第19話:我が世の春が来たぁ。うははっ
昨夜の自らの失態を忘れるほどの衝撃。
今の修斗の現状。
「――我が世の春が来たぁ。うははっ」
我が世の春=自分の思い通りになること。
最低男が青春満喫中である。
美織には遠見派と呼ばれる女の子グループがある。
その遠見派の子たちに修斗は囲まれていた。
「月城君って意外に筋肉あるよね」
「触らせて。うわぁ、腹筋割れてる」
「細マッチョ系? カッコいいじゃん」
「スポーツもできるんでしょ。もっとアピールすればいいのに」
ちやほやとされながら女子に囲まれている。
照れながらも修斗は彼女たちに、
「いやぁ、俺なんて別に部活をしてるわけじゃないのに」
「でも、いい体をしてるよね」
「ちょっとだけ鍛えてますから」
「もったいないなぁ。運動系部活に入れば絶対に人気でるって」
「いやぁ、そうかなぁ? えへへ」
女子たちから甘く囁かれ、溶けそうなほどにデレデレとする修斗。
「前から思ってたけど、修斗くんは整った顔をしてるよね」
「そうそう。うちのクラスの中じゃイケメン顔だし」
「いいなって思ってる女子は結構いるんじゃないかしら」
女子から褒められていい気にならない男子はいない。
修斗もそうだ。
――俺の時代がやってきてしまったのか!
などと勘違いするありさまである。
その光景を眺め唖然としているクラスメイトの男子たちは、
「ちくしょう。なぜに、アイツがモテる」
「……残念イケメンのくせに」
「月城め。モテ期到来とかふざけるな」
「昨日は伊瀬さん。今日は遠見派。何でアイツばかりモテやがる」
「死ねばいいのに。神よ、人を呪い殺せる力を僕たちに与えたまえ」
「そもそも、伊瀬さんを襲って返り討ちにあったのに。なんであの展開?」
「女子の考えることって分かんねぇ。女子の気持ちが全然分からん」
僻みと妬みによる苛立ちからか、修斗に対して痛烈批判を繰り返す。
何ゆえに、修斗が女子たちに囲まれているのかというと、
『傷ついた修斗クンを励ましてあげたい』
という美織の提案によるものであり、遠見派の子たちも協力的だった。
いつのまにか、修斗を囲んで女の子たちと甘いひと時を過ごしていた。
――よくわからないがこの幸せは素晴らしい。
夢にまで見た、まさにハーレム状態。
男は女子にモテたい生き物なのだからしょうがない。
「それにしても、いくら好き同士でも、手を出すのはよろしくないわね」
心配そうに、美織が修斗の傷を見つめて言う。
「痛々しい傷跡だわ」
軽く腫れた頬。
痛みこそそれほどないものの、目立つものはしょうがない。
教師からも何度か指摘されたが、転んだ傷だと誤魔化している。
さすがに優雨の胸を揉み、その後怒らせてぶん殴られたとは誰にも説明できない。
「それとも、それほどの事をしちゃったとか?」
「……まぁ、俺が悪かったのは否定しないよ」
「優雨さんも拗ねてるし。喧嘩はよくないのに」
頬を二発ぶたれる程度の事はした。
そこに怒りはないし、むしろ申し訳なさの方が勝る。
――だからと言って、顔面パンチはないだろ!
