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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第3シリーズ 『猫系女子のしつけ方』
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第7話:ふたりの関係


 翌朝の事である。

 カーテンから差し込む光に目を開ける。


「眩しい……今、何時だ?」


 いつもよりもかなり遅い時間。

 優那が目を覚ました時、時計の時刻は既に学校が始まっている時間帯だった。

 

「千秋は……そうか、来なかったのか。私が言ったんだったな。何を寝ぼけているのか。目覚まし代わりの幼馴染がいないせいで、さっそく遅刻じゃないか」


 本物の目覚まし時計はセットして満足に起きれたためしがない。

 優那はベッドから起き上がるとパジャマを脱ぎ捨て、制服を着る。

 すぐにリビングに出て、飼い猫のエサを与えておく。


「……キャラウェイ? どこかで遊んでるのか」


 姿が見当たらないのでエサだけをエサ箱に入れていく。


「9時10分……1時間目はアウト。2時間目に間にあうようにしよう」


 千秋に来るなと言った次の日にはこのありさまだ。


「情けなくて言葉もないな。明日は目覚まし時計で起きれるように頑張ろう」


 千秋を頼ってばかりいたツケ。

 覚悟を決めた矢先にこれでは話にならない。

 優那は簡単に食事を済ませてから学校へと歩き出す。

 いつもならば千秋が優那の面倒を見てくれているので、助かっていた。

 幼馴染として千秋は理想的な男だった。

 ただ、それは千秋の望むものとはかけ離れている。

 彼は優那と恋人になりたがっていて、彼女はそれを望んでいなかった。

 優那と千秋はそれぞれの関係に求める物が違う。


「恋愛感情は全てを壊す、大切なモノを傷つけるだけなんだ」


 恋愛を拒絶する優那。


――また、私は大切なものを失おうとしているのかな。


 大事なものを手放そうとする自分の愚かしさ。

 先の見えない優那の試練が始まった。





 学校に登校すると彩華は呆れた顔をしつつも、出迎えてくれた。


「これまた遅い登校で。お寝坊さんの優那ちゃん」 

「おはよう。目が覚めたらこんな時間になってしまった」

「どうして千秋君と別行動? 喧嘩でもしたの?」

「喧嘩と言うか、昨日のいろいろとあったからね。アイツには恋人優先でいてもらたい。私みたいな幼馴染優先の生活から切り替えろと言っただけさ」

「何それ? 優那ちゃんが恋人みたいなものなのに」

「アイツには本命がいるのをお忘れなく」


 肩をすくめながら「私たちは恋人ではないよ」と改めて否定しておく。

 優那達は前に進もうと決めたのだ。

 これしきのことで揺らいでいるわけにはいかない。


「彩華は勘違いしているみたいだが、私は決して千秋を嫌ってはいない」

「知ってるよ。大好きもんね」

「……違うってば」

「またまた素直じゃないな。千秋君が優那ちゃんの“初恋の相手”なのに?」


 彩華の思わぬ言葉に優那は失笑した。


「ははっ。何だ、それは。私の初恋相手だと?」

「違うの? 違わないよね?」


 初恋相手。

 そんな甘ったるく切ない言葉。

 聞かされるだけでもどこかくすぐったくなる。


「そんな昔の事は忘れてしまったよ。初恋なんてものは……」

「そこは否定しないんだ?」

「彩華。私は“忘れた”と言っている」

「だから、否定はしてないよね? 素直じゃないよ、優那ちゃんって」


 くすっと彩華は優那に対して微笑する。

 確かに否定はしない。


――私は幼い頃に千秋を好きだった。


 俗に言う“初恋”だったのも認めよう。

 しかし、それは過去にすぎない。


――今となっては思い出すのも意味のない思い出だ。


 今さらどうしようもないのだ。

 その淡い思いは彼女の心に深く刻み込まれた、悲しみの記憶と共に消え去った。


「何で初恋は実らなかったの? 両思いだったんでしょう」

「その話はもうやめてくれ。思い出すだけ無駄だ」

「やっぱり、千秋君が可哀想。ちゃんと向き合ってあげればいいのに」


 この件に関しては彩華は千秋よりの考えを見せている。


「はいはい。私の事は放っておいてくれ」

「もうっ。優那ちゃんの頑固者。いつか後悔するからね」


――後悔ならとっくにしてるさ。これでもかっていうくらいにね。


 優那は次の時間の教科書を鞄から出して、話を流すことにした。


「それよりも……次は英語だったか?」

「違うよ、次は数学。英語は1時間目でした」

「そうか。後でノートをコピーさせてくれれば助かる」

「いいよ。ほら、どうぞ」

「彩華の字は綺麗だからいいな。分かりやすい」


 そう言って彼女からノートを預かった。

 すると、彼女に千秋が近づいてくる。

 半ば呆れたような、心配しているような表情を見せて、


