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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第1シリーズ 『俺の彼女は猫系女子』
24/120

第23話:まだまだ、これからだろ。俺たちって

「というわけで、俺は綺羅を怒らせてしまったのです」

 

 その夜、弘樹は姉に相談をしていた。

 恋の悩みは一応、女子である姉の意見を聞いた方がいい。

 弘樹が何をして、失敗したのか、その辺を含めての反省だ。

 凜花の淹れてくれた紅茶を飲みながら話をする。

 

「なるほどなぁ。キス寸前に失敗するなんて弘樹らしいわぁ」

「俺らしいとか言わんといて。傷つくぜ。こう見ても繊細な心の持ち主なんです」

「どこがや。ただのヘタレなだけやん」

「うるさいなぁ。姉ちゃん的にはどう思う? 俺はなんで綺羅に嫌われたのだろう」


 自分でも考えてみるが、致命的な失敗はしていなかった気がする。

 無理に押し倒してキスしたわけでもない。

 友人のアドバイス通り、流れに任せた結果がこれなのだ。


「んー。話を聞く限り、そこまで嫌われる要素はなさそうやけどなぁ?」

「やっぱり、強引に行きすぎたのが原因なんだろうか?」

「綺羅ちゃんも怖くなったんと違うかなぁ」

「怖くなった?」

「あの子、今まで男の子と仲良くなった事もなかったんやろ」

「そう聞いてるけど」

「いきなりキスされそうになってびびったとか。その辺りの理由やと思うわ」

 

 弘樹にはまだ綺羅に拒絶された理由が分からない。

 無理やりした事に対して怒ったのか、それとも何か理由があるのか。

 

「少なくとも、アンタの事を嫌いになって拒絶したんとは違うな」

「そうかな?」

「うん。アンタはヘタレやけども、女子の嫌がる事を平気でするような男とは違うもん。綺羅ちゃんもそれは分かってるはずや」

「……お、おぅ」

 

――待て、誰がヘタレだ……そこは認めたくない。

 

 姉の評価が微妙に納得のいかない弘樹であった。


「例えばなぁ、こんな風にいきなり、ぐいっとされたらどうよ?」

 

 そう言って凛花はアレキサンダーを弘樹の方にぐいぐいと近付けてくる。

 子猫の顔がこちらに近づいてくる。

 見つめ合う瞳。

 

「……ちゅー」

「するか!?」

「なんでや。こんなに可愛くて、愛しいくせに」

「だって猫だもの。なんかカリカリの味しそうや。舌もざらざらしてるし」

 

――いくら可愛くても、猫とキスなんてしたくないです。


 アレキサンダーは眠たいのか、抱きあげられても眠そうな顔をしてる。

 

「まぁ、こんな感じで誰でもいきなり顔を近づけられたら驚くわなぁ」

「あっ」

「つまり、そういうことや。弘樹のことがクマか何かと思ったんちゃう?」

「そっちの意味じゃねー」

「冗談やって。女の子って、繊細な子は繊細すぎるからな。しょうがないわ」

 

 弘樹から子猫を引き離すと、彼女はそう苦笑いをした。


「言いたい事は分かった。突然すぎて、綺羅の気持ちを考えてなかったわけだ」

「そういうことやな」

「心の準備くらいさせるべきだった、と」

「アンタの言う通り、キスしたい衝動ってのに負けたんはしょうがない事や」

「そこは認めてくれるんだ」

「好きな子相手やもん。でも、シチュくらいは考えてあげやなアカンよ」

 

 弘樹は自分のことしか考えてなかった。

 衝動と勢いに任せて綺羅の事を考えずにキスしようとした。

 彼女はそれに驚いて、嫌だったのではないかと弘樹は考える。

 

「……キスしてもいい? という台詞があればまた展開は変わった?」

「アンタにもうちょっと心の余裕があればよかったな」

「すみませんねぇ。恋愛経験に乏しい童貞ですので」

「あれや、保奈美ちゃんに弄ばれた経験は役に立たんかったん?」

「やめてくれ。あの人との経験は思いだすだけで胸が痛い……うぅっ」

「あー、余計に心の傷をえぐってもうた。ま、まぁ、保奈美ちゃんとの事は置いといて、アンタもしっかりと年上らしく綺羅ちゃんをリードせんとあかんわ」


 反省点は見えてきた。

 自分の過ちを自覚して彼は「それかぁ」とうなだれる。


「次からは気をつけます」

「……次があったらええなぁ。うちとしてはそこが心配やわ」

「言わないでくれ。次はまだあると信じてます。まだワンチャンス残っていて」

「そこは神様に祈るしかないわぁ」

 

 綺羅を怒らせてしまった弘樹は今、破局の危機にあるのだ。

 

「仲直りするためにも、話はせんとな。電話とかしたん?」

「……そんな勇気、俺にはない」

「はぁ、大事な所でそう言うヘタレを見せるな。綺羅ちゃんも今は同じように、いろいろと考えてるやろうから、時間はおいた方がいいかもしれへんなぁ」

「ぐぬぬ。そうですね」

「でも、早めに決着つけんと取り返しのつかない事になるかもしれないで」

 

