。


 彼女はこれからの関係を変えたいと思っているのか、どうか――。


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