「優那っ。お前、初日から遅刻ってマジかよ」

「……今日は偶然だ。千秋を頼りにしてた癖が抜けてなかっただけだよ」

「明日は行く前に声をかけようか。起こすくらいでも……」

「千秋」


 たしなめるように、優那は彼の名前を呼ぶ。


「情けは不要だ。私達は距離を置く。そう決めたんだろう?」

「それはそうだけどさ」

「中途半端はやめよう。そうやってグダグダしてきたのが間違いなんだ」


 幼馴染と恋人の関係には大きな差がある。

 そこをちゃんと考えなければいけない。

 今、彼が一番大事にするべきなのは誰なのか。

 亜沙美の台詞ではないが、優那も彼の事を考えてやらないといけない。


「ホントはもっと前からこうしておくべきだった。ごめんな、千秋」

「謝るなよ。ていうか、もしかして……愛紗美の件と似たことって前からあったのか。うわ、マジかよ。ホントにすまん」

「……気にするな。私がお前の恋人たちに暴言を吐かれたのは過去の話だよ。頬を殴られたことも一度や二度はあったかな。何人かに囲まれたこともあったっけ」

「はぐっ!?」

「いやいや、ひどい目に合ったのは千秋のせいではない。決してない」


 顔を青ざめさせて「ホントにごめんなさい」と千秋が謝ってくる。

 申し訳なさ以外の感情がわいてこない。


「なぁに。自称、モテる男が自称じゃなかっただけの話だ」

「ぐはっ。ホントにすみません。責任を取らせてください」

「冗談だよ。お前は悪くない。私の立ち位置が微妙過ぎただけだ。恋人よりも大事にされている幼馴染がいたら、そりゃ怒るだろう。私の自業自得さ」


 これまではそれでもいいと甘えていた。

 しかし、これからは違うのだ。


「彼女たちの想いも分かる。お前に甘え続けてきた私の弱さを許せ」

「許すも何も、俺は……」

「と、言ったものの、せめて、自分で起きるくらいの有言実行はしないとな」


 いつまでも幼馴染に頼りっきりではいられない。

 しかし、その見込みが甘かったのだと知るのは後の事だった。





 千秋が自分の席に戻ろうとした時、ぐいっと服を彩華につかまれる。

 今回の件、友人として放っておけないのである。

 彩華に詰め寄られて困惑する千秋は「えっと」と鈍い反応をみせる。


「ちょっと千秋君。これはどういうことなのかな? 喧嘩なら仲直りして」

「……トラブルがあったのは認めるよ。俺が原因でもある」

「大体さぁ。朝が超弱い彼女が一人で起きれるとでも? 彼女の面倒を見るのは千秋君の役目でしょ。しっかりと、しつけないとダメなんだからね」

「優那を猫扱いするのはやめてあげてくれ。アイツはホントに朝が弱いだけなんだ」


 朝、すっきりと目覚めることが少ない。

 その理由は心にあると千秋は考えている。


「優那は両親と離れて暮らしてるだろ。家族間でちょっとした揉め事があったんだ」

「……そうなの?」

「いろいろとな。そういうものが積み重なって、心に負担となってる気がする。朝が弱いのは、その手の心理的な事情もあるはずなんだ」

「そこまでわかってるのに。お世話してあげないの?」

「優那がそれを望んでないからな」


 今回の優那の提案には千秋にとっても心配の種でしかない。

 お互いに距離を置く。

 正しいことのように思えるが、果たしてホントにそれでいいのか。

 

「一番悪いのは千秋君だよね」

「……俺ですか?」

「優那ちゃんを本気で思うなら、今の恋人との関係を清算するべきだと思うの」

「手痛い言葉を平気で言う彩華ちゃんらしい」

「だって、それが当然だと思わない? 心の二股状態はやめなさい。どちらに対しても失礼だもの。千秋君の中途半端さが一番よろしくないの」


 痛い所をつかれたレベルではない。

 それは千秋自身が感じていることでもあった。

 

「千秋君が一番大事にしたいのは誰なの? 恋人の子? それとも優那ちゃん」

「俺は……」

「どちらが大切か決めなきゃ。中途半端な状態だから優那ちゃんも困るんだ」


 千秋が恋人を作ったのは優那の後押しがあったからだ。

 自分の気持ちを誤魔化して、誰かと付き合って。

 だが、それで心が満たされたことは一度もなく。

 千秋の本心は、今も昔も変わらない。


「そろそろ、覚悟を決めなきゃダメじゃない?」

「……恋愛絡みは優那が嫌がるからさ。ちゃんと話もできずにいる」

「勇気を出して話してみなきゃダメなこともあるじゃん」

「その通りだな。俺はいつまでもあの苦い記憶を引きずりすぎてるのかもしれない」


 優那に告白してフラれたという事実。

 その事実と向き合い、もう一度、考えてみなくてはいけない。

 優那と千秋はこれからどうあるべきなのか。

 幼馴染として終わってしまうのか。

 それとも、これからの関係に変化をもたらせるのか。


「俺がしっかりしなきゃ優那も苦しいだけなのかもしれないな」


 改めて、二人の関係をどうするのかを悩む千秋であった。


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