第5話:ただの腐れ縁だよ、これからもずっと
修斗にとって、優雨という少女は特別な少女である。
恋愛対象という意味は置いといても。
他愛のないことを話せて、些細なことでも笑いあえて。
多くの時間を可愛らしい女の子と過ごせている。
普通、女子と縁のない生活をしていれば、この関係は魅力的にも思える。
「……でも、それは相手が優雨じゃなければ、の話じゃね?」
不機嫌なことも多く、機嫌を損ねたら直してもらうまで時間がかかることもある。
彼女のご機嫌取りに費やす時間と苦労を思えば帳消しにされる。
「アイツに振り回されてばかりで全然おいしい思いもしたことないし」
「修斗はどれだけ贅沢ものなんだよ! 可愛いじゃん。スタイルも抜群じゃん!」
「そうだ、そうだ。俺たちだって可愛い女子と一緒に食事したい」
「だからな、お前ら、女の子に夢を見すぎなんだっての。俺は幻滅しかしてない」
クラスメイト達から、優雨との関係を突かれてそう答える。
夢も希望も甘い展開もない。
これからの進展の気配すらない。
メリットとデメリットを比べたらどっちもどっちの結果だろう。
「そんなことないだろ? 実は裏でものすっごい関係だったり?」
「いいよなぁ、家も近くて。やりたいことをやりまくってるのは。羨ましいぜ」
「お前らなぁ。俺だってそれが現実ならもっと惚気てるわ」
年頃男子のやっかみほど迷惑なものはない。
「実際、どうなんだよ? 熱愛中なのか?」
「親しい友人の一人です」
「むっつりスケベめ。関係を隠してるだけでホントのところは付き合ってるんだろ」
「毎夜のようにいちゃラブしてるのに違いない。腰は痛いか? 羨ましい」
「俺たちは想像されてるような甘い関係ではございません。何もないです」
友人たちから追及を受けて否定を続ける。
「一部報道で、自由に彼女が部屋に出入りしてるというのは?」
「それはよくあるけどさ」
昨日も部屋にやってきて漫画を読んでいたが、特別に何かあったわけではない。
むしろ何もなかったことが、二人の関係を表している。
「ほらぁ、見ろよ。こいつ、夜な夜な、部屋に女の子を連れ込んでるぜ」
「つまりはやってることはやってるわけだな。くっ、死ねばいいのに」
「……だから、そーいう意味じゃないってば」
否定しても、あれやこれやと下世話な話題ばかりだ。
「もうこれ以上はノーコメントで。広報担当者が終日席を外しております」
「どれだけサボってるんだよ、その広報担当者。責任者を出せ」
「いいから、俺と優雨の事は放っておいてください」
男子の羨望と嫉妬心が入り混じりすぎて頭が痛くなる。
――この場に優雨がいなくてよかったぜ。
いれば蹴りの一つでもかまされていたに違いない。
彼女は余計な噂をされるのをとても嫌がるのだ。
「しかし、修斗も残念イケメンのくせに女子からモテるよな」
「誰が残念イケメンだ。勝手に残念をつけるな」
「残念イケメンだろ。顔は良いのに、ヘタレ根性が抜け切れてないのが惜しい」
「うるせっ。余計なお世話だ。取り消してくれ」
「正真正銘、ホントのイケメンってのはアレだ」
友人たちが指をさすのは、女子に囲まれているひとりの男子。
にこやかな爽やすぎる笑みで女子たちの中心にいる。
「あぁ、確かに。アイツはすげぇよな。女子の人気も高い。上には上がいるさ」
「付き合ってるって噂の相手も、とびっきりの美人だもんな」
「イケメンと美少女のカップル。まさにこの学校の一年生を代表するカップルだよな」
「女子が告白してもフラれてばかり。大本命があの美人ならしょうがない」
彼を横目に見ながら男子たちはああなりたいと願望を抱く。
「――誰も口説き落とせない、不沈艦大和。大和猛か」
クラスでも人気の彼にだけは嫉妬心も悲しくなるだけだ。
羨望の眼差しを向けるのが精一杯。
「大和みたいにイケメンでモテると嫉妬もできん。羨ましいぜ、ちくしょう」
「まぁ、僕達には縁のない世界だな。生まれ変わるのならイケメンになりたい」
「女にモテてぇ。悲しい叫びをしなくてもいい人生を我らにも!」
「……どうしようもないな、お前ら」
嘆き悲しむ彼らに呆れて言葉も出てこない。
「その余裕がムカつくんだよなぁ。立場的には修斗もこっち側だろ」
「ちぇっ。これだからリア充はよぉ。上から目線だぜ、上から目線」
「そうだ、そうだ。お前が優雨さんみたいな可愛い子と熱愛してるのが許せん」
「なんで、俺は許せないんだよ。別に俺も余裕なんてねぇけど」
男子連中のやっかみで責められていた修斗を救ったのは、
「……あのー、修斗クン。お手伝いを頼みたいんだけど、いいかな?」
困った顔をした美織だった。
何か修斗に対してお願いがあるようだ。
――美人の困った顔も可愛い。頼られて嫌な気はしないもんな。
