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俺の彼女は猫系女子 《猫系女子シリーズ》  作者: 南条仁
第4シリーズ『恋する猫はご機嫌ななめ』
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第13話:アイツがさ、可愛く思えたんだよな

「……何か眠れなかった」


 翌朝、睡眠不足からくる気だるさで優雨のテンションは低かった。

 それもこれも、昨夜の出来事が原因である。


「モヤモヤした感情が渦巻きすぎて気持ち悪い」


 告白したつもりが、恋人のフリをすることになり。

 挑発的にあおった結果、押し倒されてキスしてしまったり。

 優雨にとっては心にダメージを与える出来事ばかりだったせいである。


「おはよう。あら、寝不足気味? 顔色がよくないよ?」


 リビングで食パンを食べる姉が心配そうに告げる。


「まぁね。顔を洗ってくる」

「んー、あんまり眠れてないの? 昨日のアレのせい?」

「いろいろと考えちゃって。私の暴走を後悔中」

「後悔することないでしょ。ある意味で、進展じゃない」

「進展?」

「だって、前より素敵な状況になったでしょ?」

「あれを素敵と言える私じゃない」


 特に自分からキスをしてしまった行為については恥ずかしさで消えたくなる。


――なんであの場面だけ強気になれたのかしら。


 上からものを言える立場ではないのに。

 あんな行為をしてしまったのは、どこか悔しさみたいなものがあったからだ。


――押したしても何もしてくれない、修斗を見返したかったのかな。


 もっと、彼に振り向いて欲しくて。

 自分に意識をして欲しくて。

 だからこそ、自分の行動に自分が一番驚いている。


「シュー君絡みだとゆーちゃんはホントに変わるわよね」

「いい意味で変わりたい。自分のダメさ加減にうんざりするのはもうしたくない」

「ダメっていうほど、ダメじゃないよ。恋する乙女に悩みはつきものでしょ」

「恋愛漫画の主人公のヘタレ具合をバカにしてたけど、私も同類なのね」


 そう愚痴りながら、洗面所で顔を洗いにいく。

 鏡に映る自分の顔色の悪さに、顔をひきつらせた。


「……これは最悪だわ」


 普段の顔色と比べると明らかに辛そうに見える。

 ため息を一つしてから彼女はメイク道具に手を付ける。


「こーいう時は、メイクの力に頼りましょうか」


 化粧で誤魔化して、ひとしきり、鏡の前で頑張ってからリビングに戻る。

 日和が朝食の準備をしてくれていた。


「少しはマシになった?」

「誤魔化す程度にはね。ホントに大丈夫?」

「ダメそうな適当に昼寝するし。どうせ、夏休み前の授業なんて暇つぶしよ」

「言っちゃダメでしょ。ゆーちゃん、パンは何枚食べる?」

「今日はひとつでいいよ。マーマレードを塗っておいて」


 優雨の両親は共働きのために朝が早いのでもう家にはいない。

 姉の日和も大学へ行くためにそろそろ出ていく時間帯だ。


「そうだ、今日の放課後は暇?」

「別に用事はないけど?」

「それじゃ、帰りにうちのお店によってよ。今日から夏前のフェアで割引セールなの。ゆーちゃんも新しいのが欲しいって言ってたでしょ」

「ホントに? そっか、帰りに寄ってみようかな」


 優雨は日和のアルバイト先に行くのは実はまだ一度もない。

 以前から興味はあったものの、行く機会がなかったためだ。


「お姉ちゃんが普通に接客できてるか、見に行こうかな」

「えー、私を見に来るの? が、頑張ります」

「ふふっ。今日は行くからよろしくね」


 日和と話をしていて少しだけ元気がでた。

 焼きたてのパンと甘いマーマレードの香り。

 ようやく目が覚め始める。


「お姉ちゃんもそろそろ、大学でしょ。後片付けはしておくから行ってきて」

「そうするわ。それじゃ、行ってきます。戸締りよろしく」

「うん。いってらっしゃい」


 朝食の用意をしてもらい、優雨は日和を見送る。

 ほろ苦いマーマレードを塗ったパンをかじりながら優雨は、


「……さぁて、私もやる気を出さなきゃ」


 いつもと違う一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 本日は最後の科目のテストが返ってきてた。

 これですべてのテストが戻ってきたことになる。

 教室で修斗はこれまでの科目の合計点を計算する。


「これくらいなら、上等じゃないか」

「国語が足を引っ張ったのが痛いわね?」

「言うなっての。お前も数学がダメだったんだろ」

「お互いに苦手教科を克服できないままだわ」

「苦手なままで放置していたい」

「それじゃダメよ。苦手は乗り越えてこそでしょ」


 優雨に励まされる修斗は「そういうものか」とうなずいた。

 

