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04 回想



《ヴォーダルファ》王国。

 およそ百年ほど前、東の大帝国《デルティニア》の辺境伯だったその地の領主は、同じ境遇の周辺領主達と共に反乱を起し、独立に成功した。その動機は帝国の圧政に耐えかねたものというのが歴史書の記述であるが、真実は定かではない。

 ともあれ、この水と緑豊かな地に初代大王マーセウス、二代賢王アゼルバの治世を経て、三代武王クシャルカスの時代にその統治機構を盤石のものとする国家が確立した。クシャルカスの御代に《ヴォーダルファ》と《デルティニア》の間に相互不可侵協定が結ばれ、以来、この国の領土が大きく侵略され滅亡の危機に瀕したことは一度たりとてない。

 永く訪れるであろう平和な未来を祝う宴の席に現れた一人のみずぼらしい姿の予言者が、クシャルカスにとある品を献上した。何の変哲もない岩を真球に削り、磨き上げたそれをクシャルカスの眼前に差し出し、予言者はおもむろに告げた。

『この宝珠を光り輝かせる者現れし時、この国に大いなる災いがおきるであろう』

 予言という不確かな事象を以て、不吉な未来で人心を乱して、己が利益となそうとする行為に周囲の者達は激怒し、彼を厳罰に処そうとした。だが、クシャルカスは笑ってそれを制し、予言者に褒美を与えたという。

『このようなものが光り輝くことなどあろうはずがない。すなわち世の国土は永遠に安泰であり、この《ヴォーダルファ》の地は永遠の理想郷となるであろう』

 その後百年近くに渡り、クシャルカスとその子孫によって統治される間、周辺国との小競り合いやいくつかの内乱はあったものの、王国が大きな国難を迎える事はなかった。献上された宝珠は、王国に仕官することとなった新たな騎士の叙任式にて使用され、新たな騎士たちが触れても決して輝きを示さぬ事で、王国に対する騎士の忠誠を示した。

 国が年月を重ね、その統治機構がより複雑化し続けても、それは変わらぬ形だけの伝統となって受け継がれていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ヴォーダルファ王国では、男は十五の歳を迎えると成人とみなされる。成人となった彼らは兵役の義務を兼ねて三年の間、王都にある兵学校へと招集され、厳しい訓練の日々を過ごす。農家や商家の跡取り、工房技術者などの一部の例外はあるが、王族、貴族、騎士階級、平民、兵学校の中ではその扱いは皆等しいのが建前である。


 戦場で勇壮な突撃を試みる騎馬兵、鋭利な斧槍を自在に操る熟練した職業兵、あるいは立ちはだかる砦の壁を破壊すべき攻城兵器をありあわせの材料から鮮やかに組み上げる工兵。彼らの活躍は実に華々しい。だが、彼らの活躍もそれを後方で支える兵站が十分に機能してこそである。

 そのような後方支援任務を受け持つのが、熟練兵に指揮される兵役として訓練を受ける若者達の仕事だった。後方支援とはいえ実戦である。時に、国外の戦地へと輸送する物資を狙って襲いかかる敵兵や山賊達の手にかかり、命を落とす者も少なくない。

 兵学校では軍務に必要な読み書きなどの教養や戦闘の為の基礎技術が叩き込まれる。修羅場の緊張感の中で鍛えられる胆力と兵学校で与えられる教育は、獣同然に育った子供を一人の人間へと育て上げる。無事に兵役を務めあげた者こそが一人前の男である――この地に暮らす者の内の多くがそう考える。

 命がけの経験を通して生まれる騎士以上の特権階級と平民の間につながりは、新たな人間関係の礎となり、従卒や家人として迎え入れられる。あるいは商家や工房の丁稚や奉公人としての生きる道が見出される。寒村において、生涯、農奴として働くことを決められる若者達にとって、冷飯ぐらいの己の人生を変える事のできる数少ない機会だった。彼らが憧れる出世物語の一つである。




