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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第1シリーズ 『俺の彼女は猫系女子』
18/120

第17話:私を変えてくれるのはヒロ先輩だから

 帰省先から帰ってきたのは綺羅の姉、夢逢(ゆあ)。

 昔からあまり相性のいい姉妹ではない。

 誰に対しても懐かない綺羅が主な原因だが、空気の読めない夢逢も悪い。

 どっちもどっちの微妙な姉妹関係である。

 温かいココアが入ったカップに「ふーっ」と息を吹いて冷ます。

 

「綺羅ちゃん、相変わらず猫舌なんだね。可愛い♪」

「うっさい、黙れ」

「へ、へこたれないぞ。私がふーふーしてあげよっか?」

「姉の息がかかった飲み物なんて飲みたくない。したらすり潰すよ」

 

 馴れ馴れしい姉を睨みつけて一蹴する。

 

「お、お母さん。この子、口が悪い所が全然変わってない」

「だって、綺羅だもの。すぐに変わるわけもないでしょう。ひねくれちゃってるし」

「……姉よりもママの方がちょっとひどい」

 

 口が悪いのも、性格がひねくれてるのも今さらだ。

 綺羅は可愛げなんてものを生まれた時から持ち合わせてなんていない。

 

「お兄ちゃんは帰って来ないの?」

「連絡があって、今年の連休は帰らないみたい」

「そうなんだ。それは静かでいい」

「何でもバイトが忙しいって電話で言ってたわ」

 

 七海がそう言うと夢逢が「違うわ」と否定する。

 

「兄さんは単純にバイトが忙しいって言うよりも、合コンとか楽しみたいだけでしょ」

「そうなの? あの子、昔から女の子好きだものねぇ。」

「この前、連絡した時の話じゃ、合コン費用を稼ぐためにバイトが忙しいみたいよ」

「……兄、最低」

「男の子だもの。仕方ないものでしょう」

 

 ダメな兄をフォローする七海は、物分かりの良い親である。

 基本的には子供達には自由にさせるタイプの母親だ。

 その分、自己責任という言葉の重みを痛感させることもあるが。

 

「あの女好きのお兄ちゃんは合コンをするために大学に行ってるようなものじゃない。どうせ、お姉ちゃんも合コンばかりでしょう」

「待ってよ、私は違うってば」

「どうだが。大学生なんて遊びまくってるだけじゃん」

「違いますぅ。そもそも、私は女子大だから出会いなんて全然ないもん」

 

 彼女は出会いがない事を寂しそうに語る。

 悲しいかな、彼氏なんてできる気配も今はない。

 

「……姉、可哀想」

「綺羅ちゃんに同情された!?」

 

 夢逢は「そういう綺羅ちゃんだって出会いがないでしょ」と唇を尖らせる。

 既にいるということを綺羅は黙ってココアを飲み続ける。

 下手に自分のことを話すと突っ込まれて聞かれるから嫌だ。

 

「綺羅ちゃん、もっと素直にならないと男の子とお付き合いなんてできないぞ」

「……余計な心配なんてしなくてもいい」

「何か余裕ねぇ……何の余裕なの?」

「くすっ。夢逢。実は綺羅ってば、彼氏ができたのよ」

 

 七海が余計な事を言うので、綺羅はため息をついた。

 

「ママ、言わないでよ。なんで、教えちゃうかな。面倒くさいのに」

「えー!? う、嘘だ」

「ホントよ。つい先日、綺羅にも彼氏ができました」

「そんなー。私よりも先に綺羅ちゃんに彼氏ができるなんてありえない」

 

 案の定、うるさい声で夢逢は叫ぶ。

 信じられないという顔をしながら、綺羅に迫るので、

 

「高校時代に選り好みしすぎて、告白されても断り続けたのは誰? 自業自得」

「うぐっ。だ、だって、私、本当にモテたんだから」

「過ぎ去ったことを悔やんでも遅いだけ」

「付き合う子よりも、もっと良い男の子がいると思ってたら中々付き合えなくて。いつのまにか卒業して今みたいな状況になるなんて思わなかったし」

「そして今や、出逢いすらもないなんて。夢ですら逢えない」

「言わないで!? はぁ、青春って短いのね」

 

 見た目は美人な夢逢は高校時代はかなりモテた。

 だが、選り好み過ぎたせいで結局、彼氏はできずじまい。

 散々に男心を弄んだ罪は重くて。

 卒業後は彼らからそっぽを向けられているようだ。

 

「仕方ないじゃない。告白された男よりも次に告白してきた男の子の方が魅力かもしれないでしょ。私はちゃんとした人を選びたかっただけだもん」

「下手にモテるとこうなるのね」

「選り好みしてたとかって言われて困るわ。下手な男と付き合いたくはないもの」

「ただの言い訳。やっぱり、自業自得」

「うぇーん。何か綺羅ちゃんにバカにされてる」

「チャンスを逃し続けた姉とチャンスを逃さなかった妹。対照的な姉妹ねぇ」

 

 さりげない七海の一言が一番ひどい。

 一人身の寂しい姉は綺羅に詰め寄って尋ねた。

 

「ホントに彼氏ができたの? 冗談だよね?」

 

 綺羅は冷めて飲みやすくなったココアに口をつけて、

 

「……ふっ」

 

 静かに鼻で姉を笑ってやるとものすごくショックな顔をする。

 

