第14話:猫系彼女が本気すぎる件について
言葉にしなくても伝わるものって確かに存在する。
だが、大事なことは思いにしなければ、相手に届かない。
伊月と亜衣は、幼馴染の関係を終わらせ、新しい関係を始めようとしてた。
だが、しかし――。
「……遊びで付き合いたくないの。私は本気だもの。本気で伊月が好きなのよ」
亜衣の想いは伊月のものよりもはるかに強かった。
幼馴染→恋人→婚約者→結婚、というプロセスを超えて。
幼馴染→結婚という、大人の階段を二段飛ばしで登っていく発想である。
唖然とする伊月に亜衣は「責任の意味を理解してない?」と詰め寄る。
「いや、確かに……保奈美さんから責任を取らすという意味では聞いてたが」
さすがに冗談だと思っていたのだ。
――ホントに娘の方も同じ考えをしてたとは予想外だった!
「今回の件、体育倉庫のも含めて伊月には責任があるわよね?」
「……まぁ、否定はできないけど」
「だったら、責任を取る意味で私と結婚するのは当然でしょう?」
――さも当然と言われると、違うと言いたい。
口には出せないが伊月はそう思っていた。
――大体、お嫁さんって発想が子供すぎるような。
それでも、亜衣が自分をそれだけ好きだと思ってくれることは嬉しい。
片思いと思っていた伊月にとってみれば驚きの事実だ。
「私をお嫁さんにする以外に責任を取る方法があるのなら逆に聞くわ」
「えっと……まずは恋人から始めような? うん。そうしよう」
「男はいつだって責任逃れでそういうことを言うんだってお母さんが言っていたわ」
――保奈美さんの教育のせいですか!?
告白から一転、結婚と言う流れに伊月も焦るしかない。
「私のことが好きなのでしょう? ならば、するべきことはひとつ」
「将来的な意味でならな。今は早すぎる」
「何事もタイミングだというでしょう?」
「今がそのタイミングではないことに気づこうか」
押し迫る亜衣に圧倒される伊月は徐々に追い込まれていく。
「そもそも、俺たちは15歳で結婚できるわけもなく」
「婚姻届けは高校卒業後に出せばいいだけの話ね? 伊月は責任を取る気がないの?あるの? どっちなのか、ここではっきりと言ってもらいましょうか」
猫系彼女が本気すぎて、逃げ場がなかった。
目をつり上げて、不満げな表情を浮かべる亜衣を前にする。
伊月にできることと言えばこれしかなかった。
「……両親と相談させてください」
情けない最後の抵抗を見せる伊月だった。
リビングに下りると、そこでは亜衣と伊月の両親たちがお酒を飲んで雑談していた。
予想していたなかった展開に伊月は顔をひきつらせる。
――なんでこういう時に限ってこっちに集まってるんだよ。
例の話をうやむやにするための時間稼ぎのつもりが、全然稼げていなかった。
思わず亜衣の罠かと疑ってしまう。
「母さん、父さん。なんでここに?」
テーブルの上におつまみとワイングラスが並ぶ。
「保奈美ちゃんに誘われて皆でお酒を飲んでる所やで。亜衣ちゃんと、ちゃんと話はできたか? アンタらも話し合いが終わったんやったらジュースで乾杯やなぁ」
すっかりとお酒を飲んで盛り上がる大人連中。
そんな彼らの前で亜衣は一呼吸してから、
「心配かけてごめんなさい。月曜日からは学校に行くから」
頭を下げて亜衣はそう言い切った。
――よかったぁ。不登校、やめるんだ。
伊月はホッと胸をなでおろす。
それは皆も同じで安堵した様子を魅せながら、
「確認だけど、亜衣。もう大丈夫なのね?」
「うん、なんとか……」
「それならよかった。はい、ふたりともジュース」
「ありがとうございます」
「問題が解決したいみたいで何よりね」
ふたりにジュースの注がれたコップを手渡される。
「そりゃ、よかったなぁ。保奈美ちゃんも安心や」
「……そうね。でも、亜衣? 結局、貴方はなんで不登校だったの?」
「それは……伊月とのふたりの問題だから秘密」
両親たちからはそれ以上の追及もなかった。
――さすがに人に言える話じゃないからな。でも、解決してよかった。
喉が渇いていた伊月はジュースのコップに口をつける。
亜衣の折れた気持ちの復活。
そこは素直に喜ぶ伊月であった。
――このままでは俺たちがそろって留年するところだったぜ。
ある意味で運命共同体、ひとりが終われば共倒れする。
心配の種が一つ減ったことに安堵する伊月であった。
約2週間にも続いた騒動が終わったと思いきや、新たな騒動が巻き起こる。
亜衣はしばらくしたあと、唐突に爆弾発言をする。
「そうだ、言い忘れてた。私、伊月と結婚するから」
「……ぐふっ!?」
咳き込む彼をよそ目に亜衣は堂々と宣言した。
――な、なぁ!? ここでそれを言っちゃいますか!?
突然の爆弾発言に、両親の反応はさまざまだ。
嬉しそうに喜ぶ母親たちと反面、「あー」と何とも言えない顔をする父親達。
その反応で家族間の発言力の違いがよく分かる。
「結婚って言ったん? 付き合うんやなくて?」
「えぇ、伊月に責任を取ってもらうんで。ねぇ、伊月?」
「あ、あわわ……」
言葉にならない伊月は目をうつろにさせる。
――詰んだ! ゲームセット!?