 自国の領土を長く安寧の下に置くには、他国の領土の一部を侵害し続けることが肝要。政治的な駆け引きを駆使し、常に先手を取って、係争地の緊張と緩和を巧みに利用して、内政外交面での問題点を逸らし続ける。《ヴォーダルファ》王国の支配層は長年、そのような手法で自国の安寧を保ってきた。

 安定した統治は強い経済の基盤となると同時に社会的な停滞を生む。年を経るごとに大きくなる特権階級の傲慢さは、国内に不穏な空気を育て続け、小さな混乱の火種は常にくすぶり続けていた。


 シュレン達が兵役について三年目の春、《ヴォーダルファ》の国内は大きく揺れた。

国境近くの砦の視察に訪れた王太子が周辺国の軍と遭遇戦の末、戦死した。一連の顛末に国内は大きく揺れ、その隙をつくかのように周辺諸国が《ヴォーダルファ》の国境を脅かし、揺さぶりをかけた。《王太子暗殺事件》とよばれるその出来事は国の内外に波紋を起こし、戦場をいくつも生んだ。手柄を立て、身を興そうと考える若者達にはまたとない機会だった。


 武勇を旨とする騎士団とて命を惜しむ者はいる。

 竜牙騎士団・竜翼騎士団・竜鱗騎士団といった精鋭ぞろいの王国三大騎士団はともかく、さらに格下の騎士団や地方領主お抱えの兵団では、立案された無謀な作戦に尻込みする者も多い。

 敵陣撹乱、威力偵察に遊撃任務。シュレンとその仲間達は本来なら正規の騎士団や傭兵団のやるべき任務を買って出て、幾つもの功績を上げた。一重に若さゆえの無謀というべきものだろう。

 若者達など所詮は使い捨て。己の領分に損害を出さずに、利を得ることこそ良策である――戦費と領民の不満に悩まされる貴族領主達の打算が、皮肉にも彼らに幾つもの功績を上げる機会を与えた。

 任務の最中、犠牲になった者達がいなかった訳ではない。だが失う者は己の命一つしかない雑草育ちの若者達は、尻込みするよりも、貪欲に与えられた機会を掴もうとした。同じ目的を持った者達が一丸となって突き進む姿とその結果は、理想的すぎる結果を生み出した。

 戦場で敗れ囚われの身となった国のとある重鎮を損害なしに救出する――夜陰に乗じ偶然に助けられながら彼らが挙げた最大の武功は、多くの者達を驚かせた。

 武功と名誉のために正面衝突しか考えない騎士団では絶対に思いつけぬ型にはまらぬ方法で、彼らは戦場の盲点をついた。戦場に身を置く者が常に勇壮なものばかりではない。刻刻と豹変する戦場の空気を敏感に感じ取り、その盲点をつくようにしてシュレンと仲間達は行動した。無茶や無謀という言葉と背中合わせの作戦を、身分を越えた戦友と呼ぶに値する仲間達とともに乗り越え、三年間の兵役を務めあげた彼らは最高の栄誉を手に入れた。


 国王近衛兵団への入団――。

 三年の兵役期間において、最も優れた功績を上げた部隊のみに与えられるその栄誉を、シュレンとその仲間達は勝ちえた。騎士とはいえ、特権階級出身であるシュレン以外は皆平民というその部隊が勝ち取った栄誉は、多くの者達に羨望される一方で、宮廷内に大きな疑義を生んだ。

 入団すれば、騎士階級の出身であるシュレンを除いてほぼ全員が従卒扱いになる。そのような者達に栄えある国王近衛団としての役割を与えてもよいのか?

