第16話:誰も代わりになんてなれない
「美味いっ」
夕方になり、約束通りに千秋が家にやってきた。
千秋は優那の作った料理を美味しそうに食べる。
煮込みハンバーグは昔から彼の好みである。
「さすが優那。この手作りハンバーグはマジで美味しい」
「得意料理の一つだからね」
「実際、優那ってホントに料理が上手だよな」
「一人で暮らしていれば、必然的に自炊スキルも身につくよ」
今日の夕食はどうしようか、と悩んだり。
普通の家族がいる高校生なら考えなくてもいいことに悩まされることもある。
「俺も優那のお世話をして自炊スキルを身につけました」
ドヤ顔をする幼馴染である。
「日々成長をしているぞ、千秋。自炊系男子としてお前を成長させてあげているのだ」
「なんで偉そうなんだよ」
実際、彼女のためではなかったら、自炊スキルを覚えることはなかった。
「もう少し優那が朝に強ければよかったんだけどね。料理するのに慣れてきた自分に驚きだ。やればできるものだな」
「料理男子というのも悪くないだろ?」
「確かに。できるということはいい経験だよ。さすがに優那みたいとはいかないけど」
「お世辞はいいからさっさと食べてくれ」
あんまり褒められるのも優那の調子が狂う。
照れくさくなって優那は食事を促す。
ふたりで食事をしながら優那は喜んでくれる千秋の横顔を見つめる。
――ほんの些細な事なんだけどな。
誰かのために食事を作ること。
おいしいって言ってもらえたりする、反応が何よりも嬉しかったりする。
――誰かと食事するのも悪くない。ひとりじゃないのはいいな。
久しぶりの感覚に優那は自然と口元に笑みを浮かべた。
「笑った?」
「私だって笑うことくらいあるさ」
「いや、なんか久しぶりに見た気がするな」
「そうか? お前を失笑するのには慣れてる」
「それ、笑みの意味が違う」
自然と零れた笑みだった。
「そういや、彩華ちゃん。彼氏ができそうって話じゃないか」
ここ最近、彩華が恋愛に頑張ってるのはよく知っていた。
何かあるたびに相談されるが、うまく励ませない自分がいる。
――恋人経験のない私に相談されてもな。
前向きに頑張る友人をただ応援するしかできないでいる。
「そうらしいね。あの子は男を見る目はよさそうだから心配はしていないが」
「俺を見て言うのはやめてほしい。俺、真面目ないい子よ」
「真面目なやつは自分で真面目とは言わないと思う」
「そりゃ、そうだ」
苦笑する千秋は「どんな相手なんだ?」と尋ねる。
「隣のクラスの男子だよ。私も何度か話したことがあるが、思いやりのある子だ。あの子が相手ならば、彩華との相性もよさそうだ」
「へぇ。彩華ちゃんと優那って、前から仲がいいけど、そんなに気が合うのか」
「気が合うというよりも、単純に彩華の面倒見がいいだけさ」
「確かに。何か困ってたら放ってはおけないタイプだな」
「自分の事のように悩んでる相手に寄り添う。あの子の優しさに私も救われている。私は自分で言うのもあれだが面倒な女なんでね」
「ホントに自分で言うなよな」
「自覚があるだけマシだろう? 私は無自覚なタイプじゃない」
「そこは直す努力をしてくれ。昔の優那はこんな子じゃなかった」
その一言に優那の心がチクリと痛む。
――そうだな。私はこんな人間じゃなかった。
もっと純粋で、可愛げがあって。
きっとあのまま成長していたら、こんな性格にはなっていなかった。
だが、千秋は別の意味で言ったらしい。
「俺のことを“ちーちゃん”と呼び慕ってくれてた頃が懐かしい」
「それは忘れろ」
「可愛かったよなぁ。昔の優那は俺の後ろをついてきて、何かあるとすぐに手を繋ぎたがってさぁ。あの小さな手を繋いでた頃が本当に懐かしい」
