第一話 ボールを追いかけた末路①
◆主要人物◆
黒崎⬛︎⬛︎
コートネーム:????
身長:162cm
ポジション:シューティングガード
容姿:肩下までの長さの黒髪。前髪はセンターパートで視界良好。中学時代はショートヘアで部活をしていたが引退してから伸ばしている。
「お前、もう降りろ」
監督からの呆れの言葉。引退試合の日、私は自分の手で終わらせてしまった。決定打はフリーのシュートを外したことだ。誰も目の前にいない。これを決めれば同点にできる。そんな唯一のチャンスを私は壊した。
「どんまいどんまい!そーいう時もあるって!」
励ましの言葉。責める人など誰一人いない部員のみんな。なんでなのだろうか。私はチャンスを外したのに、なぜそんな優しい言葉がかけられるのか。
やめて。私は励まされるべき人間じゃない。ボールを追いかける資格も、コートに入る資格もないんだ。
ガタン…がたん…
ふと目を開ける。寝てしまっていた。バスの中。窓からは青々とした田んぼが広がっていた。遠くには民家。この地へ降り立ったのだと改めて思う。
私は先月まで神奈川県の桜木町に住んでいた。ビルが立ち並び首が痛くなるほど高い建物に囲まれていた。しかし、親の転勤によって飛ばされたのは北海道。友人との別れを惜しみながら、この平坦な地にやってきたのだ。
高校一年生。入学と共にこの日野東高校へやってきた。中学までは一時間に七本通る電車通学だったのに、今では一時間に一本のバスに乗って通学していた。先週入学式が終わり、今日から本格的に高校生生活が始まろうとしていた。
門を抜けた。桜の花びらが一枚落ちてくる。
教室に入ると同じ制服姿のクラスの人たち。中学が同じだったのだろうか。すでにグループのようなものができていた。困った。入学早々にぼっちになるとは。
とりあえず席に着くと隣の女の子が一人、スマホを見ていた。この子はグループに入っていないのだろうか。話しかけるか、どうしようかと右にいる彼女をチラチラと見ていた。それが気になったのか、スマホを見ていた鋭い目がこちらを見た。彼女は肩くらいの茶色い髪を揺らして顔をこちらに向けた。
「...どうかした?」
嫌な感じ一つもせず爽やかに彼女は聞いてきた。「え」と驚いて情けない声が出た。
「い、いや、その。お名前、教えて欲しいなって」
言えた!内心ドキドキだった。彼女はスマホをしまった。
「私は白川のあ。白い川に、ひらがなでそのまま、のあ。あなたは?」
彼女の名は白川のあ。地毛なのか、染めたのか分からないが、茶色い髪。華奢で私よりも身長が二、三センチ小さい。そしてツリ目。見つめられるだけで威圧感を感じる。そして私の番。
「あ、私、黒崎⬛︎⬛︎。よろしくね、のあちゃん」
普通私はこんなに優しそうには喋ったりしない。もう少し親密になれればたくさん喋れるのに。すると、のあは笑いながら「のあでいいよ」と言ってくれた。
「それとさ、私ついこの前日本にやってきて、分からないことばっかだし、一人だったから友達になって欲しいな」
「え」
のあからの言葉に驚く。今、『日本にやってきた』!?え、この前までどこにいたの。と聞く前に私が驚いたことに気づいたのか、のあは続けた。
「あはは、そうそう。私アメリカにいたの。ずっと日本語習ってたんだ」
のあが饒舌になってきた。なんだか嬉しい。心を開いてくれてきてるのか。私は彼女の話に相槌を打っていった。そして、のあはあることを言い出した。
「ねえ、バスケットボール部ってあるかな」
「え、?あ、あるらしいよ」
いきなりバスケの話になった。一応この学校の部活動を調べてきたためバスケ部があることは知っていた。のあは嬉しそうにする。そして大きなツリ目を向けられる。何を言い出すのだろうか、この子は。
「ねえ!バスケットボール部まで案内してくれないかな...」
椅子から身を乗り出して私に聞いてくる。そんなこと言われても私もよく部活については知らない。正直、ここで『ごめん、わからない』って言えばよかった。バスケとはもう関わらないと決めていたはずだった。けど、なぜか、
「うん、いいよ。一緒に行こ」
と二つ返事で答えてしまった。自分で自分の発言に驚いた。この時、私はそう答えてしまった理由はのあの威圧によるものだと思い込んでいた。
そして、のあにとっては待ちに待った放課後。私は後悔しながらも、のあと共に体育館への廊下を歩いていた。隣で上機嫌に歩くのあを見る。言われてみれば、少し鼻が高いような。堀も深いような。この子、本当に海外から来たのだろうな、と思う。
「ねえ、のあ。日本に来る前にもバスケやってたの?」
何気なく聞いてみる。のあはコクコクと頷く。
「でもね、私がやってたのはストリートバスケってやつ。一対一でパフォーマンスを交えたバスケットボール。もちろん、楽しかったんだけどね」
のあの頭が少し下を向く。『楽しかったんだけどね』と意味深。頷きながら話を聞く。