と言いたいのは山々だが、したことの罪を思えば納得もしよう。
昨夜は激痛に眠れない夜を過ごしたが。
「……あら、優雨さん?」
美織が声を漏らす。
いつのまにか、かなりご不満な様子の優雨が近くまで来ていた。
さすがにこの状況に対して何も言わないわけにもいかない。
「どうした、優雨? なんだ、お前も混ざるか。ちこう寄れ」
冗談っぽく言ったつもりだが、それがよくなかった。
優雨の猫のような瞳がキッとつりあがり、鋭く睨みつける。
「――調子に乗るな、バカ!」
悪態をつくと優雨は修斗を怒鳴りつける。
「可愛い女の子に囲まれてずいぶんと楽しそうですね」
「え……あ、いや」
「昨日、無理やり私の胸を揉みしだくったくせに」
「は、はぁ!?」
「その翌日にこれですか。はっ、アンタみたいな変態は死んでしまえ!」
軽蔑と罵り、怒りに震えた優雨の一撃。
――あっ、やばい。
と思った時にはすでに遅し。
振りかぶって、パチンっと頬に再び衝撃が走る。
「んぎゃー!?」
平手打ちをされてしまい、のけぞる。
衝撃と痛みに悶絶する。
「修斗のバカ、最低男め」
「さ、最低野郎は言いすぎじゃん?」
「うるさいっ! 死んじゃえ!」
ふんっと優雨は一瞥して去っていく。
その後を「優雨ちゃんー」と心配した友人たちが追いかけて行った。
「うわぁ、今のは見事な一撃。修羅場だぜ、修羅場」
「ここまで音が響くのは中々ないぞ」
「ふむ。これは……終わったか?」
残された修斗は痛みに震えて「ひでぇ」と呟く。
「今のはお前が調子に乗り過ぎた」
「天罰上等。むしろまだ足りてないくらいだ」
「俺たちが追加攻撃してもいいか?」
「むしろ、腹立つから殴らせろ。ぼっこぼこにしてやるぜ」
「やめろぉ!? 許してください、ホントに痛かったんだ!」
無意味に敵を作って、命を狙われている。
心も体も痛みを負った修斗に対して、
「それにしても、月城君。いきなり伊瀬さんの胸を揉んだの?」
「それで喧嘩になっちゃたんだ?」
「ダメだよ、ちゃんと手順を踏まなきゃ?」
「いや、あれは……そのですね」
修斗を囲む女子たちからたしなめられる様に、
「いい? 女の子の胸って柔らかく見えて意外と固いの。優しくしなきゃ」
「そうそう。おっぱいをぎゅって握るとかありえないからね?」
「そもそも触る前にはちゃんとキスとして雰囲気も作ってほしいな」
「女の子の扱いに慣れてない修斗君が、勢いでがっついちゃったから喧嘩したのね」
「分かる。私の彼氏もそうだったもん。男の子は野獣だ」
「だよねぇ。雰囲気が欲しいのよ、雰囲気が!」
「……あの皆さん、俺が赤面しそうなのでその辺で勘弁してください」
女子からのアドバイスに耳を傾けながら、怒った優雨をなだめる方法を考える。
どう考えても悪化した状況に絶望する。
――俺、やらかしてばかりだ。どうしよ……?
まさに自業自得。
こじれまくった事態にどうしようもない修斗であった。
放課後になり、淡雪は美織に声をかける。
「何かしら。それはラブレター?」
「そうみたい。机の上に置いてあったわ」
彼女の手には一通の封筒が握られていた。
典型的なラブレターである。
「素敵じゃない? 今時ラブレターを送る男の子がいるなんて」
「面倒だけどねぇ。会うだけは会ってあげないと」
「そういうところは律儀よね。美織はちゃんと一度は会うんだもの」
美織の性格的なものだろうか。
無視してもいい状況でもあえて無視しない。
告白する方からすれば、何ともありがたい話だ。
だが、それは……死刑宣告と同じ意味を持つと誰も知らないからでもある。
美織はうっとりとした微笑を浮かべながら、
「ふふふ。男の子の幻想が壊れる瞬間を見たくてさ」
とんでもない発言をする美織である。
「それ、微笑みながら言うセリフじゃないから」
「くすっ。だって面白いんだもの」
「はぁ。相も変わらず、男の心を弄ぶ悪女だわ」
友人も引き気味な悪女っぷりだ。
「でも、最近は連続で告白されてるわね? モテまくり?」
「夏休み前だからでしょ。夏休み、素敵な彼女と過ごしたい男子が多いのよ。告白ラッシュで私もお疲れ気味。今日はどんな風に幻想を殺そうかな」
「……普通にしなさい。いつか襲われるわよ」
恨みを買った男子にひどい目にあわされることもある。
その可能性を「ないない」と美織は否定した。
「この私に手を出して無事にいられるとでも?」
「……手でも触れようものなら、徹底的に潰しにかかるわよね」
「そういうわけでノープロブレム。さぁ、行ってくるわ」
「くれぐれも気を付けて?」
淡雪に見送られて美織は教室から出ていく。
その後ろ姿に淡雪はポツリと呟く。
「大丈夫かしら、あの子? 最近少し、荒っぽいから気を付けてもらいたいな」
友人としての心配。
普段の猫かぶりの美織からは想像できない、裏の顔。
本性を知った男子からいつか仕返しされたりしないだろうか。
「――それに、恨みを買うのって”男の子”からだけじゃないのよ?」
淡雪にそんな一抹の不安がよぎるのだった――。




