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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第2シリーズ 『猫系女子は俺の嫁になりたがっている』
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第1話:いつまでも甘えないでよ


 放課後の図書室は勉強をする生徒たちの筆記音が響く。

 中間テストを間近にして、図書室を利用する生徒も多い。

 その生徒たちの中に伊月と亜衣もいた。


「うわぁ、もう分からん。もうこの教科は捨てよう」

「却下。捨てる? 伊月の成績では捨てて挽回できる科目はないわ」

「言わないで。授業ですらついていけてる気がしてないのに」


 高校生活に慣れてきたとはいえ、授業のレベルは伊月には厳しい。

 成績のいい亜衣とは違うのを自覚している。

 

「中学の時みたいに科目を諦める選択はできないわ。赤点を取ると補習だもの」

「……うぐっ」

「赤点を積み重ね、追試すらも落ちた先に待つのは……もう一回1年生からやり直し」

「りゅ、留年!? ……あぁ、それだけは嫌だ。頑張ろう」

 

 亜衣に言われなくても危機感に襲われる。

 

「もう一回、一年生とかマジでありえない。滝口先輩などと、同じ学年の生徒に言われるのも嫌だ。留年なんてしたくない」

「ついていけずに退学と言う選択肢も突きつけられるかも」

「さ、再チャンスすらもらえないのか!? 現実は厳しいっす」

 

 実際、進学校ではそういう事もある。

 ついていけなければ、振るい落とされるもの。

 そして、伊月は現実としてあり得る未来であった。


「そうなりたくないでしょ?」

 

 顔を覗き込む亜衣から、脅しとも取れる物言いに伊月もうなだれながら、


「なりたくないです。まともな学校生活がしたいです」

「そうね。私と一緒に“同級生”として卒業したいよね? そのためにはどうする?」

「今という時間、必死に勉強してふるい落とされないように頑張ります」

「そう。何事も最初が肝心よ。最初の中間テストでつまづいたら、ずるずると引きずるもの。頑張りなさい。伊月はやればできる子だから」

「ホント、亜衣には感謝してるよ」

 

 何だかんだ言いながらも、亜衣は伊月の勉強の面倒をみている。

 見捨てるということは決してない。

 

――面倒見がいいって言うか、亜衣には頼りっぱなしだな。

 

 伊月自身もそのことには感謝している。

 他の面では振り回されたり、我がままし放題の亜衣だが、勉強に関しては逆だ。

 勉強を嫌がる伊月を見捨てず面倒をみてあげている。

 

「感謝はいいから、この問題を解いて。時間は限られてるの」

「手厳しい先生だ。俺にだって得意科目はあるんだぞ」

「あいにくと、体育は中間テストがありません。現実逃避はやめなさい」

「……現実逃避くらい許してくれよ。逃げたい、この現実から目を背けたい」

 

 嘆きながらシャーペンを片手にノートと向き合う伊月だった。

 中学時代、受験勉強を教えてもらっていた頃を思い出す。

 

――はぁ、何ヵ月か前を思い出す光景だな。

 

 亜衣の成績ならば余裕、伊月の成績なら無謀。

 それが彼らの通う進学校のレベルだった。

 伊月には亜衣の家庭教師で、ギリギリの所で受験を乗り越えた経緯がある。

 

「亜衣、そろそろ休憩にしないか」

「さっきしたから。集中力はまだ持続できる範囲」

「……数学の問題が難しくて、オーバーヒート気味だ。休憩、させてくれろ」

「ダメ。伊月のサボり癖は分かってるから。ここで甘やかせてはいけない」

 

――ホント、自分には甘い癖に俺には厳しいんだから。

 

 彼はがっくりと肩を落としながら問題を解き続ける。

 隣で彼女は事細かく、教えてくれる。

 

「この数式の応用、難しいように見えるだけでやってることは同じだから」

「マジかよ。もう意味不明。応用問題とかワケが分からん。諦めてもいいですか」

「……諦めたら、人生負け組フラグが立つけど。それでもいいのならどうぞ」

 