「でも、やっぱり五対五のバスケットボールが一番だよ。あ、ごめん、バスケの話ばっかりになっちゃったね」
あ、そういえば、のあには私が元バスケ部だということを言っていない。でも、そっちの方が都合がいいだろう。その拍子で勧誘なんてされたら困る。
体育館が見えてくる。目の前には中への錆びたドアが開いていた。どこか懐かしい。中学の時とは学校の構造も体育館の造りも全て違うはずなのに、この「部活に行く」という感覚だけは同じ。体育館履きに履き直してのあについていくように体育館の中に入る。そして、忘れ去っていたバスケットボールのドリブル音が耳に響く。シューズの擦れて鳴る音。全部知ってる音ばかりだ。
「わ!広いね!」
にこにこと笑いかけるのあ。私はそんな純粋に楽しめない。戻ってきた感覚だ。引退してからボールにも触れてないし、体育館にすら行かなかった。なのに今蘇ってきたこの感覚。
「うん、そうだね」
いや、今ここにいる私は元バスケ部だと思われてないし、バスケをするわけではない。だから別にここまで構える必要はない。のあと共に女子バスケ部が使うコートの方に壁沿いで歩いていく。
すると、違和感に気づく。コートにはバスケットシューズに履き替えている3人のみがど真ん中に座っていた。その中の一人、お団子をした前髪が切り揃えられている可愛らしい部員が私たちに気づく。
「!!そこの二人!もしかして仮入部来てくれたの!?」
上機嫌に私たちの元に駆け寄ってくる。見上げた。でかい。なんだこの人。女の子で身長一七〇センチ後半くらいあるぞ、と。固まる私たち。のあが前に踏み込む。
「はい!入部する予定です!あ、この子は付き添いですので」
よかった。「付き添い」と言ってくれなかったら何言われるかとヒヤヒヤしていた。ぺこりと頭を下げた。
身長の高いお団子髪の先輩が嬉しそうに私たちを見た。
「ほんと!?付き添いでも全然いいよ〜!私ヒナ!よろしくね!あ、あそこにいるボブの人はマナ!今ゴール下ろしてるショートの人がハオ!」
シューズを履いてる途中のボブの先輩、マナさんが手を振ってきた。会釈で返す。ハオさんはというと、マイペースな人なのだろうか、一切こちらを見る様子はない。気の強そうな顔に男の子みたいな髪型。
「あの、ちなみに何人いるんですか??」
こんなに少ないわけがない。私はヒナさんに聞いてみた。
「ん?ああ、私たちの学年は3人。私たちだけ。それと三年の方は六人くらいいたかなー。幽霊部員だけど。」
要は現在三年生が六人でほとんど部活に来ていない。二年生のこの三人が主に部活を回しているそう。ツッコミどころ満載だ。バスケは5人で一つのチームだぞ。3人で回すチームがどこにいる。
のあも意味不明で固まってる。そして何か思いついて彼女は口を開く。
「そ、そうだ!私練習着持ってきたので一緒にやってもいいですか」
のあの言葉でヒナさんは目を輝かせた。手を握ってブンブン上下に振った。ヒナさんの力に振り回されるのあ。
「ありがとう!ありがとう!ありがとう!!!やろやろ!一人いてくれるだけでほんとに助かる!!」
テンション高めだ。私はバスケットボール初心者という風を装って見学することにした。
「のあね〜よろしく〜」
ボブヘアのマナさん。ちょっとギャルっぽい。気だる気にボールをドリブル。ピアスの穴が四、五個ちらりと見える。でも部活時にはピアスを取ってる様子からして悪い人ではなさそう。
のあ、すでに馴染んでるな〜。そう思いながら体育館の端で先輩三人とのあを見ていた。そして観察しているうちにわかる。この先輩三人、馬が合ってない。プレーはまだ見ていないが、性格や人柄からして三人中三人が調和していない。この感覚も中学の頃気づいてしまったものである。人間関係とプレーは顕著に反映される。仲悪い人に出すパスは仲良い人に出すパスより質は悪いし、仲悪い人からのアシストでシュートする時は仲良い人からのアイストでシュートする時よりシュート率は低くなる。実際自分がそうであったからだ。気づいてしまった時には人の目を気にしてプレーをまともにできなくなっていた。
そしてまさに今、この三人の空気。明るいヒナさん、気ままなマナさん、強気なハオさん。出会って早々わかることではないだろうが、私にはそう見えた。
のあ、大丈夫かな。
すると、のあ、ヒナ、マナの前にやってきたハオがついに喋り出した。声は気の強そうな高くも低くもない声。
「今日は主にシュート打っていこう」
メニューはハオさんが考えるそう。シュートか。引退してから一切入れても、打ってすらいない。
シュート練が始まる。始まって五分。慄いた。目を疑っていた。のあが加わったこの四人、シュートを一本も外していない。たしかにフリーのシュートなら入れて当然ではあるが、時々思わず外してしまうこともあるはずだ。なのにこの人たちは落とさない。確実に決めていた。
「す、すごい」
久しぶりにシュートが入る音を聞いて感化されたのだろうか。無性にシュートを入れたくなる。また、コートの端から端まで駆け抜けてシュートを決めた快感を味わいたい。