両親たちがいるこの場では完全に逃げ場が失われてしまった。
亜衣は「両親に相談するんでしょ?」としれっと言い切る。
――そういう意味じゃないんだぁ!
わざとだろ、と嘆き悲しんだところで意味もなく。
「伊月君? 貴方はうちの娘に何をしたの? 怒らないから言ってみなさい」
「まさか、アンタ……亜衣ちゃんとの間に子供でも作りおったか」
「それはしてない、マジでしてない」
首を横に振り否定するも、隣の亜衣はジュースのコップに口をつけて、
「……伊月には押し倒されてキスされただけですよ」
――亜衣ちゃーん!?
普段の彼女と比べ物にならないくらいに、口数も多く、テンションも高い。
その発言でも十分に破壊力はあるもので。
「そりゃ、責任取らないといけないわねぇ」
保奈美はにやにやしながら、亜衣の言葉を肯定する。
顔を青ざめさせる伊月に凛花は確認するように、
「伊月……アンタ、ほんまに亜衣ちゃんとちゅっちゅしたんか」
「ちゅっちゅって、いつの時代の表現だよ。古臭い」
「んー? よぉ、聞こえんかったわ。伊月、今、なんて言ったんよ? ん?」
凛花は彼の顎をグイッと手で掴みながら迫る。
「ひっ!? ……ちゅ、ちゅっちゅは素敵で可愛い表現です、はい」
「そうやろぉ?」
母親の睨みに負けて涙目で言う可哀想な伊月だった。
「結婚かぁ。若いうちにしておかなあかんと私は思うから、いいんちゃうか。今どきは婚期逃して、晩婚も珍しくない時代やし。何でも早めの方がええわなぁ」
「あっさり、認めちゃった!?」
「何や、アンタは本意やないの? あ、分かった。こいつ、ヘタレおったな。保奈美ちゃん。伊月のやつ、ここにきて責任逃れしようとしてるで」
伊月の心境を読み切った凛花。
母親からすれば子供の考えなどすぐに見抜ける。
「それはいけないわねぇ。押し倒してキスまでして責任を取らないっていうのは男として許される事じゃないわよ。伊月君、私も前に言ったでしょ?」
保奈美は満面の笑顔で伊月に言った。
「何かあったら責任は取らせるって。ちゃんと責任取ってあげてね?」
――超怖いんですけど!?
彼女の笑顔にびびりまくる伊月であった。
――くっ、このままでは本当に結婚させられる。
結婚と言う行為が嫌なのではないが、ただの恋人になりたいだけの伊月である。
「俺は恋人が欲しいだけ。お嫁さんとか、そこまでの責任を背負うのは早いぞ」
なし崩しにされる前に覚悟を決めて反論する。
「大事なことを忘れてるぞ。あのねぇ、俺たちはまだ15歳なんですが」
「……それが何か? 些細な問題ね」
「えー、いや……あれ? そこは大事な所じゃ」
「大事なのは、伊月君が私の可愛い娘を幸せにする覚悟があるかどうかでしょ?」
正論で責めてくる保奈美。
「そうやなぁ。アンタにとって、亜衣ちゃんはどんな存在なんよ?」
「そりゃ、好きだけど。これは認めるけども。俺は普通に付き合いたいだけなのだ。結婚とかはさすがにまだ考えられないって言うか」
「……なるほどなぁ。こう言ってるけど、亜衣ちゃんはどうするの?」
「私は伊月と結婚する以外の選択はないですよ」
亜衣の本気に伊月は「ぐぬぬ」と何も言い返せなかった。
――同じ好きでも思いの強さが違い過ぎた。
積み重ねてきた想いの強さが違う事に改めて気づかされる。
「……お父さん、おじさん。俺を助けてください」
泣きが入った伊月が最後に助けを求めたのは何も発言していない父親たちだった。
彼らは言葉少なめに気まずそうにしている。
「……伊月君がいいのなら、あの子を嫁にもらってやってくれ」
「おじさんっ!? そ、そこは『まだ若いのに認められるか』と反対してくださいよ」
「娘や妻がここまで盛り上がってるのに反論できるほど私は立場がないさ。キミがとても嫌な奴ならまだしも、信頼できる良い子だからね。反論はないよ」
亜衣の父親に簡単に認められてしまい、最後の希望を伊月は父に託す。
「そんな期待した目で見ないでくれ、伊月」
「父さん、息子の人生がかかってるんだ。びしっとここは何か言ってやってください」
すがるような想いを父に向けるが、
「ごめん。僕も反論する気はない。というか、僕が凛花さんと結婚した時に似たような感じだったからなぁ。うん、責任って怖いよね。結婚、おめでとう」
「俺のヘタレ遺伝子は父さんとの母さんの一族のダブルミックスか!?」
もはや、誰も反対意見を言う空気も雰囲気もなく、伊月はうなだれるしかない。
「伊月。これで何も障害はなくなったわよね」
「くっ、いや、だがしかし」
「両親に相談も済みました。さぁ、これで何の問題もなくなったわよ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
伊月の横で勝ち誇った顔をする亜衣は微笑みながら、
「幸せになろうね、伊月」
「……はい」
遠い目をして力なくそう言うしか伊月にはできなかった。
現実というものは、大抵、自分の意思など無視して進んでいくものである。