 真面目に言う凜花の忠告に弘樹は頷いて答えた。

 

「早く綺羅と仲直りしなくては……」

 

 弘樹がそんな風に落ち込んでいると、ちょうど両親が帰ってきた。

 父親は弘樹の顔を見るなり、

 

「ただいま。ん? 弘樹、お前……なんか顔が暗いな?」

「帰って来たばかりの親父にも心配されるし。そんなに変か?」

「あぁ。まるで浮気でもばれた時の僕の顔でもしてる。いたっ」

「貴方、また浮気でもしてるの? んー?」

 

 言葉のあやを見逃さない、母に背中をつねられている。

 冷や汗をかいて誤魔化そうとする父だが、完全なる失言だった。

 

「い、いや、そんなわけないやないか。はは、冗談やって、ただの冗談」

「冗談ねぇ? 次やったら本気で許さへんよ」

「は、はひ。あれは若気の過ちでした。もうしません」

 

 うっかりと余計な事を言って冷や汗気味の親父。

 

「……何か俺達って親子だなと自覚するぜ」

「ほんまやなぁ。お父ちゃんと弘樹はよう似てるもんなぁ」

「そこで納得されると悲しい」

「顔も性格もよう似とるで。あはは」

 

 立場関係がはっきりしすぎている夫婦関係を見て、もの悲しい弘樹である。

 

「それより、弘樹、凛花、もうご飯は食べたの?」

「私は外で食べてきた。専門店でふわとろオムライス食べたわ」

「俺もさっき、食べたぞ。……いつでも美味しい冷凍食品、万歳」

 

 両親はいつも9時過ぎくらいに帰ってきて夕食を食べる。

 朝から晩まで働く花屋の仕事ってのは大変なものである。

 

「私、この子を寝かしてくるから」

「はいはい。アレキサンダー、おやすみ」

 

 すでに返事もない、子猫はお休みモードに突入していた。

 

「遊び疲れて眠ってしまったらしい、まるで子供だな」

「そこが可愛いやん。無邪気さは子猫の特権やで」

 

 凛花が隣の部屋のアレキサンダーの寝床へと連れていく。

 父はリビングでテレビを見ようとチャンネルを変えた。

 

「ふむ。凛花はあの猫、飼うつもりなんやろうか」

「そう言ってたよ」

「まぁ、家族が増えるのはええことやな。癒されるし。で、弘樹は何かあったのか?」

「今日は彼女とデートだったんだけど、ちょっと失敗してね。相手を怒らせてしまったんだ。それで落ち込んでただけ」

「せっかくできた彼女に嫌われたか。辛い所やな、それは。経験あるわぁ」

 

 父はそう言うと、ふとテレビからこちらに視線を向けた。

 

「……弘樹、明日は暇か?」

「え? あぁ、そうなると思うけど」

 

 連休中は出来るだけ綺羅と一緒にいたいと思っていた。

 だが、こうなってしまうとすぐに会うのは難しいので暇になる。

 

「それやったら、店の方に手伝いにきてくれへんか」

「花屋の方に?」

「GW中はいつも以上にお客さんも来るからなぁ。正直、バイトの子だけやと人手が足らん。あぁ、母の日の来週はもちろん、弘樹や凛花にも手伝ってもらうけどな」

 

 弘樹たちが店の手伝いをするのは時々ある。

 お小遣い稼ぎに、ちゃんとアルバイト代金もくれるからだ。

 

「……そうだな。いいよ、手伝う。今は彼女もいるからお金もいるし」

「そうしたら、明日は頼むな。さぁて、と。冷えたビールでも飲むか」

 

 父はそう言って、冷蔵庫の方へと行ってしまう。


「今は余計な事を考えたくない。他の事に集中できるものがあるだけマシか」


 気分転換にはいいかもしれない。

 弘樹にとって長い一日が終わろうとしていた。

 

 

 

 

 翌朝、弘樹は駅前にあるお店に朝から来ていた。

 専用のエプロン姿。

 弘樹がこの店で手伝うのは月に数回程度である。

 店内に所狭しと並べられてる様々な種類の花の香りがする。

 作業自体は慣れてるけども、未だに花に囲まれたこの店の雰囲気にはなれない。

 

「綺羅みたいに花が特別、好きってわけでもないからな」

 

 それでも慣れたもので花の手入れや、店先に新しい花を並べていく。

 

「弘樹ー。裏にある花を持ってきてくれ。赤い箱の奴だからすぐに分かるやろ」

「はいよ。ちょっと待っていて」

 

 雑用をこなし、あっちこっちに移動しながら仕事をする。

 駅前の立地条件のいいこの店は朝からお客さんも多い。

 

「ごめんね、弘樹。花のラッピングをお願い~」

「了解、母さん。……お待たせしました、すぐにお包みしますね」

 

 そのまま弘樹はお客に対応しながら花をラッピングする。

 初老の女性が綺麗な花束を注文していた。

 

