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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第2シリーズ 『猫系女子は俺の嫁になりたがっている』
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第6話:嫌われるのが怖いと思った


 亜衣にとっての伊月と言う男の子は特別な相手だった。

 気心知れた相手、物心ついた時にはもう既に傍にいた存在。

 よく一緒に遊びもすれば、喧嘩もする。

 でも、居心地がよくて、傍にいるだけで安心感がある。


――自分の事を自分以上に分かってくれている気がする。


 そんな伊月に対して、恋心を抱くようになったのは自然の流れだった。

 伊月が亜衣に対してそうであるように。

 亜衣もまた伊月に対して想いを抱き合っていた。

 それが互いの性格ゆえにか、つかず離れずで、近づきすぎる事はなかった。


――どうして、伊月はいつまで経っても告白してこないのよ!


 高校に入って、亜衣はそんなことをよく考えていた。

 中学の時とは違い、環境の変化もあって、今が告白する絶好のタイミングだ。


――私と恋人になりたいって思わないの? 幼馴染のままでいいわけ?


 自分から告白する勇気はない。

 けれど、相手から求められたら「しょうがないなぁ」と言って受けるつもりだった。

 告白するよりはされたい、それは乙女心という名の弱気な心。


――ふんっ、伊月のヘタレめ。だから、私以外にモテないんだ。


 そして、自分から告白できない自分はもっと素直じゃない。

 亜衣にはその自覚もあった。


――そうよ、伊月には私以外に付き合える相手なんていないんだから……。


 伊月が異性として亜衣を見ているのは間違いない。

 なのに、最後の一歩は踏み出してこないのが彼女の不満だった。

 小中高と、年を重ねるごとに強くなる想い。


――いつまでも、幼馴染ではいられない。ううん、いたくない。


 関係を変えたいと思っていた矢先の出来事。

 あの、水たまり事件は起きたのだった。

 あれから、亜衣は学校にも行かず、部屋に引きこもるようになっていた。

 単純な理由だ。


――はぁ、恥ずかしすぎて消えてしまいたい。伊月に合わせる顔がない。


 伊月の前での失態に伴う羞恥心やら屈辱やら、いろんな感情が入り混じっていた。


――あんなことさえなければ……私……。


 好意を抱く相手の前での大失態。

 それが亜衣の心を砕いてしまったのだ。


――汚いって、気持ち悪いって思われてないかな。嫌われたらどうしよう。


 負の感情はスパイラルになり、延々と自分の中で膨らんでいく。


――伊月にどんな顔をして会えばいいのか分かんないわよ。


 できる事なら、もう部屋から一歩も出たくない。

 そんな気持ちが今の状況を生み出していた。





「なんで学校に行きたくないの?」


 ストレートに娘に言葉をぶつけるのは母親らしいと亜衣は嘆いた。

 夕食時、引きこもっていてもお腹はすくのでご飯は食べにくる。

 リビングで黙々と夕食を食べる亜衣は保奈美に対して、


「伊月のせい。ひどい目にあわされたから」

「別に行きたくないなら無理に行けとは言わないけど問題くらいは解決しなさい」

「……うん」


 保奈美も幼い頃に経験があるようで、無理強いはしない。

 何日も学校を休んでいても、そこは理解のある母に感謝する。


「伊月君、毎日来てるじゃない。それでもダメなの?」

「……ダメ」

「何かひどいことされた? 言葉にできない真似とか? 具体的に言えば伊月君に押し倒されて無理やり関係を持たされた、とか。実は親に内緒で子供できちゃった、とか」

「ぐ、具体的すぎるわよ。そういうんじゃないし」


 あまりにも具体例が生々しく、亜衣は顔を赤らめる。

 関係を強いられたわけでもなければ子供ができたわけでもない。


――そうなりかけたのは事実だけど。


 あの時、あの事件がなければ、そういう雰囲気にも一瞬はなりかけた。


――私が拒まなかったら、もしかしたら……?

