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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第3シリーズ 『猫系女子のしつけ方』
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第18話:恋心の再来

 それはあまりにも残酷な真実。

 愛するものを傷つけてきたことを知らずにいた。

 

「優那。ごめんね、ごめんなさい……」


 悲痛な表情を浮かべる姉を前に優那は思わず素の自分をさらけだす。


「もうやめてっ。お願いだから、やめてよ、江梨お姉ちゃん」

「優那……?」

「お姉ちゃんに自分を責めて欲しくなんてない。だって、お姉ちゃんはちゃんと最後まで恋愛を突き通したじゃない。他の選択をすることもできたのに」


 本当ならば悠姫を身篭った時点で彼女はいくつかの選択をすることもできたはず。

 だけど、彼女は高校をやめて、赤ちゃんを産む道を選んだ。

 自分の将来の夢を捨てて、結婚をする選択をした。

 彼女はかつて優那にこう言ったんだ。


「この世界は“愛がすべて”。それを失ってしまえば私は生きていけない」

「それは昔、私が優那に向けて言った言葉よね?」

「その通りにお姉ちゃんは愛を選んだ。悠姫を、旦那さんを愛していく。私に理解できなかったのは確かだよ。家族の関係を壊して、自分のエゴを貫いて……」


 大事な家族を苦しめてまで、突き進んだ彼女。

 その選択の意味を理解できないこともあった。


「でも、今なら分かる。お姉ちゃんが守りたかったものが何なのか」


 大切なのは、自分の家族。

彼女はそれを守るために自分の“生きてきた道”を捨てた。

 高校生という立場と、生まれ育った家族から離れて得たひとつの幸せ。

 未来のために過去はある。

 その過去を捨て、江梨は自分の新しい未来をつかんだ。

 

――強くなくちゃできない選択だった。自分と相手を信じなきゃできなかった。

 

 歩んできたのは茨の道であっただろう。

 本人いわく、自業自得の結末だとしても。

 同じ立場だったとしたら、優那は彼女のように強く生きられただろうか。


「私が愛を恐れるようになったのも事実。けれど、それは私が弱いせいで江梨お姉ちゃんのせいじゃない。私が……私がっ……」


 頭によぎるのは痛みを伴う過去の記憶。

 千秋に恋をしていた頃の思い出の出来事。


『俺は優那が好きなんだ』


 そして、思いもしなかった千秋からの二度目の告白。

 最初に想いを踏みにじったのは優那だ。

 想いを知りながらも、断って、想いを遠ざけて。


 “愛がすべて”。


 その一言が今の優那にとって胸に打ちつけられたようだった。


「ゆーお姉ちゃん? どうしたの? けがをしたの? どこか痛いの?」


 ハンカチを差し出して、顔を覗きこんできたのは悠姫だった。

 どこかが痛いと勘違いしてるようだ。


「泣いちゃいやだよ。私、ゆーお姉ちゃんの涙なんてみたくない」


 姪に言われて自分が涙を流してた事に初めて気づく。

 頬を伝う涙の滴。


――千秋への過去の想い出に涙するのはこれが2度目だ。


 涙が出るほどに、自分は彼を思う気持ちがある証拠でもあった。

 

「私は泣いてなんて……」

「だったら、笑顔になろう? いつもみたいに笑ってよ、ゆーお姉ちゃんっ」


 健気に優那を励まそうとする悠姫の姿。

 そこに幼い頃の自分の姿を見た気がした。

 大好きな姉に対して、いつも優那が見せていたその笑顔。


「わたしね、お姉ちゃんの笑顔が好きだよ」


――あぁ、そうだ。私も好きだった。


 あの笑顔はもうどこにもない。

失った過去は取り戻せない。

 

――取り戻せないのに。ずっと過去に縛られていたんだ。


 家族が揃って笑いあえた日々は戻らない。

 だからこそ、新しい日々を作り上げていかねばならないのだ。

 優那はそのハンカチで薄く瞳を濡らした涙を拭う。


「ごめん……そうだね。笑顔は大切だ」

「えへへ」

「悠姫は大事なことを教えてくれた」


 そのまま悠姫を抱きしめる様子を江梨は優しく見つめる。


「ありがとう、悠姫。笑顔にならなきゃダメだね」

「うんっ。笑顔が一番なのっ」

「ふふっ。“江梨お姉ちゃん”、これがお姉ちゃんが守って、手に入れた幸せなんだ?」

「そうよ。大切で可愛くて仕方ない、私の宝物。でもね、悠姫だけじゃなくて優那も大事な妹だもの。幸せになって欲しいと思うわ」


 優那はずっと愛は大切なものを奪うものだと思っていた。

 しかし、目の前にいる悠姫のように幸せを掴むためのものだと改めて感じる。

 愛が自分たちの家族を失わせた。

 だけど、愛は失う事だけじゃない。

 ちゃんと得られるものだってあるのならば……。


「私は自分で自分の未来を捨てようとしてたんだな」

「優那。千秋君が好きならば後悔しないようにしなさい。私が言えた言葉じゃないけれど、愛は幸せの形なの。きっと優那にも今なら手にすることができる」

「幸せの形」

「そうよ。自分の気持ちと向き合って、正直になることが大事だもの」

「素直になるのは苦手なんだ」

「昔の貴方を思い出して。とても素直で純粋な子だったでしょ」

「……ふっ。素直すぎるのもどうかと思うけど」


 自嘲気味に笑みがこぼれた。

 確かに、渡せなかったラブレターにはその素直な想いが書かれていた。


――あの頃のように戻れるとは限らないけども。


 ため込んだ想いや言葉を吐き出せば、今よりはちょっとはマシになれる気がする。


――昔のようにはいかなくても。ちょっとくらい、自分にも残ってるかな。


 優那は顔を少し上に向けながら千秋を想う。


――好きな相手に好きと言える、そんな素直さが……。


 優那の中で少しずつ氷のように解け始めるモノがある。

 それは封じ込めて、捨て去ろうとしていたもの。

 ずっと恐れ続けていた“愛”という感情を優那は再び心に取り戻そうとしていた。

 

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