第28話:私とアンタが将来、結婚したら……
海から上がった優雨は軽く修斗の腕に抱きつきながら淡雪たちに近づく。
波が浜辺を静かに打ち付ける。
綺麗な茶色の長髪の美少女が海を眺めるさまに修斗は見惚れそうになる。
「相変わらず綺麗な人だな。水着姿も色っぽくて実にいい。男子から人気なわけだぜ」
「くぉら、見惚れるな。こっちだけをみなさい」
「独占欲の強いことで」
「当然じゃない。よそ見は許さないって言ってるでしょ」
優雨だけを見ていないと白い砂と一緒に足を踏まれそうだ。
「こんにちは、淡雪さん」
浜辺に座る淡雪に声をかける。
隣の猛は「クラスメイトの子だっけ?」と彼女に囁く。
淡雪と違い、猛はあまり二人は面識がない。
「うん。優雨さんと月城クンよ。ふたりとも、珍しいところであったわね」
「そっちも海に遊びに来てたんだ」
「猛クンが連れてきてくれたの。優雨さん、可愛らしい水着じゃない」
「買ったばかりの水着なのよ。ちょっと奮発しちゃった」
「とっても、よく似合ってるわ」
水着を褒められてご機嫌な優雨は猛の方へと視線を向けた。
「ご自慢の彼氏と海かぁ。いいなぁ、うちとは大違い」
「月城クンも素敵な彼氏じゃない」
「えー、こいつがぁ? 見てくれは多少はマシだけど中身は残念男子だもん」
「自分でも分かっているが、言い方がひでぇよ」
「アンタと大和君じゃ格が違うの。比べるまでもなく、思い知りなさい」
散々な言われようだった。
「くすっ。優雨さんってば、そういう素直になれないところを直せばいいのに。本音としては月城クン以外の男子に興味もないんでしょう?」
「それは……その……」
「言葉で素直になれないなら態度で素直になればいいのよ」
「……ま、まぁ、私たちはこういう関係だから問題ないわ」
「問題ありますけどね。慣れてるだけで」
ため息がちに修斗は肩をすくめながら、淡雪たちに言う。
「でも、須藤さんたちってホントに付き合ってたんだな?」
「はぁ? アンタ、どういう意味?」
「いや、噂程度には聞いてたけどさ。仲がいいだけで付き合ってないんじゃないかって思ってた。あんまり学校じゃベタベタしてないし」
「そんなの学校じゃ節度のある付き合いをしてるだけでしょ」
クラスメイトの噂では淡雪と猛は交際していると評判だ。
人気の二人ゆえに、お似合いなのだと誰もが思っている。
だが、噂は流れていても学校での二人は付き合ってるほどの親密ぶりを見せないことも多いために、恋人未満なのではないという疑惑もあった。
修斗の何気ない言葉に淡雪は苦笑いをして、
「……あはは、外から見たら恋人同士にはみえなかった?」
「あ、ごめん。気を悪くさせたらなら謝る」
「ううん。確かに学校ではそういう立ち位置でもあるかも」
「イチャラブ姿を見ないもの。恥ずかしがってるの?」
「そうね。でも、私たちはとっても仲はいいのよ。ねー、猛クン」
軽く腕を組むと彼はどこか照れくさそうに、
「あぁ。時々、こうしてデートを楽しんだりしてるよ。人前じゃ見せたりしない、本当の淡雪の顔を知れるのはとても楽しくて。つい、この間も……」
「こらぁ、何を言おうとしてます?」
「そうだった。これは俺と淡雪の秘密か。淡雪は普段、学校で見せる以上にとても甘えたがりな子でさ。もっと、素の自分を見せてほしい」
「だ、だからそういう発言をさらっとしないで」
恥ずかしがる淡雪が唇を尖らせる。
猛に対して優雨は「イケメンは中身も素敵」と感心しながら、
「ホント、お似合いの二人って感じがするなぁ」
「ふたりって雰囲気が似てるから余計にそう感じるんじゃないか」
「ありがと。優雨さん。そちらもようやく恋人になれたんだから、仲良くしなきゃ」
「え?」
「月城クンの頬がちょっと赤いけど、また何かしちゃった?」
修斗の頬が赤らんでいるのを見逃さない。
先ほどから何度も手に持っているビーチボールで攻撃しているせいだ。
さすがに恋人になっても、素直になり切れないというのも恥ずかしくて、
「う、うぐっ。何でもないですよー」
「嘘つけ。思いっきりビーチボールを顔面にぶつけやがって」
「修斗がよそ見するからだ。他の女の子の水着姿に鼻の下を伸ばしたアンタが悪い」
「お前には手加減とかいう言葉はないのかねぇ」
「ないわよ?」
いつだって現実は厳しいものなのだ。
「……はっきりと言わないでください」
「手加減、遠慮容赦。私の嫌いな言葉だわ。常に全力主義だもの」
「もう少しお前のステータスは”優しさスキル”を上げるべきだと思います」
「えー。面倒だから嫌だ」
反省の色もなく優雨はそう言うと、
「さて、と。これ以上は淡雪さんたちのお邪魔かな。私たちはもう行くわ」
「そうだ、優雨さん。今度は美織も誘ってプールにでも行きましょ」
「オッケー。せっかく買った水着だもの。もっと使いたいわ」
「……買ったじゃなくて、買わされたんですが」
「修斗、うるさい。もう少し心を広く大きく持ちなさい。みみっちい男は嫌いよ」
文句を言う彼女は彼の背中を押した。