 

 あのヘタレな伊月ですら、手を出していたかもしれない。

 今回の事は伊月が全て悪いわけではない。

 けれども、彼のせいにしないと自分がつぶれてしまいまそうだ。

 消えてしまいたい恥辱と屈辱。

 忘れたくても忘れられない、あの雨の日の悪夢だ。


「最悪の場合、責任を取らせればいいじゃない」

「責任?」

「男の子を追い込むのに一番効果的な言葉じゃない。責任とって。効果は抜群よ」

「責任って、だから、そういうんじゃ……責任、か」


 ふと、頭によぎったのは責任という言葉の重み。


――責任とって、って言ったら伊月はどうするのかな。


 そもそも、何の責任だって話ではあるのだけども。


――優しい伊月ならば、何かしらの責任を取ってくれるのかな。


 不安と期待、よく分からない感情がわいてくる。


「悩んでないで早く伊月君を口説き落とさないとねぇ」

「何でそうなるの」

「だって、亜衣は伊月君が大好きでしょ」


 はっきりと言われて亜衣は「!?」と驚いて見せる。

 傍から見れば何を今さらと思われるかもしれない。


「いや、驚くのは私の方だし。あれだけバレバレで何でバレてないと思ったわけ?」


 親にはとっくの昔から気持ちがバレていた。


――好きって気持ちを隠しきれていないってことなのかな。


 それが亜衣には何だか言葉にできない悔しさみたいなものがある。


「悔しそうにしないの。貴方達を見ていれば分かるじゃない。きっかけひとつでどうこうなるなら、早めにしなさいよ。タイミングがあるんだから」

「タイミング……?」

「どんなに好きでも、報われない恋ってあるの。タイミングが悪ければ、そうなることもある。だから、チャンスがあるのなら無駄にしちゃダメよ。次なんてないと思わないと、ホントに大切なタイミングを逃しちゃうんだから」


 保奈美は「その時になって後悔しても遅いんだからねぇ?」と愛娘を励ます。


――今がその最悪のタイミングなのかもしれない。


 これで彼に嫌われたらと思うと想像しただけで身がすくむ。


「……で、何されたの? 胸でも揉まれた? キスでもされた?」

「そんなニヤいた顔をする人には話したくない。ごちそうさま」


 食事を終えて部屋に戻ろうとする亜衣を、


「好きだから嫌われたくないって思ってる?」

「え?」

「分かるわよ。亜衣が伊月君に対して、合わせる顔がないってことくらい。でもね、好きだからこそ、逃げちゃいけないこともある。想像じゃない相手の言葉で納得しないとダメよ。世の中、すれ違いの理由の半分は勝手な思い込みだもの」

「……納得できるかどうか?」

「嫌われたかも、で悩むより、直接相手に尋ねてきたい方が早いって話よ」


 やはり、娘の悩みなど母にはお見通しだったらしい。


「ちなみに、伊月君にはもしもの場合には責任取らせるって言ってあるわ」

「責任?」

「いざと言う時には『亜衣をお嫁にもらってね』と脅してあるから。心配しないで」

「な、何言っちゃってるの!? 余計なことを言わないで!」


 お嫁さん。

 結婚という言葉に動揺してしまう。


「このまま引きこもって学校に行けなくなっても、最終的に彼のお嫁さんになれれば問題なしでしょう。伊月君のお嫁さんになるのが愛の夢だものね」

「あのね、勝手な妄想はやめて!?」

「妄想じゃなくて、願望じゃない。亜衣はその辺の押しが弱いからなぁ」


 母のからかう声に亜衣は「はぁ」とため息をつくのだった。


「男の子を攻略するにはまだまだねぇ」

「余計なお世話だから」

「そう? アドバイスが欲しければ、いつでもしてあげるわよ」

「いりません」


 そのまま亜衣は自室に逃げるように戻ってしまう。


「もうっ。好き放題に言ってくれちゃってさぁ……」


 保奈美と話をしていると、つい彼女のペースに乗せられてしまう。

 ただ、沈んだ心がほんの少しだけ楽になった気がした。


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