1話
上、中、下と3話ぐらいで終わる予定でしたが、5話ぐらいになりそうです。番外編も入れて・・・。評価して下さった方には申し訳ないですが、種別を短編にしていた為、話を連続させる事ができなかったので、一度取り下げて,もう一度アップし直しています。
お気に入り追加して下さった方にも申し訳ないですが、こちらに変更をお願い致します。
明け方2時、屋敷の使用人が使う勝手口からそろりと出て行く一つの陰があった。勝手口を出て数歩歩くと振り返りゆっくりと自分の生まれ育った屋敷を数秒の間じっと眺め、そして静かに最寄りの駅に向かって歩き出した。行く宛がある訳ではない、だが彼女がこれ以上耐える事が出来なかったのだ・・。心残りが無いと言えば嘘になるが、それでも彼は自分とは違い必要とされている人間だった。だから大丈夫・・そう自分に言い聞かせ足早に母屋から立ち去る。そこの交差点を曲がればすぐに駅と言う所で桂木清奈は突然身に襲った眩しい光と共にその世界から奇しくも消え去る事となる。
一体何が自分の身に起きたのか・・・余りの眩しさに目を閉ざし、そしてどのくらい時間が経ったのか恐る恐る薄目を開いてそして向けられた幾多の視線に身を竦める。そして自分の真正面に立っていた一際、際立つ衣装を纏った男の鮮やかな蒼い目に射すくめられ気を失った。これが全ての始まりとは知らずに・・・。
オスティリア暦749年
鬱蒼と生い茂る緑豊かな森、近隣の村人らはこの森を聖地と呼び、ほんの僅か森の入り口周辺だけで採れる豊かな恵みに恩恵を預かりながら暮らしている。この森には貴重な資源が多いが村人達は決して森の奥へその資源を求めて行くような事はしない。たまに訪れる余所者達が森の資源に目が眩み奥へ進み行こうとすると必ず森の中で迷い、いつの間にか森の入り口へと戻される、それは幾度試して同じ事。そしてまた村人達は語り継ぐのだ、この聖地と呼ばれる森の事を・・
そしてその森にまた一人、村人ではない男が立ち入って行った。
「ねえ、あの恥知らずがやってきたよ。」
「本当だ」
「くすくすくす」
「どうする?」
「森の魔獣をけしかけようか?」
「駄目駄目、それじゃあ面白くないよ、もっと・・・」
「・・・・誰が来たの?」
「あ、フィルニー・・起しちゃった?」
「まだ寝てなよ」
「そうそう、疲れているでしょ?」
「大丈夫よ。心配してくれて有り難う。それよりも誰が来たの?」
「ええ〜、フィルニーが心配しなくても大丈夫だよ。僕たちがちゃんと・・」
「答えになっていないわ。」
「だってフィルニーをあんな目に逢わせた男が来てるんだよ。」
「そうだよ、でもいい気味だ。せっかくの女神様からの加護を受けて産まれたのに今は只の・・・」
「でもそれってシーリアの・・」
「皆、ちょっと待って・・来ているのは彼・・なのね?一人なの?」
「え?うん、そうだよ、フィルニー、だけどあんな奴に逢う必要はないだろう?だから僕たちが・・!」
「駄目よ!手荒な事はしないって約束して?私は大丈夫だから・・。それにいつかはこういう日が来ると思っていたし・・。」
「良いの・・?」
「辞めといた方がいいよ、フィルニー」
「そうそう」
「いいの。もう決めたのよ。だからお願い、道を開けて彼を此処迄連れて来てちょうだい。」決心をした様に小さく呟きながら微笑む女性に、それらは仕方ないといった風に頷いた。それから約30分の後、粗末な木で出来た扉を叩く音がした。
フィルニーと呼ばれる女が扉を開けると其処には薄汚れた鎧を纏った一人の男が立っていた。フィルニーは男のつま先から頭まで一瞥するとやや強ばった顔付きの男に声をかけた。
「どうぞ、お入りになって下さい。」
男はしばらくの間無言で女の顔を凝視していたが、おずおずと切り出す。
「・・・良いのか?俺が入っても」
「どうぞ・・。たいしたもてなしは出来ないですが今朝焼いた焼き菓子とハーブティーがあります。ああ、毒は入っていませんからご心配なく。」
中央に置かれた小さなテーブルの上には既に茶菓子らしき物と良い香のするお茶の入っているポットとカップが置かれていた。
「ああ、もったいない!」
「あれは僕たちのおやつのはずだったのになあ」
「あんな奴の為にあげることなんて無いのに・・フィルニーってば本当にお人好し」
部屋に入って来た男の周りを一陣の風がすり抜ける。男は何か感じたのか一瞬身に感じた殺気に気を巡らしたが、直ぐに女に促されるまま男には少し小さな粗末な木の椅子に腰掛けた。女は黙ってポットからハーブティーを注ぎ男に差し出した。
男は信じられないものを見るかの様に、だがコップを受け取る。何かを言いかける様に口を開くがまた口を閉ざし、そして小さく「有り難う・・」と呟いた。
「どう致しまして・・・貴方の様な方のお口に合うか分かりませんが、ここまで来られるのに随分と苦労をされた見たいですし、騙されたと思ってお飲み下さい。少しは疲れが取れると思いますよ?」
促されて男は手に持った粗末なカップから一口こくりと液体を飲み干す。「うまい・・」自然と口からついて出た言葉に初めて女が笑みを見せた。
「良かったです。それよりも、良く此処が分かりましたね。」
最後に彼女の顔を見てから数年、枯れ木の様に華奢だった体にはまだほっそりとしているものの、少し肉付きが良くなり、以前は無表情で面白みの無いと思っていた相手から胸の奥に染み込むような笑顔を向けられ男は戸惑っていた。怒鳴られて、罵倒されるかと思っていた・・自分はそれだけの事をこの相手に仕出かしたのだし、自分がこのような状況に陥ったのも仕方がないと悔いていた。なぜ彼女をこうまでして捜そうとしたのか、謝罪で済むはずはない。死をもって償えと言われてもそうするつもりであった。それで彼らの怒りが少しでも収まるのであれば、そしてそれ故に荒れてしまった大地を取り戻せるのならば・・・。
「随分と捜した・・・。この近隣の村で聖地の奥に住まうという黒髪の魔女・・の噂を聞いてもしやと思ったが・・誰一人として聖地の奥にたどり着けた者はいないと聞いていたが。」
「そうですか・・。それにしても良いのですか?一国の王がそんな長い間国を空けていても?それにナタリア様は?」
男は驚いた様に伏せがちになっていた瞳を上げる。女の深い黒色の瞳と己の蒼色が混じり合う・・。「そうか・・知らなかったのか・・。俺はもう王ではない。4年前に王位を剥奪され今は弟が王位に就いている・・ナタリアは弟の妻として王妃になっている。」
よほど俺の言葉に驚いたのか女は唖然とした表情を向けていた。
「・・・いい気味だ・・・とは思わないのか?」
「え?」
「俺はお前を無実の罪で殺しかけた男だぞ・・・?」