頼りにされると嬉しくなるもの男心である。
「美織さん? いいよ、どうしたの?」
「これを職員室に持っていきたいの。お手伝いしてくれない?」
それは先ほどの数学の授業で提出されたノートだ。
一冊一冊は軽くとも、まとまればそれなりの重さになる。
女子がひとりで運ぶのは重くて大変だろう。
「分かった。任せてくれ」
承諾する修斗に周囲の男子たちも手を挙げる。
「遠見さん。俺たちでよければ手伝うよ」
「そうそう。困ってるのならいくらでも力になりたいよ」
「ありがとう。今回は修斗クンだけで十分だから気持ちだけ受け取っておくわ。それじゃ、修斗クン。悪いけど付き合ってくれる?」
「オッケー。それじゃ、さっさと職員室に行きますか」
やんわりと他の男子は断り修斗だけを指名した。
ノートを持った背後で不満を持った男子たちが「ずりぃよ、修斗だけ」と愚痴る。
「最近、修斗の野郎、遠見さんのお気に入りじゃね?」
「なんで修斗が美織ちゃんにまで気に入られてるんだよ。ふざけるな」
「モテ期ってやつか? ったく、残念イケメンなのによぉ」
「……女の子に飢えてる僕らにはない余裕があるからでは?」
「な、夏休みになれば俺らにだって可愛い恋人くらいできるって。なぁ?」
誰もが無言でまともに返事できない。
今年の夏もおひとり様、その予定しか埋まっていないのが現実である。
「生まれ変わりてぇ。転生か、異世界か、どこかで人生やり直してぇ」
「言うな。そんなリセットボタンは現実にないんだよ」
「はぁ、不条理だぜ。世界はどうして平等じゃないんだ」
「爽やかイケメンみたいな大和のようになれたら人生が華やかなのになぁ」
どこまでも寂しい負け犬たちの遠吠えだった。
廊下に出た修斗はノートを抱えながら歩き出す。
少しは持ちたいというので、気持ち程度の量だけ美織に持たせている。
数学のノートを担当教師の机まで運ぶ仕事だ。
「これって日直の仕事だろ。なんで美織さんが? 今日は日直じゃないのに」
「私の友達の代わりなの。早紀さん、体育の授業で貧血になって保健室に行ったままだから。その代わりを引き受けたのだけど、思いのほか重くて」
「それで俺に助けを求めたわけか。確か相方の男子は……」
「南丘君。探したんだけど、どっかに行っちゃったみたいで」
「あー、南丘か。アイツはサボり魔だもんな」
「ごめんなさい。無理なものは無理しない。それが私の主義でもあるから。キミには迷惑ばかりかけちゃってるわね」
「別にいいよ。こういうのは誰かがしなくちゃいけないんだからさ」
「そういってもらえると気が楽だわ。修斗クン、優しいからつい甘えたくて」
「……頼られるのは悪い気がしないな」
「ふふっ。頼りにしてます。やっぱり、力が強い男の子は素敵だね」
重くて持てないと判断して、誰かを頼りにするのは悪くない。
むしろ、友人の代わりを買って出る優しさにこそ評価されるべきだろう。
――優雨の場合、面倒なことは絶対にしないもんな。
誰かのためにというのをまず見たことがない。
「美織さんって、人から好かれるのはこういうところなんだろうな」
「え? どういう意味?」
「好意の循環っていうのかな。いいことをしたら、良いことをしたくなる。人間ってそういう繰り返しで信頼を得ていくものだろ」
「……ふふっ。そんなたいしたことはしてないわ。でも、そうね。つい何度もキミを頼りにしてしまうのは、修斗クンに対しての信頼が積み重なってるからかな」
微笑みながら言われてしまうと素直に照れくさくなる。
――この笑みはずるいや。純粋すぎて眩しい。
直視できずに目をそらす。
「信頼なんて、友達想いな美織さんほどじゃないさ」
心の綺麗な人間というのは世の中にいる。
――裏表のなさそうなタイプの子と話していると、心が和むぜ。
どこかの気性が激しい子猫と違い、気苦労がない。
「夏休みはどこかに行く予定でもあるの?」
「知り合いが運送業のアルバイトをしてるんだけど、俺もやらないかって誘われて。しんどいだろうけど、お金はあって困らないからね」
「アルバイトか。頑張るなぁ。私もアルバイトは興味だけはあるんだけどね」
「美織さんは接客業とか似合いそうだな」
他愛のない雑談をしていると、美織は声を静めて、
「修斗クンって、いつも伊瀬さんと一緒にいるけど、とても仲がいいよね?」
「そうかな。ただの腐れ縁だよ、これからもずっと」
「……誰よりも近い関係なのに?」
「それだけの関係ともいえる」
「そっか。……あれは相手の一方通行なんだ」
「美織さん?」
「何でもないわ。二人の関係、面白そうだなって思っただけよ。くすっ」
意味深にそう呟いて笑う美織だった。
職員室に行くまでの間、和やかに時間を過ごす修斗であった。