 遠慮容赦のない責めの言葉に伊月は反論もできないでいる。


「人生負け組の伊月くん」


 彼女は彼の耳元に魔の囁きをする。


「ひ、人に不名誉な肩書を付けないでくれ」

「それが嫌なら頑張るしかないでしょう」


 彼女なりの励ましに「分かってるよ」と苦笑いしかできない。

 本当に見捨てられていたら、わざわざ教えてくれるわけもない。

 

「次はこっち。テストではきっとこの辺りが出るわ」

 

 亜衣は自分の長い髪を手でかきあげる。

 その仕草を間近に見つめて、伊月は自分の胸が高揚するのを感じた。

 

――こういう仕草はホントに綺麗だよな。

 

 伊月が亜衣を異性として意識しだしたのは中学時代からだ。

 それまでは兄妹同然のように育ち、あまり異性を感じていなかった。

 だが、中学生になり、一気に外見が大人に成長していくにつれて、これまでとは違うのだと、伊月の心境にも変化が起きていった。

 亜衣を女として意識して、恋心を抱くまでに時間はかからなかった。

 

――成長していくたびに綺麗になっていくから亜衣はずるいや。

 

 幼馴染、兄妹みたいな関係を超えて、恋人になっていけたらいいのに。

 この関係を発展させていきたい彼の心とは裏腹に、何も変えられずにいる。

 

――勇気出せよ、俺。

 

 告白しようと思ったことがないわけではない。

 これまでも何度か言葉を告げようとしたものの、失敗に終わる。

 最後の最後でいつも居心地のいい幼馴染の関係に甘んじてしまうのだ。

 無理して変えなくてもいいのではないか、と逃げてしまうヘタレっぷりである。

 

「伊月? ボーっとするのなら、もう教えないわよ」

「え? あ、いや。集中力が切れかけて」

「言い訳禁止。……やる気ない子には教えない」

 

 ぷいっとそっぽを向く亜衣は「これだから伊月は」と小さくため息をつく。


「あのね、伊月はもっと危機感を持ってテストに挑むべきよ」

「危機感?」

 

 亜衣は伊月に対して、複雑そうな表情を見せる。

 

「――いつまでも私が教えてあげられるわけでもないんだから」

 

――え?

 

「幼馴染だからって、いつまでも私に甘えないでよ」

 

 真顔で放つ亜衣の発言に動揺する伊月。

 彼女の発した言葉の意味は――。


「それってどういう意味、だよ?」

 

――もしかして、この関係が終わる……?

 

 ありえない話ではなかった。

 高校生にもなれば、男女の関係なんてあっけなく変わる。

 どれだけ仲が良くても、自然に触れ合う機会が少なくなる。

 幼馴染の関係の自然消滅なんて珍しい話ではない。

 

「亜衣?」

 

 この関係が終わるかもしれないという危機感。

 動揺してする伊月に亜衣は「えっと」とどう反応を返せばいいのか悩んでみせると、

 

「……言ってみただけで特に深い意味は考えてない」

「ないんかいっ!?」

 

 思わず本気で言葉を受け取った伊月は安堵と共にぐったりする。

 

「た、ただの冗談を本気でされると私も困るわ。びっくりさせないで」

 

 亜衣も相手が思わぬ動揺を見せたので逆に驚いていた。

 当たり前のように過ごしてきた、幼馴染と言う関係。

 

――ずっと続くってわけじゃないんだよな。

 

 どちらも、言葉にして初めて不安になることもある。

 ずっと続いてくという保証がどこにもないという現実に。

 

「でも、その可能性もないわけじゃないよな」

 

 言わなくてもいいのにと思いながらも伊月はその言葉をつぶやいてしまう。

 

「例えば……どちらかに恋人ができる、とかさ」

 