 異論を示したのは、伝統と格式を殊更に重んじる古き大貴族達であった。その一方で、戦場に立ち、命をかけた多くの者達が若者達の勇猛さを素直に賞賛した。紆余曲折の末、シュレン達の国王近衛団への入団はついに決定した。彼と仲間達はその活躍に見合った栄誉を手に入れたのである。


 しかしながら――。

 シュレンが近衛騎士として叙任されるはずの式典で事件は起きた。正装し、緊張と興奮に身を震わせながら、拝謁した国王の前でシュレンは慣例である《聖宝珠の儀式》に挑んだ。

 シンと静まりかえった室内で衆人環視の中、シュレンが宝珠に触れようと手を差し出した瞬間、チリリと小さな痛みが手の平に走った。同時に宝珠が一瞬、炎に包まれ燃え上がり、次の瞬間には消えていた。その光景に多くの者が驚き、何者かがかつての予言者の言葉を呟いた。それは瞬く間に周囲に伝染し、式典会場はあっというまに混乱した。

 呆然とするシュレンは、直ちに周囲を囲んだ近衛兵団に剣を突きつけられ、彼の眼前にいた国王は無言のまま立ち去った。


 翌日に拘束から解放されたシュレンを待っていたのは、ほとんど全ての人々からの冷たい視線だった。

 国王反逆罪こそ免れたものの、式典を混乱させた責任をシュレンに背負わせるべきとする意見が世論の大勢を占めた。ゼハルド門下にも又、その疑いがかけられ、見当外れの方角へと燃え広がる噂の火消しに躍起になる門下の者達は、シュレンに辛く当たった。当然、騒ぎの中心になったシュレンを引き受けようとする騎士団や領主は皆無だった。結局、追放処分となった彼は王都を離れる事になった。


 時が過ぎ、冷静に事態を振り返れば、それは余りにも稚拙な罠といえた。

 少しばかり錬金の知識があれば、あの日シュレンの眼前で起きた出来事は全て説明できる。さらに巧妙に噂を広げ、瞬く間にシュレンとその周囲の者達に責任を負わせて追い詰めた何者かの手腕は見事だった。周到に準備された罠の前には、国王の御前で冷静とは程遠い心理状態のシュレンに成す術などあろうはずもない。

 シュレンを追い落とすことで利益を得られる者は、少なくなかった。代わりに近衛兵団への入団が決まった同期のハザードと仲間達はその代表格である。

 名門の出身であり、特権階級のエゴで固められた彼らの部隊との関係は、三年の兵役期間を通じて悪かった。さらに彼らの戦場での功績は、シュレン達に及ばなかった。だが、シュレンの転落により、ハザードのもとに栄誉と幸運は転がりこんだ。

 あまりにも出来過ぎなその話に多くの者達が首をかしげるようになったのは、全てが過去の出来事となってようやくの頃だった。


 王都を追放されたシュレンは、師ゼハルドの紹介で、その高弟の一人が率いる傭兵団に身を寄せた。《ティヒドラ》で傭兵となって日々を過ごす彼は、時折、あの日の出来事の噂を耳にした。だが、それらのほとんどが、根も葉もない作り話が誇大に解釈された無責任極まりないものだった。己の手からすり抜けて行った栄光と不名誉を忘れ去ろうと、自ら修羅場に飛び込み剣を振う日々が、およそ一年ほど続いた。その頃のシュレンの姿を『狂犬』と悪友カルネイが評したのは、実に的確だった。


 次期王太子が決まり《ヴォーダルファ》の政情が安定すると、周辺国は兵を引き、関係修復の外交と次なる騒乱の謀略へと矛先を転じた。国境の戦場が姿を消すとシュレン達傭兵の仕事も一段落となる。 訪れた平和な時間の中で、ふと過ぎ去ったあの日の出来事に時折思いを馳せる。あの時何かができなかっただろうか――そう振り返っても答えなど出るはずもない。思考の堂々巡りを繰り返し、いつの間にか三年の時が過ぎ去っていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 闇の中にぼんやりと浮かぶ見慣れぬ天井を見上げながら、シュレンは寝返りを打つ。

 もう少しだけ、この街にいようか……。

 ゼハルドやブランとの再会はシュレンの心に思わぬ変化を与えていた。だが、その望郷の念が、シュレンの存在をよく思わぬ者達に不安と懐疑の念を抱かせるなどと、その時の彼は知る由もなかった。





2013/03/26 初稿




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