気づけばもう窓はオレンジ色に染まっていた。部活も終了時間に差し迫る。その頃には、のあは部活に馴染んでいた。そして運動後の息の荒さ。体育館に呼吸音だけが響く。のあは床に大の字になっていた。一緒にヒナさんも横になっていた。
「し、しぬううう」
部活が始まって二時間。なんと休憩はほとんどなく、ノンストップでシュート練だった。それはここまで疲れるわけだ。しかし、先輩三人のうちマナさんとハオさんは疲れてる様子は何もない。まじか。
「おい、ヒナ、一緒になって寝っ転がるんじゃない」
ハオは寝ている二人の頭元にから見下ろす。
「今日はここまで。のあ、よく頑張ったな。片付け、やるぞ」
のあは嬉しそうにする。たしかにあのかっこいい顔に「頑張ったな」なんて言われたら嬉しくなってしまうのも分かる。そして片付けを始めた。するとハオさんだけがコートの真ん中に残って、そこから私の方に歩いてくる。
「あ、見学させてくれてありがとうございます!」
頭を下げた。そして目の前までハオさんはやってきて止まる。
「いや、こちらこそありがとう。一つ教えて欲しいんだけど、いい?」
こちらをギラッと見る。何か見透かされてるような気分。「なんでしょう」と聞く。
「...バスケやったことあるでしょ」
ぎくり。いや、バレたからといってなんの悪いことはないはずだ。でも、肯定したら勧誘されるのだろうか。私は正直に答えてしまった。
「はい、中学の時やってました」
「そうか」
それだけ言ってハオさんは片付けに行ってしまった。あれ、あっさり終わった。ハオさんの去っていく背中を見ていた。体育館の壁沿いで私は動けずにいた。
帰り道、のあと田んぼ道を歩いていた。電柱はまばらで電灯も明るいところと暗いところで差があった。私の隣で興奮して喋るのあ。
「もうね、みんなシュート確実に入れててすごかった!私最後らへん集中できなくってめっちゃ外しちゃったよー」
いや、あんたも開始三十分間はノーミスで決めてたでしょうが、と言いたくなる。そういえば、今日一日で、のあとこんなに喋れるようになるとは思っていなかった。本当はこういう自分に合う子とバスケをしてみたかったものだ。いや、それは欲張りかな。
「そうだね、先輩たちもシュート率すごい高かった。たくさん、練習したんだろうね」
今日のシュート練を思い出す。夕日に照らされながら私たちはバスケの話で盛り上がっていた。
「ビハインドからのミドルシュートなんて入ったことないのに、何事もないようにハオさん入れてたよね」
私は何気なく「私はそのシュート入ったことない」とのあに言ってしまった。のあは私のことをバスケ初心者だと思っている。のあが固まってる。
「あ、いや、あー。ごめん隠してて」
弁明の余地は無さそうだ。するとのあは、「え!え!?」と顔を赤くして驚いている。予想外のリアクション。
「ほ、ほんと!?バスケできるんだね!?やったあ!!よかったー!」
なんか嬉しそう。ちょっとこっちも嬉しい。ていうか照れちゃうな........あれ、今「よかった」って言ったよね?なぜ「よかった」?なんの「よかった」なんだろう。嫌な予感が過った。
「ん?よかったってどういう...」
聞く前にのあはスクールバッグの中身をあさって、ある一枚の紙を差し出した。にこにこしてる。しかし、純粋なにこにこではない。威圧的な無言。その紙をよーく見てみる。いや、まさか、まさかね。私がバスケ経験者だと知って入部させようとしてるわけじゃないよね...?
『入部届 部活名 女子バスケットボール部』
ご丁寧に部活名の欄に女子バスケが埋められていた。氏名の部分だけ空欄。これは...フラグ回収か?
「ここに名前書けばいいんだよ〜」
いや、わかってるよそのくらい。のあが持つ入部届を受け取ろうとはしなかった。受け取ったら入部すると言ってるのと同じだ。
「え、わ、私まだ考えてて〜...」
一歩引く。すると、のあが一歩詰める。
「私、一人で心寂しいの〜。同学年がいてくれたら嬉しいよおお」
こ、これは引くに引けない悪い流れ。どう断ろう。
...断る?バスケ部には入らないと断る?いつそう決めたのだろう。やばい、葛藤している。バスケはもうしないと決めていた自分が揺らいでいる。実際、断る理由も明確にはない。私はなぜそこまでしてバスケを嫌っているのだろうと今になって疑問が生まれた。引退試合でシュートを外したから?そんな理由で...?ならば、今度はシュートを決めればいいだけじゃないか。中学時代の仲間はここにはもういない。私の目の前にいる子は中学時代の私を知る由もない。ならば、やればいいだけの話。いや、やりたい。今日の練習を見て、自分もシュートを決められれば、と何度も思った。無意識に私はシュートは入らないものだと勘違いしていたのだ。今の私はシュートを外したあの頃の私じゃない。もう一度、今度は後悔がないように。
気づいた時には入部届をのあから受け取っていた。




