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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第3シリーズ 『猫系女子のしつけ方』
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第22話:この想いを捨てられないから

 夕闇の公園に優那の叫びが響く。


「私はもう誰も好きになりたくない」

「優那……」

「大切なものを失うくらいなら、誰も愛さなければいい」

「それがお前の恋愛嫌いの理由か。そんな事情があったなんてな。でもさ、だからと言って、自分から過去をあえて忘れようとするのはどうしてだよ?」


 優那は必要ない過去さえも忘れようとしている節があるのを千秋は気づいている。

 何も言葉を返せず、自分の長い髪をいじるだけで言葉は続かない。


――過去を消し去りたい。その理由か。


 初夏の暗い空を見上げながらようやく言葉にできたのは、


「それが私にとっての幸せだった頃の記憶だからさ」

「幸せの記憶?」

「その幸せを思い出すたびに、私は痛みも思い出すから。幸せが終わってしまった、その大きな痛みを……。ただの現実逃避だよ」

「優那らしくない答えだ、現実から逃げ続けているなんて」


――痛い言葉だね、本当に自分でもそう思うよ。


 千秋を好きだった、幸せの記憶。

 消してしまいたいと思う反面、消せるはずもない大事な思い出。


「……優那、俺はお前の気持ちは理解できるつもりだ」

「大切だからこそ、失うのが怖い。この気持ち、お前に理解できるというのか? 何も失っていない千秋に?」


 好きだからこそ壊したくない。


「分かるさ。今まさに、俺はお前を失いかけている。今の現実はそれそのものだろ?」


 二度の告白、その答えは付き合えないと言う拒絶。

 優那に対して好意を抱いてくれる大切な存在。


「優那が俺をここに連れてきた理由、それは俺に諦めてくれと言う宣告か。……嫌だね、俺は優那を諦めない。ずっと好きでい続ける」

「お前はバカか!? これだけ言ったのになぜ?」

「それを優那の本心が望んでいないからさ。優那はただ、怖いだけなんだ。恋愛の果てにある終わりばかりを見ている」

「そうだ。愛は人を不幸にすることもあるってことだ」

「違うね」


 否定する千秋は優那に微笑みかけてくる。

 精一杯の優しさを込めて――。


「好きだって気持ちを止められないから、人は恋をする。愛しさが溢れていく、愛は人間の感情の中で1番影響力があって、1番脆いものだ」

「恋人になって何の意味があるというんだ? 恋をして、そして、どうなる?」

「少なくとも、幸せはあるさ。たとえ、終わりがあるとしてもその瞬間だけは幸せになれる。誰も不幸になりたくて、恋愛するわけじゃない」

「……え?」

「優那には俺が教えてやる。お前に本当の愛を教えてやりたい」


 俺は優那の華奢な身体を抱きしめる。


「お前には何も失わせたりしない」

「嘘だ」

「約束するよ。優那。俺を信じろ」


 抱きしめられるその腕を優那は弱々しくつかんで抵抗する。


「嘘つきめ。そんな言葉、信じちゃいけないんだ」

「……そんな事を泣きそうな顔をされて言われても説得力ねぇよ」


 いつしか瞳の端には涙が溜まっていた。

 弱さを見せない、普段の優那ではなかった。


「俺は好きな子を泣かせる真似はしない。それだけは信じてくれよ。ずっと付き合い続けてきた幼馴染だろう。なぁ、優那?」


 頬に手を当てられて優那はどうすればいいのか分からない。

 戸惑うばかりで彼の名を呼ぶことしかできない。


「千秋?」

「俺は優那に愛するという事を思い出して欲しい。愛は人を傷つけることばかりではないんだって。幸せになるために必要な物なんだって」


 ぐっと身体を引き寄せて、千秋の唇が優那に触れた。

 

「――俺は優那が好きなんだ」


 静かな夜、お互いに呼吸を止めたように無音の状態が続く。

 

「んぅっ」


 触れ合う唇の感触だけがそこにある。

 心臓がドキドキと高鳴る。

 キスをされた優那は唇を離しても、呆然としているだけだった。


「ち、千秋!?」

「隙を見せたそっちが悪い」

「こ、この……何なんだよ、お前……」


 怒るでもなく、何も言わずに視線を逸らした。


「私に優しくするな。どうすればいいか、分からなくなる……」

「分からなくなっていいんだよ。恋ってそういうものじゃないか」

「千秋は後悔する。私のようなものを好きになっても、意味なんて」

「お前を好きになる事に既に意味は存在している。俺は幸せだから、優那を好きでいるという事、傍にいるだけでも他のどんなことより楽しいんだよ」

「バカか、お前はっ。本物のバカ、だな……」


 溜め続けていた涙が零れ落ちる。

 昔のように、小粒の涙を瞳から溢れ出させてしまう。


「ホントに……うぅっ……」


 どうしようもなく感情が込み上げてきた。

 千秋は優那を抱きしめたまま子供のように優しく声をかけ続ける。


「――俺は優那が好きだ。お前以外に愛せる女性はいない」


 それは優那にとって救いの言葉だった。

 

――言うつもりなんてなかったのに。


 心の奥底に閉じ込めて、無くしてしまおうとしてきた。


――終わらせたくない。終わらせられない。


 想いが重なり合う時、優那は本当の心の内をさらけ出す。


「ずっと前から私だって千秋を愛していたんだ。好きだったんだよ」


 ようやく、好きだという言葉が優那から引き出せた。

 千秋の顔に安堵と愛しさが表われる。


「関係が壊れてしまうのを何よりも恐れていたんだな」

「そうだ。両親と姉の確執、あれから私は愛を信じられずにいた。愛は人を不幸にするものだって思いこんで……自分も大事なものを失うんじゃないかって」

「優那が経験してきたことを思えばトラウマにだってなるさ」


 大切だから余計に触れるのが怖くなるもの。


「だけど、気づいてしまった。お前が他の女性と付き合うという事は私にとって失う事と同等なんだって。ずっと私の傍にいて欲しかったんだ」

「俺も優那一筋って言っておきながら、あっちこっちに気が向いていたからな」

「……だけど、最後にはいつだって私を選んでくれた」

「俺にはお前しかいなかった」


 想いが繋がりあう。

この幸せは心地よくて、大切なもので。


「千秋、私も好きだよ。ずっと、好きだったんだよ」


 ずっと求めていたモノ。

 ようやくこの手に掴む事ができた気がするのだ――。


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