「成績が楽しみだわ。今度の勝負も私の勝ちかな?」

「負けるつもりはない」

「ふふっ。その自信、打ち砕いてあげるからね」


 そんないつもと同じようなやり取りをする二人なのだが。


「ねぇ、あれってどういうこと?」

「あのふたり、夏前についに?」

「何を今さら。元々、付き合ってたんじゃないの」

「でも、ベタベタするタイプじゃないよね?」

「確かに。親密度が増したって言うか、雰囲気が変わった?」


 クラスメイトがざわつくのには理由があった。

 二人の関係は恋人関係同然のように思われている。

 ただし、彼らが表だってイチャつくような触れ合うのはあまりなかった。

 なのに。


「くすっ、こうしてると気持ちがいいものね。修斗……」


 優雨は甘く名前を呼びながら、楽しそうに笑う。


「くすぐったいから動かないで」

「お前が抱きしめるせいだろ」

「いいじゃない。もっとこうさせてよ」


 椅子に座る彼に背後から抱きついている。

 豊かな胸を押し付けるような密着した体勢。

 これまでの彼女なら見せることのなかった姿だった。


「ラブラブじゃん。ちっ、夏前にカップルが盛りおって」

「よく分からんが、言えるのはひとつ。あのふたり、何かあったな?」

「何かって……まさか、修斗の野郎!?」

「男と女の関係を変えるのはアレしかあるまい。羨ましい」


 周囲も二人の関係の変化に気づく。

 それこそが、優雨の狙いである。


――これくらいしなきゃ、信じてもらえない。


 自分でも今のいちゃつきっぷりにはドン引くところがある。

 それでも、やらなきゃダメなので彼女は平然と修斗を抱きしめていた。


――恋人になったら、もっとラブラブするのかしら。


 これ以上、と思うと気恥ずかしくなるだけだ。

 恋人のフリをするにあたり、優雨たちは登校時に話をしていた。


『なぁ、付き合ってるフリって具体的にどうする?』

『具体的って……付き合ってるように見せかければいいだけでしょ』

『いや、だってさ。そもそも、恋人って何をするものだ?』

『え? そこから?』

『普段から一緒にいる。これ、いつもやってるような?』


 それは距離が近すぎる優雨と修斗の関係ゆえの問題。


『つまり俺たちは普段から恋人っぽい?』

『ちょ、調子に乗るな。でも、そうね。改めて言われると、どうすればいいのかしら』


 普通の恋人のように、ふたりは仲良く、いつも傍にいる。

 今さら、恋人のように、と言われても、何を変えればいいのか分からない。

 周囲を納得させるようにするためにはインパクトが必要だ。

 しかし、現状では恋人のフリをしても、何かが変わったという印象を与えられない。

 とりあえず、参考までに学校に通う途中の恋人たちに視線を向けた。


『まーくん、おはよっ。今日も好きだよ』


 女子が彼氏に抱きついて朝からイチャついていた。

 キスでもしそうなくらいに距離を縮めて男子に甘える。

 自然と腕を組む姿を凝視しながら優雨は、


『……アレじゃない?』

『マジですか? 俺たちにハードル高すぎないですか?』

『そうね。私たちが自然にアレをしろというのは難しいかもしれないわ』

『そ、そもそも、優雨は俺に抱きつくのはアリ? 嫌がったりしないか』

『……別にいいんじゃない。私、修斗の事、嫌いじゃないし』


 優雨の言葉に『いいのか』と尋ね返す。


『抱きつくくらいは問題ない。胸を揉みしだかれたら抵抗するかも?』

『……自重するのでご安心を』

『修斗は女の子の胸を常に狙ってる色情魔だもの』

『俺を変態さんにしないで!?』


 そもそも、彼女が修斗に抱きつくのを嫌がることはない。

 過度なスキンシップが気恥ずかしいだけで、ホントならば以前からもしたかった。

 それができないのは、彼女の素直になれない性格のせいだ。

 これまで、微妙な距離感を取ってきたのもそれだけの理由である。


『あれくらい、いいわよ。恋人のフリをする。そう決めたのは私だもの』

『まぁ、自然に見えるように頑張ろうか』

『……そうね。修斗の恋人を演じてあげる』


 そして、今のようにラブラブな雰囲気を醸し出して抱きついてるのだった。


――修斗に抱きつくのって癖になりそう。すごく心地いいわ。


 こうして、いかにも恋人らしく見えるように振舞っている。

