第11話:幼馴染を押し倒しキスした結果www
なぜ、こんな状況になってしまったのだろうか。
タオル姿の亜衣を押し倒してしまった伊月。
――ここで押し倒すってバカじゃないのか、間違いなく嫌われる……。
自己嫌悪に悶える伊月は亜衣の顔を間近に見つめる。
――顔近い、顔近いっ!? ……顔近い。
目と目が合っても、どちらも逸らせない。
亜衣は亜衣で押し倒されても恥ずかしがるばかりで無防備である。
抵抗しようと思えばできるのに、抵抗しようとしない。
「……ぁぅ……はぁっ……」
顔を上気させて、まるでキスを待ちかねているようにさえ――。
――これはいけそうな気がするぞ。うん、ヘタレでもいける。
世の中には勢いというものがある。
勢いと衝動があれば、普段ならしないことさえしてしまう事も。
――俺は亜衣が好きだ。
亜衣を愛してる、大事にしていきたいと伊月は本気で思っている。
だからこそ、今、この瞬間のチャンスを逃すわけにはいかない。
「亜衣、俺は……」
その判断が間違えていれば、確実に幼馴染の関係は崩壊する。
だが、彼はこの好機に賭けたのだ。
――いける、今ならばきっと……この関係に良い意味での終止符を!!
思い切って伊月は亜衣にキスをした。
「んっ、ぁっ……いつ、き……?」
初めての唇の感触は、想像したよりも柔らかく、心地よいものだった。
「ダメだってばっ……んぅっ……」
瞳の端に涙を浮かべる亜衣。
唇を重ね合わせ、ただその行為に酔いしれる。
「ちゅっ、ぅっ……」
いつしか亜衣の方からも唇と舌を絡めてくる。
――これだ、俺が求めていたのは……この充実感や。
心が満たされていく。
幸せな時間、わずか数十秒の間だけの快楽。
――亜衣、お前を抱きしめたいんだぁ!!
勢い余りすぎてタオルに手をかけたその瞬間。
「――ッ。調子に乗るなぁ!?」
チーン。
「お、おふぅッ!?」
我に返った亜衣の膝が伊月の下腹部、つまり大事な場所を強打する。
脳天まで突き抜ける痛みに悶絶するしかない。
「おー、まい、さん……おぅおぅ」
下腹部を押さえながら床に転がり続ける。
――の、のー。
はっとした表情の彼女は立ち上がると、「ふんっ」と伊月を見下す。
すっかりとのぼせ上ったように、頬を紅潮させながら、
「……最低、バカ伊月」
一言そう呟くと彼女は逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「ま、待ってくれ、亜衣……」
すぐに追いかけようとするも、男にしか分からないダメージは計り知れなく。
「だ、ダメだ、しばらく安静にせねば……がくっ」
ジンジンと痛む下腹部に伊月は身動きできずにいた。
「さて、俺は一体、何をしでかしたのだろうか。検証してみよう」
暴走状態から一転、冷静さを取り戻して正座をして姿勢を伸ばす。
心を落ち着かせ、行動を顧みて、現状を把握したその結果――。
「……もしかしなくても、終わった?」
幼馴染を押し倒してキスした。
衝動と勢いに任せた行動の果て。
「や、やらかしてもたぁ……本日2度目や。オワタ、これはオワタ」
幼馴染の関係を間違いなく破たんさせる出来事。
犯罪行為という言葉が伊月の胸を突き刺す。
「い、いやいや、待て。落ち着け。早合点するな。まだ何も終わってはない」
今日だけでも幼馴染の関係には大きく亀裂が入っているのは間違いない。
――興奮発言で好感度を落とし、押し倒してキス。
考えてみれば考えるほどに。
――これで好感度があがるとはとても思えないのだが?
冷や汗をかきながら伊月は現状に絶望する。
「どうすれば……そうだ、セーブポイントからやり直しだ。どこからセーブしたかなぁ」
現実逃避にそんな言葉を呟くも、
「……くっ、現実にセーブポイントなんてなかったよ」
がっくりと肩を落として、落ち込むしかなかった。
キスの余韻など吹き飛び、ただひたすら彼女に嫌われないことを願う。
「亜衣からもキスしてきたんだ。一方的に悪いワケではないはず」
人間とは追い込まれると都合のいいことしか考えなくなる生き物である。
「……追いかけなくてはいけないのだが、時間を置いた方がいい気も」
ここで逃亡するという選択肢を選んだら、と真剣に考える伊月だった。
「にゃぁ」
猫の鳴き声に振り向くと、ゲージに入れられた子猫がいた。
「シュバルツとヴァイスか。ちょっとは大きくなったか?」
生まれてから3ヵ月、親猫と乳離れしてからは分けて生活させている。
「お前らはホント可愛いなぁ。あのノワールの子とは思えん」
顔を見れば飛びかかり、蹴られ、噛みつかれと散々な目にあう伊月である。
ノワールとの相性が悪いとしか言えない。
「ちゃんとカリカリ食べてるか? んー?」
あごのあたりを撫でると黒猫は気持ちよさそうに鳴く。
「お前らは無邪気でいいよな。見てるだけで癒される」
ゲージから抱き上げて子猫を抱く。
甘えたい盛りの子猫にとっては伊月はよい遊び相手だ。
「シュバルツはホント大人しいな。お前って警戒心がないのな」
伊月も猫は大好きだ。
幼い頃から亜衣の家では猫を飼っている。
そのため、彼もまた猫の扱いは慣れたものだ。
「ヴァイスは……寝てるし。何だよ、遊び疲れてるのか」
白猫の方は眠りについて夢の中だった。
ぐっすりと眠る子猫の顔を見て癒されない人間はいない。
「丸まって眠る姿は可愛すぎる。やっぱり、猫は最高だよな。お前らもすぐに大きくなるんだろうけど、ノワールみたいには成長しないでくれと切に願うぞ」
「にゃぁ……」
シュバルツも小さな口であくびをするのでゲージに下ろしてやる。
「お前もおやすみ。しっかり食べて、大きくなれよ」
猫の寝顔を見つめながら伊月は、
「……はて、何かを忘れているような」
そう、大事なことを忘れていた――。
ドアが開いて、中へ入ってきたのは不機嫌な様子の亜衣だった。
「――追いかけてこないと思ったら、猫と遊んでるんじゃないわよっ!」
怒りの形相の亜衣を前に伊月は「ごめんなさい」と素直に謝罪するしかなかった。