 その可能性がないわけではない。

 お互いに、お互いを求めあいたくても。

 うまく行かないことなて世の中にはたくさんあるのだから。

 

――考えたくないだけで、現実としてありえないわけじゃない。

 

 お互いにもう高校生、恋の一つや二つして当然である。

 その相手が自分達以外である可能性も当然のことながらあるわけで。

 

「「……」」

 

 どちらもその想像をしてしまうと沈黙するしかなかった。

 遠くない未来、1年後でもいい。

 自分たちの関係は今と何も変わっていないと誰が断言できるだろうか。

 

――本気で何か変えていかないとダメなのかもしれないな。

 

 残された時間は思っている以上に少ないのかもしれない。

 伊月は横目で亜衣の顔を見つめながらそう感じていた。

 幼馴染の関係がいつまでも続くわけではない。

 先に沈黙を破ったのは亜衣の方だった。

 

「この話はもうおしまい。サボろうとしないで、手を止めないで」

「あ、あぁ……こっちの問題だけど、これでいいんだろ?」

「正解。伊月はやればできる子なんだから」

「あのさぁ。やればできる子扱いはマジでやめて。凹むわ」

「その程度で凹んでる暇があるのだったら問題の一つでも解きなさい」

「ホント、手厳しいねっ!?」

 

 お互いに変な意識をしてしまい、気まずい雰囲気を流す。

 もしかしたら、と脳裏によぎった不安。

 図書室で隣り合うふたり。

 トゲのようにその不安が胸に小さく突き刺さるのだった。

 

 

 

 

 伊月は数日後の中間テスト、無事にほとんどの科目を平均点を取れて乗り切れた。

 彼の実力からすれば平均点でも上等である。

 赤点がなかったのはもちろん亜衣のおかげである。

 

「お世話をかけました。いい点が取れてよかったよ。赤点もひとつもなかったし」

「……とはいえ、テストは平均点を狙うものじゃないと思うけど」

「優等生発言やめれ。ちなみに聞くけど、成績は?」

「うふふ。上位10位内には入れたわ。でも、上には上がいる」

 

 それでも十分すぎる成績だった。

 

「俺と比べたら泣きたくなる差だな」

「当然の結果だし。月とスッポン。私と比べることが大きな過ちだと気づきなさい」

「上から目線に反論できない、ちくしょう」

 

 教室の窓際の席から外を眺める。

 あいにくの曇り空、雨の気配こそないが空を雲がおおう。

 

「嫌な雲の感じだな。体育があるから、雨はやめてくれ」

「私は体育は苦手。午後の授業は男子は何するの?」


 勉強はできても、亜衣はあまり運動が得意ではない。

 逆に運動は伊月の得意分野である。

 その得意分野を発揮できるわずかな機会が体育の授業であった。


「サッカーだよ。雨だと体育館をひたすら回る持久走。あれは辛いから嫌だ」

「ふーん。女子はハードル走だったはず。どちらにしても走るのが嫌だわ」

「あれだよな。女の子が走ると胸が揺れて、ぐはっ」

「……変態発言禁止」


 思いっきり足を踏まれて涙目の伊月に「自業自得」と言い放つ。

 

「それは私の胸が揺れないという宣戦布告?」

「してませんって。亜衣は揺れはしないが、形がいいから素敵だぞ」

「そんな褒め言葉はいらない」

「い、いたっ! 地味に痛いから何度も踏むなぁ!?」

 

 頬を含まらせる亜衣は華奢な身体のため、胸周りは寂しい。

 気にしていることをあえて言葉にする伊月はお仕置きされて当然だった。

 

「いてて……。はぁ。ホント、微妙な天気だな。持ってくれたらいいんだけど」

「晴れ男の数がどれだけクラスにいるか。そこに賭けたら?」

「雨女の数がそれを勝ったらどうしてくれる」

 

 暗雲が立ち込める空。

 思いもしない事件が彼らの未来に待っていた――。


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