 思っていたよりも自分たちはうまくやれているのではないか、と優雨は感じていた。


「修斗、今日の放課後はあけておきなさい」

「何かあるのか?」

「お姉ちゃんのお店に行くの。前からアンタも興味を持っていたでしょ?」

「日和さんのアルバイト先か。いいね」

「……ふふっ」


 意味深に優雨が笑うので「何なのだ?」と疑問を抱く。


「何でもないわ」

「それが気になる」

「放課後のお楽しみって、ね」


 その後、優雨が友人に呼ばれたので、ようやく身体を離される。

 それにどこか名残惜しさを感じていると、これがチャンスとばかりに友人たちに囲み取材を受ける羽目になった。


「お、おい、修斗。どういうことだよ?」

「ついにくっついたのか。それとも……」

「お前ら、騒ぐな。まぁ、優雨とはいろいろとあってな」

「いろいろって何だよ? 昨日まで、ここまでいちゃつくようなこともなかっただろ」

「昨夜、俺も衝撃を受ける出来事が……いや、何も言うまい」

「言えよ!? あれか、ついに一線を越えてしまったとか?」

「さぁ、どうだったかな」


 友人たちの追及をはぐらかしつつも、


「優雨か」


 昨日の事を思い出しながら修斗は優雨を想う。

 からかい半分とは言え、キスされたことで変な意識をしている。

 押し倒した時に見せた女としての顔。


「……アイツがさ、可愛く思えたんだよな」

「は? 伊瀬さんは前から可愛い女子だろうが」

「容姿が可愛いのは前からだけど、なんていうのかな。こいつ、可愛いなぁって思う時ってあるじゃん? そういう可愛さを感じてさ」

「……なぁ、修斗? その可愛さって愛しさの方の?」


 友人から言われて修斗は「愛しさ?」と素で返す。


「男が女を可愛いって思うのは、好きって言う感情に近いものじゃん」

「あれか、もしかして、今まで優雨さんのこと、好きなのに気づいてなかった?」

「一線超えて、初めて自分の気持ちに気づいたパータンか! このリア充野郎」

「近すぎて気づかなかったが、超えるものを超えて思いを強くすることもあるだろ」

「ま、待て。お前ら、勝手なことを言うなよ」


 そもそも、一線を越えていない。

 ただし、押し倒してしまったのは事実である。

 その時、恥ずかしがる優雨がとても可愛く思えた。


「ほら、普段のギャップって言うか、こいつ、こういう顔をするのかよって……なぁ?」

「それは恋だな」

「だ、だから、そーいうのではなく。お前ら聞けよ。微笑ましい顔をするな」

「照れるな、隠すな。手を出しちゃったなら、自分の気持ちくらい整理しておけ」

「好きか嫌いか、それくらい分かるだろ」

「そうだぞ。男には取らねばならぬ責任があるのだ。僕らは取ったことないけど」

「いいよなぁ。夏前にリア充になれるやつは。はぁ、残念男子に劣る自分が悲しい」


 励ましと妬みと、その他いろいろ。

 友人たちに苦笑いするしかない。

 修斗にとって、優雨への感情は複雑だ。

 

「優雨の事、嫌いなわけがない」


 初めて会った時から、気になる存在であり続けた。

 好きとか考える前に仲良くなって、距離が近づきすぎて。

 今さらどう関係を変えていけばいいのか、分からなくなっているだけ。

 優雨のように何かきっかけでもなければ、自分の気持ちに気づくこともなかった。


「……アイツを可愛いって思える。これが好きってことなのかな」


 彼は周囲からの言葉にどこか照れくさくなりながら、自分の髪をくしゃっとさせる。

 これは困ったことになった。


「あんなきっかけで、自分の気持ちに気づくのってアリかよ」


 押し倒した時に感じた、優雨への複雑な感情。

 まさかのきっかけで、異性としての想いに気づいてしまった。

 修斗は自らの気持ちと向き合わなければならなくなったのだった。

 

 

 

 

 ……。

 そんな彼らを遠くから眺める視線がひとつ。


「昨日の今日で、あの変わりよう。ホントかウソか。確かめたくなるわ」


 悪戯好きな猫のような瞳。


「――あの二人がねぇ? 何だか面白くなってきたじゃない?」


 猫系女子が獲物に狙いをつけてその時を待っていた。

 静かなる悪意。

 意地悪な少女の策謀が知らないところで迫りつつあった。

 

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