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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第3シリーズ 『猫系女子のしつけ方』
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第21話:恋することで失うもの



 優那が千秋を連れてきたのは近所の公園だった。

 夕暮れの時間帯、既に遊んでいる子供はいないようだ。


「2年前、俺はここで優那に告白した」

「覚えているよ。暑い夏の日、あの時は本当に驚いたものさ」


 告白された記憶は昨日の事のように思い出せる。

 まさかという思いが大きくて、びっくしたもの。


「……ここに来るのは久しぶりだ。あえてくることもなかったし」

「昔は皆でよく遊んだよな」

「千秋がよく連れて来てくれたりして、楽しかったよ」


 過去を懐かしみながら、千秋は本題へと話を進める。


「俺はまだ優那の口から確認していないことがある」

「……私がどうして、恋愛を嫌いになったか?」

「そうだ。優那のお姉さんが結婚してからだな。あれから、お前は変わった」


 お互いに暗黙的に避け続けた話題。

 千秋は優那に何があったのか、真相を問いただそうとしなかった。


「お前は何も聞かずにずっといてくれた」

「それが優那を傷つけると知っていたから」

「本当に優しい男だと思うよ」

「……ただ、壊したくなかっただけださ。今の関係を含めてな」


 言いたいことを言えない。

 相手の心に踏み込めない。

好きだからこそ壊したくない関係はある。

 

「当時、まだ高校生ながら交際していた男の人との間に子供が出来た」

「確か相手の人って学校の先生だったんだよな」

「可愛い生徒に告白されて心を揺れ動かしたに違いない」

「エロ教師とか、ロリコンとか。散々噂されてたような……」

「あの人はね、姉を好きになってしまった。自業自得だ。踏み出したのは禁断の恋だったんだから。でも、あの人は姉を愛していた。自分がどれだけ世間から非難されても、言い訳することなく、姉を諦めることもなかった」


 状況は最悪ながらも、愛情は一途なものだった。


――せめて、高校を卒業するまで手を出すのをやめてれば完璧だったのに。


 江梨も情熱的な性格であり、惹かれあってしまってからは止められなかった。

 教師と生徒の恋愛、ドラマや小説の世界だけじゃない。

 現実にもそれはよくあること。

 身近な相手を好きになるのは止められない。


「お姉ちゃんも本当に彼が好きだった。愛していた。だからこそ、子供ができたことにもすぐに納得して産む決意をした。全てを犠牲にしても愛を貫くと決めたんだ」

「……その結果が、どうなったとしても?」

「家族は見事なまでに崩壊したよ。両親は私達から逃げるように距離を置くようになったし、姉も最後まで認めようとしなかった両親を嫌っている。どうしようもなく壊れてしまった。こればかりは仕方ないさ」


 人と人の関係は家族だからと言って必ず分かり合えるわけじゃない。

 お互いを嫌いあい、憎みあい。

 気が付けば、どうしようもなくなっていた。

 いつしか、夕焼けは沈みかけている。

夜の帳が落ちた光景を見つめるように、ベンチに腰を下ろした。


「暗くなってきたな」


 公園内の電燈に明かりがともりだす。

 夏の夜の風の涼しさを感じながら、優那はあの頃の記憶を思い出す。

 

「当時、小学生の私はただ家族が壊れていくのを見ているだけだった」

「何もできるわけがないだろ」

「父は怒声をあげて、母は姉を叱りつけて、姉は両親に反抗した」


 毎日のように続いた両者の喧嘩。

 罵詈雑言、罵声の飛び交う中で優那はどうしようもなかった。

 何もできなかった無力感。


「子供を生みたいと言う姉と、世間体を気にするあまり、何も認めようとしなかった両親の間に亀裂が生まれるのは当然だったんだ」

「近所にまで響き渡るおじさんの怒声を覚えている。いつだったかな、優那の泣き声が聞こえたから、俺は窓を開けたんだ。寂しそうにお前はただ泣いていた」

「その度に千秋が私を慰めてくれたのを思い出したよ」

「放っておけるか。よくある夫婦喧嘩の類だと当時は思っていたよ」

「どこの家庭にもある普通の喧嘩だったら、こんなことにはならなかった」


 その後、江梨は実家を出て、その旦那と一緒に隣街に住むことになった。

 両親は仕事を優先して家庭を顧みる事はなくなった。


「孤独になった私は今の生活を正直、安堵もしているんだ」

「え?」

「もう誰も喧嘩することはない。結果としてだけども……」


 好きの反対語は何かと聞かれて、大抵の人はこう答えるのではないか。


――“好き”の反対は“嫌い”。


 嫌いになるだけならまだ相手を意識しあえるだけマシなんだ。


――“好き”の反対語は“無関心”。


 相手に感心すらもなくなってしまうことが何よりも辛い。

 千秋の手がそっと優那の肩に触れる。


「私は最後まで傍観者、当事者にはなれなかった。家族を壊したのは姉だ、それを歪ませたのは父と母。しかし、私はどちらでもない。選ぶ権利も、何もなかった。ただ、私は目の前で家族というものが崩壊するのを見ているだけだった」

「泣き虫だった優那はいつしか泣かなくなった」

「泣いてもしょうがない。何も解決しないと思い知ったからさ」


 あの頃を境に優那の性格はずいぶんと歪んでしまった。

“ちーちゃん”と呼んでいたのに“千秋”と呼び始めた。

 世の中の全てに興味を失って。

 大好きだったはずの男の子のことすらも、心から切り離してしまった。


「……私の心は自分でも気づかぬうちに壊れてしまったようだ」


 大好きな姉と両親のいがみ合いの中、必死に双方をなだめようとした。

 子供の心で素直に仲良くして欲しいと望んでいた想いは砕かれてしまった。

 

「私は姉とは非常に仲はいい。けどね、両親とは未だに距離がある。この出来事を起こした最大の原因は何だと思う?」

「……恋愛、とでもいうつもりか?」

「そうだ。恋愛というものが私の家族を壊してしまった。これが極端な事は理解している。恋愛が毎回こうじゃないということも分かってる。でも無理だ」


 それでも、優那の傷ついた心は恋愛に“憎悪”と“恐怖”を抱いた。


「恋は私から全てを奪った。恋愛は他人を、自分を、様々な人間に影響を与えてしまう。私には無理なんだ、千秋。もう誰も好きになる事ができない」


 優那の恋愛嫌いの根源にあるのは“恐怖”だ。

 恋愛の果てにある負の結末を恐れている。

 恋をする事で他人を巻き込み、何か嫌な事が起きるのではないか。

 それは些細な事かもしれない。

 恋をすれば誰だって体験する物かもしれない。

 だけど。


「恋愛なんてしなければ、苦しむことはない。自ら苦しみや悩みを抱える必要もない」

「だから、俺に幼馴染を望むのか?」

「そうだ。私にとって千秋はよき理解者であり、信頼の置ける人物だ。だが、それも恋をして、壊れてしまうかもしれない。私はそれが嫌なんだ」


 臆病になってるのは、恋をした結果が怖いため。

 誰よりも、その悪い方の結末を見続けてきているから。

 臆病になってしまった子猫の心に千秋の想いは届くのか――。


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