「ホントにやめてください。ほ、ほら、スープのお替りをあげるから」
気恥ずかしさで死にそうだった。
食事が終わるまで彼にいじられてしまう優那であった。
食事の後片付けを終えてから、千秋が本題に入る。
「あのさ、話したいって言ってたことなんだけど」
「何だ? また私を変な事に巻き込むのだけは勘弁してくれ」
「変な事って、例えば?」
「お前の彼女たちから事あるごとにクレームを入れられるのは苦痛だ。誰が好き好んで身に覚えのない修羅場を経験しなければならない」
他人の戯言を気にしない方とはいえ、ああも文句ばかり言われるのも不愉快だ。
言いたい放題に言われて、こちらから反論すれば逆ギレされるありさまだ。
自分の知らない所で恨まれるのは
「その件は重ね重ね申し訳ありませんでした」
「猛省してくれ」
「ていうか、そういうことがあったのなら、もっと前から言ってくれよ。俺、全然知らなかったんだぞ。びっくりだ」
「……あんなことがあっても幼馴染の関係を続けてくれているお前の優しさに私は甘えている。それくらい我慢してやるさ」
幼馴染の関係が壊れてしまう大半の理由。
年齢を重ねての自然消滅のパターン。
または相手に恋心を抱き、それが失恋に終わった場合。
関係が希薄になる前者と違い、後者は致命的に関係が終わることが多い。
幼馴染の恋愛の難しさって言うのは距離の近さ。
それゆえに、失恋などは関係そのものを終わらせてしまう。
――失恋沙汰があっても、関係を続けていられるのは千秋のおかげだ。
そこだけは千秋に感謝しているのだ。
「……それ、逆だからな?」
「え?」
「普通はさ、未練たらっしくフッた男を傍に置いては置かないもの。俺が、じゃなくて、優那が続けてくれてるから、今の俺達があるんだよ」
千秋はそう笑いかけながら、思い返すように、
「……なぁ、優那。俺さ、この数年、いろんな子と付き合ってみたよ」
「知ってる。年上から年下まで。あとは人妻と小学生に手を出せば完全制覇か?」
「そこに手を出す高校生は犯罪者だ!?」
「お前なら余裕だろ。なんだ、過去を振り返る気にでもなったか」
千秋は容姿がいいためにモテるのである。
男子としても、人気は高い方だ。
恋人を作りたいのなら苦労はしない。
優那にフラれて以来、何人かと付き合ってきた。
ただ、いい雰囲気になりかけても、つい脳裏をよぎるのは……。
「……そんな経験をした結果、俺は何も得られませんでした。彼女達には悪いと思うけどね。最初から無駄だって分かってたのに」
「何が?」
「自分の気持ちに嘘をつくこと」
「嘘……」
「そう。俺さ、やっぱり諦めきれないんだよ」
真っ直ぐな視線で優那を見つめるその瞳。
「お前の事が諦めきれない」
千秋は、優那の想像していなかった言葉を囁く。
「……ちょっと前に愛紗美とは別れた。理由は未だに俺は優那が好きだからだ」
「は?」
間の抜けた声が出てしまう。
――こいつ、何を言ってるんだ。
「本人にもそう伝えたら、『勝てないって分かってました』って泣かれちゃった。俺は悪いやつだと思い知らされた。その気がないなら付き合うべきじゃなかった」
「……あの子は本気でお前を好きだったんだ」
「うん。だけど、優那を好きって気持ちを抑えることもできない」
優那の代わりは誰にもできない。
それが経験を踏まえて出た答えだ。
「もう一度だけ、チャンスをくれないか?」
「チャンスだと」
「そうだ。優那、俺は……お前の恋人になりたいんだ」
突然の告白。
千秋に対して優那は何も言葉が出てこなくて、黙り込むしかなかったんだ――。