「ガーン。う、嘘だ。綺羅ちゃん相手に恋愛において、鼻で笑われた」

「綺羅に彼氏ができたなんて私でも驚いたわ。娘は成長するものなのね」

「お母さん。綺羅の彼氏を知ってるの? 会った事ある?」

「あるわよ。とても優しい子だったわ。外見も男前な年上の先輩よ」

 

 さらに夢逢はショックを受けたようで肩を落とす。

 姉の落ち込む様は見ていて面白い。

 自然と綺羅の口元にも笑みが浮かんでいる。

 

「……そ、そんな、私の綺羅ちゃんが」

「誰が姉のものですか」

「お母さん、どんなの子なの? カッコいい?」

「顔はアイドルグループのストームの小野君に似てるかしら」

「癒やし系男子か。私は俺様イケメンの梅君の方が好きかな」

「……お姉ちゃんの趣味なんて聞いてないし」

 

 夢逢はようやく綺羅に彼氏ができた現実を受け止めたようだ。

 

「そっか。綺羅ちゃんにもついに彼氏が……何かショックだわ」

「綺羅は高校に入ってから少しずつ変わった気がするわ」

「……別に。私はまだ何も変わってない」

「そう?」

「変わるとしたらこれからだと思うの。先輩と付き合っていく中で変わっていくもの」


 それは綺羅自身が感じている、未来への可能性。


「――私を変えてくれるのはヒロ先輩だから」


 自然と微笑がこぼれる。

 彼女の何気ない一言に七海と夢逢は顔を見合わせる。

 

「あのー、お母さん? この子、ホントに綺羅ちゃんですの?」

「ふふふ。いい感じになってるじゃない。青春っていいわねぇ」

「ま、まだ私にも青春、残ってますから」

「残ってたらいいわねぇ。青春は短いものよ」

「……綺羅ちゃんだけ青春謳歌なんてありえない」


 ひそひそと小声で囁きあうのだった。

 

「……ふぅ」

 

 七海にからかわれるのも、夢逢に追求されるのも嫌。

 飲みほしたココアのカップをテーブルに置く。

 

「綺羅。おかわり、いる?」

「もういい」

「ねぇ、綺羅ちゃん。告白はどちらから? もしかして、綺羅ちゃんからだったりして? そうなの? やるじゃない。きゃー」

「……姉、うるさい。私はもう寝るから、邪魔しないで」

 

 夢逢と話をしてもしょうがないので綺羅は席を立ちあがる。

 

「えーっ。気になるじゃない。ちゃんと話してよ」

「姉に話すことは何ひとつない」

「ぐすっ。つれないじゃない。お姉ちゃんは悲しいわ」

「……勝手に悲しんでおけばいいじゃない?」

 

 その言葉に彼女は頬を膨らませながら、身体をくねらせる。

 

「久し振りの姉に対して妹が冷たい~」

「姉、気持ち悪い。私達は元からこんな関係でしょ」

「妹が冷たくてホントに悲しい。……それじゃ、ひとつだけでいいから教えてよ。大事なことなの。いろんな意味で大事なことだからさ」

 

 綺羅の服を掴みながら夢逢は尋ねた。

 服が伸びると面倒くさいので「分かったから離して」とその手を離させる。

 

「それで、何? つまらないことなら言わない」

「これは私の矜持に関わる問題よ。綺羅ちゃん」

「だから、何?」

 

 さっさと解放されたい綺羅の瞳を真っすぐに見つめながら言った。

 

「――もう彼氏さんとキスはした?」

 

 次の瞬間、問答無用でソファーのクッションを姉に全力で投げた。

 

「ぎゃふんっ!?」

 

 綺羅の投げつけたクッションを顔面に受けて姉はソファーからひっくり返る。

 

「バカでウザい姉に話す言葉はもうない」

 

 付き合いきれないと一瞥して、リビングを後にする。

 

――まともに相手しようとした私がバカでした。姉はこーいう人なのに。

 

 綺羅の姉への苦手意識がさらに増すだけだった。

 

「ふふふっ。お母さん、今の反応見た? あれは絶対にキスはまだだ」

「何をやってるの、夢遭ってば」

「よしっ、まだ姉の面子は保たれているわ。やったね」

「……夢逢。私は自分の娘がそんなことに喜ぶことが悲しいわ」


 七海は愛娘の情けない姿にため息をつきたくなる。

 どうしてこうも姉妹で性格が違いすぎるのか。


「大事なことでしょ。そこで負けてたらもう泣いちゃう」

「貴方もさっさと彼氏を作ればいいじゃないの。昔はモテたんでしょ」

「む、昔って数ヶ月ほど前の話なんですけど!?」

「はいはい。あの頃は貴方もまだ若くて素敵だったのよね」

「遠い過去みたいに言わないで!? ホントにまだ青春残ってますからぁ」

 

 床に倒れながら嘆き悲しむ夢遭である。

 どうしようもなく「姉、器が小さい」と嘆きながら、リビングの扉を閉めた。


「まったく、ファーストキスとか。私にはまだまだ早いって」


 キスをすることへの関心と興味。

 綺羅にはまだ早いと思い込んでいた。

 なのに。

 “ファーストキス”をめぐり、あんな事件が起こるとは想像もしていなくて。

 綺羅にとって思わぬ事件が起きようとしていた――。


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