「今日は孫娘の誕生日なの。あの子、花が好きなのよ」

「そうなんですか。女の子は皆、お花好きですよね」

「えぇ。それにしても、お兄さん、まだ若いのにラッピングが上手だわ」

「いえ、慣れですよ。最初はすごく下手でしたから」

 

 お客さんに褒められると嬉しくなる。

 最初は汚かったが、今ではちゃんと綺麗に花束を作る事ができるようになった。

 ……ただし、包んでいるのが何の花なのかはさっぱり分からない。

 

「一緒に暮らしてる子なのだけど、昔のように懐いてはくれないから寂しいわ」

「そういうお年頃なんですかねぇ」

「でも、こうやってお花を上げるとすごく喜んでくれるの。昔から変わらなくてねぇ」

「そうですか。いいお孫じゃないですか」

「孫は可愛いわぁ。この年になるとしみじみと感じられるの」


 花が好きで喜んでくれる。

 それは弘樹もどことなく嬉しくなる。


「はい、出来上がりです。お孫さん、喜んでくれたらいいですね」

「あらぁ、可愛いじゃない。ありがとう」

「ありがとうございました。またお越しください」

「えぇ。これならあの子も喜んでくれるわぁ」

 

 弘樹は出来上がった花束をおばあさんに手渡す。

 満足して帰っていく姿を見るとホッとする。

 

「接客業は何度やっても緊張するな」

 

 そうやって接客をこなしていると、弘樹も綺羅の事を少しだけ忘れることができる。

 綺羅の事を考えていると、自分の中でグルグルと嫌な悪循環になる。

 こういう忙しさは今の弘樹にはありがたかった。

 花屋は接客に営業、花に水をあげたり、枯れた葉っぱを取り除いたりと根気と体力のいる、地味に大変な仕事なのである。

 

「花屋って華やかなイメージがあるが実は地味な作業の積み重ねなのだな」

 

 単純に花が好きだからやるべきお仕事ではない。

 

「……ふぅ、ホントに大変だ。親父、そろそろ終わりか?」

 

 頑張り続けていると、数時間が経っていた。

 気がつけばもう夜の8時半、そろそろ店じまいの時間だ。

 朝早くに始まり、夜遅くに終わる。

 花屋はとってもハードな仕事である。

 

「ごくろうさん。先に上がって良いぞ」

「分かった。帰る準備をするよ。はー、疲れたぁ」

「今日はホントに人が多かったな。あっ、ちょっと待て」

「なんだよ?」

「ちょうどええわ。弘樹、これを持っていけ」

 

 レジの横から用意していたもの。

 父は弘樹に花束を手渡してくる。

 

「俺に花束なんて似合わんぞ」

「アホか。そんな無意味なことはせん。お前に花なんて猫に小判並や」

「言い方がひでぇ。で、これはなんだ?」

「恋人と仲直りするならやっぱりこれやろ。母さんと喧嘩した時はいつもこれで仲直りする。綺麗な花を嫌いな女の子はおらへんからな」

「……親父。ありがと」

 

 父は息子の事も考えてくれている。

 ちゃんと弘樹の事も心配してくれていたようだ。

 

「あと、花代は今日の給料から引いておいたから心配するな」

「そこは現実的なのね……まぁ、いいや。ありがとう。頑張ってくる」

「おぅ。そのまま一気にプロポーズしたらええやん」

「それはまだ早すぎる」

「なんや。男は勢いやぞ、勢い。攻める時には攻めなアカンで」

 

 その勢いで失敗した弘樹にはもう後がないのだ。

 慎重に事を運ばねば、終わってしまう。

 

「あのさぁ、親父は何で花屋なんかしようと思ったんだ?」

「花が好きやからに決まってる。昔からロマンチストと呼ばれてたんだぞ」

「……普通にキモいな」

「くぉら、親に向かってキモいとかいうなや。地味に傷つくやんか。あとな、花に関わる職業をやりたいと思ったんは、人を笑顔にする職業に就きたいと思ったからやな」

「笑顔に?」

「今日一日でも感じたんちゃうか? 花って言うのは素敵な贈り物や。たくさんの人を笑顔にして、幸せな気持ちにすることができる。そう言う所がいいって思えたんや」

「なんとなく分かる気がする」

 

 花をプレゼントされて喜ばない女性はいない。

 花はもらう方も、あげる方も、人を笑顔にするものだ。

 父親が花に関わる仕事を選んだ理由が少しだけ分かった気がした。

 弘樹は花束を受け取り、店を後にする。


「綺羅と仲直りしたい、謝って、許してもらいたい」


 そして、伝えなきゃいけないことがある。


「俺がお前をどれだけ好きになってるか。この気持ちをお前に知ってほしい」

 

 彼らの関係は始まって間もない。

 いうなれば、未熟な関係だ。

 だからこそ、喧嘩もすればすれ違いもする。


「まだまだ、これからだろ。俺たちって」


 改善の余地は十分にある。

 自分たちのペースで恋愛をすると決めたのだから。

 夜道を歩きながら、携帯電話を取り出すと彼女の電話番号に電話をかけた。


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