「ほら、行くわよ。かき氷が食べたいの」
「はいはい。どれでも好きなのをどうぞ」
「アレなんてどう? マンゴーとか乗ってる高い奴がいいな」
「前言撤回。普通のにしてください」
「えー。せっかくの海なんだからいいじゃない」
背中から優雨に甘えられて抱きつかれる。
「レッツゴー。美味しいかき氷が私を待ってるわ」
「……お金を出すのは俺なのだが」
「それがいいんじゃない。彼氏のお金で食べるかき氷はきっと格別よ」
そんなやり取りをする優雨たちを見つめながら、
「……あの子たちが眩しいわねぇ、猛クン?」
淡雪は静かな声で猛に告げる。
隣に座る彼は「眩しい?」と尋ね返した。
「ホントに真剣交際している子たちのオーラってすごくない?」
「オーラか。確かにそういう甘ったるい雰囲気はあるよな」
「ラブラブというか、想いあってるものがちゃんと目に見えるんだもの」
「……俺たちはそうではないと?」
「私たちは恋人に似た別物じゃない。他人からみたら、恋人のように見えるだけ。ホントに好き同士のオーラは他人には感じてもらえない」
自分たちの関係は本当の意味で恋人同士ではない。
淡雪はそういう微妙な関係なんだと改めて感じてしまう。
「そうかもしれないね」
「でも、いつかは、あんな風に目に見える雰囲気になりたいかな?」
「……うん」
恋への憧れ。
偽物ではなく本物への羨望。
そっと彼の手に自分の手を重ねて、
「ねぇ、猛クン。今度、私の別荘にこない?」
「……お泊りですか?」
「もちろん。静かな場所だけど、きっと気に入ってもらえるわ」
淡雪は穏やかに囁く。
そっと彼女の頭を撫でながら猛はうなずいた。
「せっかくの夏なんだ。楽しまなきゃ損だな」
「猛クンとなら素敵な夏になるわよ」
ご満悦の様子で彼女は海へと歩き出す。
例え、この関係が偽りでも。
恋する気持ちに浮かれるのは心地よいものだから――。
海の家のテーブルには空になった容器が3つ置かれていた。
「んー、美味しかった。大満足です」
「……さいですか。三杯も食べるとか、お腹を冷やしすぎだと思うんですけどね」
どこかげんなりとした様子の修斗。
残り少ないかき氷を食べながら、
「よくもそのお腹に入るよな。アレだけ食べても平気か」
「だって、美味しかったんだもの。また食べたいな」
「やめてくれ。だけど、アイスクリーム頭痛にならないのはなぜ?」
かき氷を急に食べると頭が痛くなる。
いわゆる、アイスクリーム頭痛と呼ばれる現象だ。
「知らないの? あれってかき氷を食べる前に常温の水を飲めば解決するのよ」
「……そんな対処法があったなんて知らなかった。それでこの暴挙か」
「なによぉ、文句でもあるの?」
「お前が高級かき氷(800円)を食べてる間に、俺は安物のかき氷(300円)を食べてたんだぞ。くっ、好き放題に食べやがって」
高級かき氷は本物のフルーツが乗せられた豪華な代物だ。
白い氷の上にかけられたシロップも本格仕様。
それゆえに値段もお高い。
「だって、普段は食べられない美味しそうなやつがあったんだもの」
「そうね。気持ちは分かるよ、うん。だからって食いすぎじゃないか」
「そうかなぁ。三種類、制覇をしたいとは思わない? 思うでしょう?」
「……すべてのお金が俺もちではなければね」
毎回、財布へのダイレクトアタックが半端ない。
「何で? 私のために夏休みを犠牲にして働いてくれたんでしょう?」
「全然、違うわ!」
「違うの? あれだけ夏休み前に言ってたじゃない。アルバイトしたお金はすべて恋人のために使いたいって? あれは嘘だったのかしらぁ?」
「……うぐっ」
そのような発言をしたことは認める。
だが、相手が優雨だとは思いもしていなかった。
文字通り、“恋人のため”にお金を使い切る羽目になるとは想定外だった。
「このままじゃ破産するぜ」
「おおげさな。大丈夫。残り予算はちゃんとわかってるから安心して?」
彼がどれだけ稼いできたのかをすでに優雨は知っている。
笑顔で言われると悲しくなるしかない。
「この人、本物の鬼や……」
「失礼ね。私とアンタが将来、結婚したら……もちろんお財布を全部握るわ」
「いやだぁ!? 暗黒世界行きは無理っす」
どんなに頑張って働いても、働いても。
その稼ぎを手にするのはすべて優雨だという構図。
そんな将来図は嫌だとばかりに彼は拒む。
「冗談はさておき」
「本気でしたよね? 100%本気でしたよ」
「そんなこともない。で、未来の話は今は良いわ」
「俺は自分の将来が本当に心配だ」
「どーでもいいよ。これからまた泳ぎに行きましょ」
「泳ぐというよりも浮かぶという表現が正しい」
「……ふふふ。じゃ、修斗に抱きついて浮かんでみる? ぎゅってしてあげる」
「こ、こいつ、どさくさに紛れて俺を海底に沈める気だ。や、やめろぉ」
にやりと笑う優雨が怖くて逃げだす修斗であった。
「アンタと一緒ならいつも楽しくて飽きないわ」
なんだかんだと言いながらも、仲のいいふたりであった。




